146.猫と一緒に顔合わせ(前)

『顔合わせ』の会場は、視聴覚室だ。


 液晶ディスプレイの付いた机が100台以上並び、教室でいえば黒板がある場所にプロジェクタのスクリーン、そしてその脇に演台が置かれている。


「まあまあ。みなさん急なお願いをしてしまって申し訳ございませ~ん」


 蒲郡先生が言ったのは、机に座る入部予定者に対してではない。


 生徒と並んで座る、父兄達に向かってだった。


「ボソッ……昨日、蒲郡先生が1人1人のお家に連絡してくださったんですよ。本人だけじゃなく父兄も意識あわせしなければ、行動を管理できないって」


 と彩ちゃんに耳打ちされて見れば、父兄に挨拶して回りながら、蒲郡先生は、探索者の資格を持ってる生徒から認定証バッヂを回収していた。


 そしてその後ろに続く美織里が、入部予定者のリストにチェックを入れている。


「はい、千田君ですね~。これで2年生は全員回収終わりました~」


 認定証バッヂを忘れて来たという生徒もいたけど、そういう生徒の場合、漏れなく父兄が持参してきてくれていた。


 父兄を呼んだのには、こういう理由もあったのだろう。


「あら、綺麗なお嬢さんねえ。愛想も良いし愛嬌もあるし――どう? うちの息子なんて」

「や、やめろよ母ちゃん!」

「はは~。島村君、と。3年も終わりで~す」


 そんなやりとりも挟みつつ、顔合わせが始まる5分前には、認定証バッヂの回収が終わっていた。


 そしてその頃には、入部予定者の全員が会場に来ていた。総勢17名。うち9名が認定証バッヂの取得者で、残り8名が未取得者。未取得者の中には、昨日話した『印刷同好会』の2人も含まれていた。


 開始時刻となり――


「んにゃ~~~お!!」


 さんごが演台に飛び乗って声を上げると。


「「「ほお……」」」


 と、その可愛さに会場中から声が上がり、そのまま演台に居座り続けるさんごに会釈して登壇した校長先生が、会の始まりを告げる挨拶を始めた。


「え~、急にお呼び立てして申し訳ございません。わたくし、校長の石清水でございます。本日は、このたび創部されました『ダンジョン探索部』の入部予定者の皆さんへの、活動内容の説明のため、この様な会を催すこととさせていただきました。それでは、部の顧問を務める蒲郡先生の司会で、会を始めさせていただきます。それでは蒲郡先生――」


 校長先生が脇に退くと、蒲郡先生が満面の笑みを浮かべて登壇した。


「みなさん、お越しいただきありがとうございます。司会を務めます、蒲郡です。昨日お電話させていただいたんですけど『ダンジョン探索部』ってなんなんだろうという、そういった疑問を抱かれてる父兄の方もいらっしゃるようで……それはそうですよねえ? ダンジョンのことは話題になっても、ダンジョンの中で何が行われてるのかなんて、なかなか分かりませんよねえ。昨日お話させていただいて感じたんですけど、ご父兄の中には、お子さんがダンジョンを探索することを過剰に心配されてる方もいれば、逆に過剰に心配しなさすぎてる方もいらっしゃると……あら、心当たりがあるのかしら。笑いが起きましたけれども……そう感じたんですね。ですから、本日は『ダンジョン探索部』の創部の目的、具体的な活動内容、そして実際にダンジョン探索者というのはどのようなものなのか、そういった点についてお話させていただきます。それでは、実際にダンジョンを探索している、現役のダンジョン探索者でもある、監督の洞木先生にお話をお願いします」


 次に登壇した彩ちゃんはスーツ姿で、三つ編みを解いてることもあって、いつもの8割増しくらいで大人っぽく見えた。


「初めまして。ダンジョン探索部の監督を務めさせていただきます、洞木彩と申します。先ほど、探索者バッヂというのを回収させていただいたんですけど、これは生徒のみなさんが、親御さんや学校の与り知らぬところでダンジョンに入り、事故に遭わないための対策です。では、探索者バッヂを回収すると、どうして事故を防げることになるのか――この点、よく分からないという方もいらっしゃるんじゃないでしょうか……ですよね? なかなか分からないですよね? というわけで、それをご理解いただくために、まずは探索者になるために、どの様な手続きが必要なのかから説明したいと思います」


 彩ちゃんが手元のパソコンを操作すると、スクリーンに『ダンジョン探索者になるには』というスライドが表示された。


「まず『スキル検診』。ご存じかと思いますが、学校では定期的に行われています。ここでスキルを持っていることが確認されますと、探索者になる資格が得られます。正確には『探索者の資格を得るための資格』ですね」


 スライドの一部が強調された。


「その次が『探索者資格の申請』です。ご記憶の方も多いと思うのですが、未成年者の場合『保護者同意書』に判を押してもらう必要があります。これを探索者協会に提出して、受理されると、先ほど回収させていただいた探索者バッヂが交付され、探索者の資格を得たことになります――しかし、まだダンジョンには入れません」


 次に強調されたのは『新探索者向けダンジョン講習会1』と書かれた部分だ。


「はい『新探索者向けダンジョン講習会1』。これを受講して、初めてダンジョンに入ることが許可されます。ただし単独での探索はまだ許可されません。ベテラン探索者の同行が必要になります。その次の『新探索者向けダンジョン講習会2』を受講すると単独での探索が許可されるわけですけど――今日集まってる生徒さんの中で、その段階に達してる人はいません。『新探索者向けダンジョン講習会1』を受講した人が3人いるだけです」


 スライドが変わって『ダンジョンに入るには』というタイトルが表示される。


「ダンジョンに入る際には、毎回、受付で探索者バッヂを見せる必要があります。つまり、探索者バッヂを回収された状態では、ダンジョンに入れないというわけです。しかし、これで完全に事故が防げるというわけではありません」


 またスライドが変わって表示されたのは『ダンジョン内での事故』というタイトルだった。

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