36.5 猫と美少女は意外と仲良し(2)

Side:美緒里


 地上でドヤ顔してるさんごに、あたしは言った。


「いいわね。動きも軽くなってるし、燃費も悪くない」


 いまあたしがいるのは、高度50メートルくらい。

 飛行用の魔導具に乗って、飛んでいる。

 魔導具の見た目を言うなら、銀色のサーフボード。

 

 浮遊型沈降装置『シルバーサーファー』の3号機『フリッパー』だ。


 1号機がテスト時に地面に沈んでそのままのあれ・・で、2号機がZZダンジョンへ光を助けに行ったときのあれ・・――これら2機の機体名は、言わない方がいいだろう。


「OK美緒里! 次は自律機能のテストだ」

「了解!」

 

 サーフボードフリッパーから、ジャンプして降りる。

 一方フリッパーは、そのまま高度を上げていく。

 

 2号機までは、ある程度以上離れるとスマホとのリンクが切れて操作不能になるという欠点があった。しかし3号機のフリッパーには自律機能があるので、たとえばドザ……1号機みたく、地面に沈んでそのままということは無い。


 ちなみに次に制作予定の4号機『ヴァレット』では、更に機能が追加されるそうだ。


 バレルロールするフリッパーを見上げながら、さんごが言った。


「意外だったんだけど、君はファストファインダースのていたらく・・・・・を非難しなかったんだね」

「ああ……確かにね。赤松とかネットじゃ叩かれてるしね。光の方がしっかりしてたじゃないかって――でも仕方ないでしょ、あれは」

「へえ?」

「光が、あんなバカみたいな急成長するやつだって最初から分かってたら、もっとやりようがあったでしょ。逆にあの状況でよくやったわよ。パーティーを指揮する側にしてみれば、光みたいなのは、何も出来ない素人より迷惑――結果論で、称賛されてるけどね」

「確かに、パラメータがころころ変わる駒というのは扱いにくい」

「それより問題は、あの女よ」

「女――2人いたねえ」

ガルシアおばさんじゃない方――いたでしょ。キレイで、キツそうで、でもどこか幼さを残した顔立ちの、しっかりして見える分、逆に男の庇護欲を掻き立てる頑張り屋タイプの、そういう女が」

「神田林トシエという少女だね」

「それよ。その『昭和でも無いだろ』って名前も逆にあざといっていうか、また光と会ったら話題にするのよ! 絶対! 死んだおばあちゃんの名前を付けろって親戚に言われて両親が断れなかったとか、そういうエピソードを持ってるのよ! ああいう女は!」

「君は、彼女と話したりはしてなかっただろ?」

「見れば分かるの! ああ! でも! そういう光に近付くコバエみたいな女が、これから無限に湧いてくるのよ! そうよ。あんたみたいな異世界の猫がいるんだから『異世界の姫騎士』なんてのも現れるのよ! きっと!」

「でも君と光は恋人同士なんだろ?――あ、まだ交尾してなかったか」

「これからするのよ! ガンガン! それから交尾って言うな」

「では、新人探索者としての神田林トシエはどう評価する?」

「それは……悪くは、ない。正直、彼女が後輩だったら育ててみたいと思う。シーフ系のスキル傾向で、運も勘も悪くなさそうだからアサシンまではいけると思う」

「だったら、パーティーに加えてみては?」

「女を? あたしと光のパーティーに?」

「考え方次第だよ。君と光のパーティーではなく、君のパーティーに加えるんだ」

「んん?」

「リーダーの君に、神田林トシエを始めとする女性メンバーが数人。そこへ君の補佐として光が加わる」

「おお!?」

「クールで完璧な君をクールに支える光。探索中はお互いにクールな態度で接する2人。しかしプライベートで2人きりになったら――」

「イチャイチャ……コラコラ」

「そんな2人に他の女性メンバーが割って入ることが出来るだろうか――」

「出来無い! そう考えると光に近付いて来る女をパーティーに入れてあたしの目の届くところに置いておくっていうのも……逆にアリね」


 首肯してると、すぐ横で、じわりと空気が変わるのが分かった。

 いよいよ本題か――気を引き締めるあたしに、さんごが言った。

 

