猫と彼女とダンジョンへ
37.猫にお弁当をお土産に
退院したのは水曜で、翌翌日の金曜日から学校に行くことになった。
1日学校に行ったら次の日は休みだから、病み上がりには丁度いいだろうという判断だ。
だから木曜日はまだ休み。
その木曜日に、美緒里と東京へ出かけた。
行先は、東京駅の近くにあるビル。
美緒里が所属している、探索者マネージメント会社の日本支社だ。
カップルチャンネルを作ると美緒里が報告したら、呼び出されたのだった。
出迎えたのは、美緒里を担当するマネージャーさん。
小田切さんという、大人の女性って感じの人だったんだけど。
僕を見るなり――
「うん。いい――いいね! いい! いい!」
すごい勢いで頷き始めたのだった。
「君が、いつも美緒里が言ってる『従兄弟くん』ね。いつかこういう日が来るかもとは思ってたけどね。うんうん。君ならイイ! マーケティング的に美緒里にそろそろ彼氏を作らせろって本社がうるさくてね……恋愛リアリティショーに出演するかもってニュースがあったでしょ? あれもその一環なの。本社に言いなりの営業が先走っちゃって、差し止めるの大変だったのよ。でも彼氏が出来たって言うなら……うん、君なら安心だ。美緒里と君のカップルチャンネル、『ダンジョン&ランナーズ』日本支社が全力でバックアップします!」
理由は分からないけど、僕のことを凄く評価してくれてるみたいだ。
「でしょ~」
とドヤ顔する美緒里の横で、なんだか怖いものを感じながら僕は訊ねた。
「昨日送信した動画なんですけど、もう見てもらえましたか?」
「うん! 見た! 良かったよ。実際に見る君ほどではなかったけどね」
いま言った動画とは、僕と美緒里が付き合ってることを報告する動画だ。
さんごチャンネルで公開する前に、問題ないか見てもらうことにしたのだった。
●
「こんにちさ~んご! さんごパパです。みなさんもご存知かもしれないですけど、ダンジョン探索者の春田美緒里さんが、僕との関係について、会見でお話……し、さりぇ、されました。僕のところにも『さんごパパ、どうなの?』『春田さんの言ってたことって本当なの?』っていう問い合わせが、たくさん来ています。そこで今日は、タイトルにも書いてある通り、この件についてお話ししたいと思います。結論から言うと、春田美緒里さんの言ってたことは(ドラムロールのSE)……本当です。僕と春田美緒里さんは、付き合ってるも同然の関係です。そして昨日2人で話しあって、正式に付き合うことになりました!(拍手と歓声のSE)――僕と美緒里、もう美緒里って言っちゃいますけど、もともと従姉弟同士だったんですけど、住んでる場所が違ってて、あんまり会う機会はなかったんです。でも連絡はずっと取り合ってて。それで最近、彼女が仕事で日本に長期滞在することになって2人で出かけて食事したりする機会が増えて、距離が近付いたっていうか、好きになっちゃったっていう……感じです!(拍手と歓声のSE)――美緒里とは、今後コラボをすることもあると思うんですけど、もちろん、このさんごチャンネルでは、これからもさんごの可愛い動画を公開していきます。『もっとさんごが見たい』『私はみおりんのファンで、始めてこのチャンネルを見たけど、さんご可愛い』そんな風に思ってもらえたら、高評価・チャンネル登録お願いします。それでは皆さん、次の動画でお会いしましょう。さんさんさ~んご」
●
もちろん、さんごがCGで作った動画だ。
噛んでるところも含めて。
話し合いの結果、カップルチャンネルの開始は8月に入ってからということになった。
それまではお互いのチャンネルでコラボして、まずは僕と美緒里が一緒にいる絵面に視聴者を慣れさせるという作戦だ。
事務所の近くにあるシュラスコレストランでランチを食べて、小田切さんとはそこで別れた。
東京から2駅の秋葉原にも行ってみたかったのだけど。
「殺されるわよ。美緒里のファンに」
という小田切さんの忠告で、その案は無しに。
美緒里も、いろいろ僕には見せたくないものがあるとかで、秋葉原行きは気が進まなそうな様子だった。
というわけで、早々に東京を立ち去ることとなったのだった。
「美味しいでしょ、さんご! 大丸で買った弁松の『並かし七』!」
「うん! 金子半之助の『江戸前天丼弁当』も最高だね!」
お土産のお弁当は、さんごに好評だった。
●
そして翌日の金曜日は、久々の学校だ。
●
学校では、美緒里とのことで冷やかされるかと思ったけど。
「一応、俺の姉貴のことだからさ~。あんまり騒がないでくれよな~(笑)」
と、先回りして健人がフォローしてくれた。
そして、昼休み。
いつもの通り、ジュースを買いに行かされた後。
僕は健人を呼び出して、階段の踊り場で向かい合った。
「これ、返すよ。僕にはもう必要ないから」
僕が差し出したのは、これまで健人に渡されたお金が入った封筒だ。
ちょっと黙ってから、健人が言った。
「一度しか言わないから、聞けよ」
「うん」
「俺は、お前のことは嫌いじゃない。っていうか、どちらかというと好きな方だ。一緒に遊んだりとか、そういうのは考えられないけど、そういうのとは別にして、お前のことは――尊敬している」
「うん」
「で、その金はやっぱり返すな。お前が持ってろ。それで――俺が格闘技のプロになった時、その金でスポンサーになってくれ。トランクスに、お前の名前、でっかく入れてやるから」
そんなことがあって、帰宅した。
「?」
ドアを前にして感じた違和感は――さんごがいない?
「「「「「にゃぁああああああ!!」」」」」
声に振り向くと、さんごを先頭にして、何匹もの猫が小屋に向かって走って来るのが見えた。
そして、それを追いかけて――
「待てやコラ! このクソ猫がぁあああああ!!」
バットを持った巨漢が、走って来たのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
第3章スタートです。
この章から、美緒里の元アイドルという設定についても書いていきたいと思います。
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