172.猫と東京でコラボしまくります(前)

 土曜日、朝8時――


 僕は小屋を出発した。

 着替えを詰めたリュックを背負って、走り出す。


 東京まで。


 今回の東京行きの目的は、ただひたすら走ることだ。


 コラボをいくつも受けたのもそのためで、コラボ動画を撮影する場所から場所へ、その移動にも乗り物は使わず、東京の道を走る。


 ダンジョンをRTAして分かったことだけど、モンスターを倒しながら走るだけなら、何も問題はない。


 ただそれは、一つ一つの戦闘に関してだ。


 楽ではあっても、戦闘の度に判断を強いられるのは変わらない。地面の起伏や障害物への対処も合わせて、膨大な判断の積み重ねが精神的疲労を招き、どこかで致命的なミスを犯して24時間ノンストップ探索が失敗に終わる可能性は、なくならない。


 でも――そこで僕は、考えた。


 モンスターも道の起伏も障害物も同じで変わらないなら、別にダンジョンでなくてもよいのではないかと。


 道の起伏も障害物も、ダンジョンの外の普通の道にだってある。だったら、普通の道を走るだけでも意味のある練習になるのではないかと。


 だったら勝手の分かるダンジョンよりも、僕が知らない道ばかりの、東京を走る方が良い練習になるのではないかと。


 そういう意図を話したら、美織里が言ってくれたのだ――『それは……いいアイデアかもね』と。


 そして美織里に褒められたのは、それだけではない。


割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト


 新しく憶えたこのスキルを、走ることに応用するアイデアだ。


 1つの攻撃を複数に分割して望んだ場所に放つスキル――それが『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』だ。


 攻撃を、走ることにどう利用するのか?


 きっかけは、ふと浮かんだ考えだ。


 参考になるかと思って見たマラソンの動画で、気付いた。走るという行為には、多くの攻撃が含まれている。前後に振られる手の、振り上げる手が当たればパンチになり、振り下ろす肘が当たれば肘打ちになる。持ち上げる膝が当たれば膝蹴りで、前に進む身体が当たれば体当たりだ。


 それを『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』で、自分に向けての攻撃に変えたらどうだろう――後ろから、自分を殴ったり蹴ったりするのだ。それはきっと……


 推進力になるに違いない。


 もちろん、そんな簡単な話ではない。でもそれは、試行錯誤すればいいだけだ。東京までの往復240キロに3日間の移動を加えれば、それなりの形になるに違いない。


 というわけで――


割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト! いたっ! いたたたっ!」


 とりあえず、振り上げる手のパンチを背中のリュックに当てたら、痛くて転びそうになった。


「いたたた……さすがにパンチをそのまま当てたら痛いか……だったら攻撃をもっと分割して威力を弱くして、攻撃する範囲をもっと広くしたら……割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト! よし! 速くなった!」


 ちょっと工夫したら、うまくいった。最初は拳でそのまま殴られてる感じだったのが、大きな手で押されるような感触に変わったのだ。


「じゃあ、今度は膝蹴り――うん。じゃあ、今度はパンチと組み合わせて……よし。肘打ちも……いてっ!」


 そんな感じで何度か転びそうになりながらも、スタートして1時間も経つ頃には――


(右パンチ左肘打ち左膝蹴り……左パンチ右肘打ち右膝蹴り……右パンチ左肘打ち左膝蹴り……左パンチ右肘打ち右膝蹴り……右パンチ左肘打ち左膝蹴り……左パンチ右肘打ち右膝蹴り……右パンチ左肘打ち左膝蹴り……左パンチ右肘打ち右膝蹴り……)


 パンチと肘打ちと膝蹴りを、同時に推進力に変えられるようになっていた。


 でもまだ手順フォームを作る段階で、スピードは遅い。


「光、栄養捕球の時間だ」


 隣で、サーフボードに乗ったさんごから声がかかる。透明化しているから、姿は見えない――宙から突如現れたエナジードリンクのパウチを受け取って、僕は一気に飲み干した。


「じゃあ、次は体当たり――いでででっ!!」


 さすがに体当たりまで加えるのは、まだ無理だった。


 でも、東京に着く頃には、遅いスピードならなんとかってところまで持っていけた。


土台フォームは出来たってところかな?」


「そうだね、さんご――あとは、東京の道で煮詰めていこう」


 こうして地元から東京まで、僕は5時間で走りきった。120キロを5時間だから、平均時速は24キロ。


 24時間ノンストップ探索では、常に時速20キロ以上で移動しなければならない。一度も止まらず、常に走り続けて。モンスターや道の起伏、障害物に対処して。


 それに必要な臨機応変さを、東京の道を走り込めば手に入れられる気がした。


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