「ところで、光はどうする?」

「どうするって――どう育てるかって?」

「君と僕は、おそらく同じことを考えている。だからこそ、死角を生み出しかねない。土壇場で致命となりうるような死角をね」

「だから、今のうちに腹を割って話しておこうって?――いいわよ」

「ではまず、いまの光の強さを君はどれくらいに評価している?」

「搦め手なしの戦闘なら、クラスS上位にも勝てるでしょうね」

「君は?」

「あたしはSS」

「クラスAだったのでは?」

「戦闘力だけの話――SSでも、あたしともう1人だけが飛び抜けてるって感じね」

「では、君とそのもう1人・・・・とでは、どちらが?」

「あたし……って言いたいところだけど、タイマンの結果は引き分け。あたしの右腕とあいつ・・・の左目を交換したところで邪魔が入った――ほら、コンシーラーまほうを解いたら、こんなもんよ」

「なるほど。ものは言いようだね」

「そうね――でもスキルを奪うって、そもそもこういうことでしょ?」


 ひと目見ただけで、さんごには看破されたらしい。魔力による制御を止めた途端、醜くひび割れ、濁った魔力が膿のごとく滴りだす――あたしの右腕がこんなザマ・・・・・になってるのは、あいつ・・・の左目を抉り、あいつ・・・のスキルを奪って、右腕に宿らせた結果に過ぎないということを。実際は『交換』などではなく、あたしが奪う一方の闘いだったということを。それでも『交換』と言い張る意味を。SS級探索者の秘匿スキルと引き換えだったとしても許し難いと――こんなザマになってる右腕を、あたしが、認め難い屈辱と感じているのだということを。

 

「ところで君の言う、『雑味』について聞きたいんだけど」

「そうね……たとえばどこかに芸術家がいて、作品を作ってるとする。工房にこもり、毎日こつこつ作業して作品が出来る。それから作品が運び出されて、じゃあその後、工房には何が残る?」

「余った材料や、制作に使った道具」

「それと、制作中に書き留めたメモ、構想を書いたスケッチブック。そういった諸々――つまり、作品以外の全てね。そして見る者が見れば、残されたそれらから、そこで作られた作品がどんなものであったかを推測できるし、再現することすら可能かもしれない」

「その作品が、スキル」

「そして残された諸々こそが――あたしの言う『雑味』」

「僕の世界では『詰め物スタッフ』と呼んでいたよ」


『見る者』というのが何なのか――誰のことなのかは、言うまでもないだろう。


 あたしは訊いた――これこそが、本題だった。

 

「で、あんたはどうしたいの?」

「『雑味』を喰わせたい」

「とびきり強いモンスター……人間でもいいのか――のね」

「もちろん、『雑味』の吸収を避ける訓練も続けるのは当然として、問題はそうも言ってられない事態に陥った場合だ。大量の魔力の吸引を余儀なくされ、しかし『雑味』を避ける余裕など許されない事態に光が陥った場合だ」

「魔力酔いでの昏倒――あたしたちの手の届かない場所で――あんたの言う『死角』って、そういうことよね」

「そうだ。それを避けるために、どんな手を打てるかが問題だ」

「あんた、作れないの? 機械的に『雑味』を避ける魔導具とか」

「吸引した魔力から『雑味』だけを排出する、そんなシステムなら作れるだろうね」

「排出された『雑味』は? 逆に濃縮されて周囲の魔力を汚染するなんてことはない?」

「では『雑味』を消費してしまったらどうだろう? 濃縮された『雑味』で装備を強化変成――」

「『雑味』で強化される武器、防具――そうだ、乗り物は?」

「いいね。そこまで含めたシステムなら、逆に作りやすい」

「任せた。じゃあ光には、遠慮なく強いモンスターと戦って、『雑味』を喰らい、スキルを手にしてもらいましょう――上級ダンジョンでね。そのためには最低でもクラスCに昇格する必要があるんだけど……その辺の段取りは、あたしに任せて」

 

 そんなことを話してる間に、テストは終わった。


 試験場のドアから出て振り向くと、そこには軽自動車くらいの大きさの鈍色の物体。

 光が『コッペパン』と呼ぶ、さんごがこの世界に来るのに乗ってきた『汎行機』だ。


 いままでいた試験場は、この機体の中に作られた空間なのだった。

 修理中だとかで、『汎行機』は普段はさんごの首輪に収納されているのだが……

 

「これで、何パーセントくらい修理が終わってるの?」

「5パーセントってところだね」

「そう。じゃあこれ、お願い。制服――何があるか分からないから、あたしの動きに耐えられる程度に強化しといて」

「分かった。今日中に終わらせよう」

 

 紙袋を渡して、あたしは滞在中のホテルに戻る。

 

 ちなみにフリッパーは、突然墜落して燃えた。

 4号機の『ヴァレット』に期待することとしよう。

 

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お読みいただきありがとうございます。


次回から第3章に入ります。

美緒里の元アイドルという過去についても、第3章から少しづつ書いてく予定です。


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