165.猫と彼女の新装備(前)


「私の「彩ちゃんの――新しい武器!?」」


 驚く彩ちゃんと僕に、さんごは言った。


 さんご:ああ。こいつら・・・・の魔力なら、彩に向いた良い武器が作れる。さあ、タイフーンユニットを着けて、ジョーカーユニットを起動するんだ


 言われた通り『タイフーンユニット』――ベルト型の魔導具を着けながら、正直、僕はわくわくしていた。


『タイフーンユニット』は、目の前にある人や物、そしてモンスターから魔力を吸い上げる魔導具だ。


 吸収された魔力は魔力酔いのもととなる『雑味』を濾過され、僕のものになる。そして濾過された『雑味』を使って望んだ武器や魔導具に加工するのが『ジョーカーユニット』だ。


 さんごは、結界にとりつく猿たちから吸い上げた魔力で、彩ちゃんの新しい武器を作ると言ってるのだった。


 さんご:さあ、光。やってくれ


「分かった」


 僕の腰で『タイフーンユニット』の風車が回り始める。風車は牙を剥きだして威嚇する猿たちから魔力を吸い上げ、吸い上げた魔力から『雑味』を分離する。そして『ジョーカーユニット』が唸り『雑味』を加工して出来たのが――


 さんご:さあ見てくれ

 さんご:これが彩の新しい武器

 さんご:『雄叫ぶ大槌ハウリングハンマー』だ


 僕が渡したそれを、彩ちゃんが両手で受け取って呟く。その目は、あからさまな好奇心きょうみ殺る気とうしに満ちていた。


雄叫ぶハウリング……大槌ハンマー


 うずうずとした様子の声を、さんごが後押しする。


 さんご:それでアレ《・・》を使ったら……凄いことになるよ?


 返事は、絶叫に近い声で放たれる技名だった。


「ディバイデッドォオオオオ!! インパクトォオオオオオオオ!!!!』


雄叫ぶ大槌ハウリングハンマー――その見た目は、決して大きくはない。先端の鉄塊は500mlの缶ジュースくらいの大きさで、柄の長さも含めて、似たようなハンマーはショッピングセンターでも売ってるだろう。


 それが振り上げ、降ろされると――どん!


 叩かれた地面には、へこみすら生じなかった。

 でも、結界の外では。


『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』


 10を超える猿たちが、絶命していた。結界の表面をずるずる滑っていく死体は、その顔面を粉々にされている。


 肉も皮も歯も骨も、全てが入り交じって、ミキサーにかけられたみたいに細かく砕かれていた。


 さんごが言った。


 さんご:雄叫びは、激しい空気の振動だ


 さんご:『雄叫ぶ大槌ハウリングハンマー』には、威力を振動に変える効果がある


 さんご:猿どもは振動で顔を破壊されたのさ


 さんご:小さなハンマーで、細かく何万回も叩かれたみたいにね


 なるほど……


 光:打撃の威力を大きくするんじゃなくて、威力の伝わり方を変えることで……強力にしたってこと?


 返事はなかったけど、ふふんと笑う気配があったから、多分、それで正解だったんだろう。


「ディバイデッドォオ!! インパクトォオ!!」


 再び槌が振り下ろされば。


『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』『きぎゃっ!』


 やはり10を超える猿達が、顔面を砕かれ即死する。


 そんな彩ちゃんの無双っぷりを見ながら、僕は背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。


「はぁ~、疲れました。これにて終了ですかね」


 猿達を全滅させ、息を吐く彩ちゃんの汗を拭ってあげながら、僕は考えていた。


 もしこの攻撃が、僕1人に向けられたら?


 と。


 ●


 彩ちゃんの『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』は、打撃の威力を分割して、複数の敵を攻撃するスキルだ。


 初めて見たとき、僕は思った。


『分割された攻撃の全てが、もしも1人の相手に向けられたら?』と。


 それは、同時に複数の場所を攻撃されることになるわけで、全てをガードするのは、まず不可能だろう。


 彩ちゃんも、気付いたに違いない。魔力の残滓から分かったけど、さっきのミノタウロス戦では、それを試みて失敗していた。


 だから、再度試そうとしていたのをやめさせたのだ。


 ウ=ナールが見ていたからだ。切り札は人目に晒すべきではない。『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』は、1VS複数なら単なる強力なスキルだけど、1VS1では凶悪なスキル――絶対的な切り札になると、僕は考えている。


 そこへ『雄叫ぶ大槌ハウリングハンマー』が加わって、更に凶悪になってしまった。


 もし彩ちゃんと同じスキル、そして同じ武器を持った敵が現れたら、僕は、どう戦えばいいだろう?


 離れた場所から『雷の龍咆サンダー・ブラスト』で攻撃、というのは意味がない。『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』は威力を放つ場所を自由に選択できる、遠隔攻撃のスキルなのだから。


(接近して、速攻で槌を押さえ込む――いや)


(『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』を使えるのが、槌の攻撃だけとは限らない)


(徒手空拳の攻撃も、分割できたら?)


(パンチやキック、それから――)


(――噛みつき)


(人体の急所を食いちぎられたら……)


(手首に頸動脈、それから――あ”あ”!?)


 立ち止まって動かなくなった僕を、心配に思ったのだろう。


「どうしたんですか? 光君。顔色が悪いですよ?」


 そう言って可愛く覗き込む彩ちゃんに。


「い、いやぁ~。なんでも……ないです」


 答えて僕は、自分の股間を見つめることしか出来なかったのだった。



 ほどなく僕らは、ダンジョンの深層へと到達した。


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