172.猫と東京でコラボしまくります(後)

 東京に着いて最初に向かったのは、イデアマテリアの事務所だ。


 ここで今回の上京で行うコラボの詳細を教えてもらうことになっている。


 コラボ相手や企画の内容については事前に聞かされていたのだけど、当日の待ち合わせ場所や連絡先については、まだ詰められてなかったのだ。


 説明してくれたのは、事務所のスタッフの門脇さんという女性だった。


「今日は夕方からの一件だけですね。終わりは21時予定で、18時頃に、赤坂にある先方のジムまで来て下さいということです」


 今日コラボするのは、元アウトローなのが売りの格闘家だ。


 名前は、涼村晴日。


 一時期は、大手格闘技イベントの『RAIDEN』のチャンピオン候補とも目されていた強豪選手で、自分でもジムや格闘技大会を主催している。


 コラボは、彼が指導している選手とスパーリングした後、対談。最後は会食しながらの(ヤラセの)ドッキリ企画という流れだ。


 動画は、涼村晴日のチャンネルでスパーリングとドッキリ。僕のチャンネルでは、スパーリングのダイジェストと対談を公開することになっている。


「あちらから、NGな話題のリストが来ていまして、まずは女性関係――涼村さんと以前交際していた大蔵劣子さんや、妊娠して涼村さんの事務所を辞めたミルキーさんの話題は出さないでくださいということです。それから、涼村さんが過去に行っていた犯罪行為や、少年院に入っていたこと、暴力団員になる寸前だったことも話題にしないで下さい」


「はい。でもそれ……涼村さん自身がテレビなんかで話してますよね?」


「涼村さんが自分から話すのはいいけど、コラボ相手の方から話題を振るのはNGだそうです」


「はあ……」


「それからですね、刺青の話もNG」


「涼村さんって、刺青いれてましたっけ?」


「いや、いれてないんですよ。でも『不良だったのに刺青いれてないんですね』みたいに弄るのは絶対にやらないようにと言われてます」


「……分かりました」


 不良って豪快なイメージだけど、意外と細かいんだな……


「逆に、ぴかりんさんからNGの話題ってありますか?」


「そうですねえ……あえてお願いするなら、僕の叔父のことは話題にして欲しくないですね」


「分かりました。先方に伝えておきます」


 ●


 涼村晴日のジムのある赤坂まで走って行って、コラボの撮影をした。


 今回はさんごチャンネルでのコラボなので、さんごを連れて行ったところ、涼村晴日や彼のスタッフ(彼らも元アウトローらしい)に気に入られて、撮影はとても和やかに終わった。


 地元でも反社の人に可愛がられていたし、さんごには、アウトローに気に入られる何かがあるのだろうか。



 翌日の日曜日は3件コラボした。


 筋トレ系配信者と元ボクシング世界王者と元ラグビー選手で、撮影後に雑談してたら分かったのだけど、みんな涼村晴日の知り合いだった。


 撮影場所の移動で浅草と大森と御徒町を走ったら、『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』を使った走り方がかなり上達した。


 そして月曜日。


 最終日のこの日のコラボは1件。


 でも撮影場所は3カ所で、僕はトータルで10数キロを、自動車と競争して走ることになった。


 コラボ相手はラーメン専門の配信者で、冷やし中華が評判になってるラーメン店を3カ所はしごして食レポする。


 同時に、その撮影場所から撮影場所の移動で――


「はい! それでお店とお店の間の移動なんですけど、僕はタクシーで移動するんですけど、ぴかりんには走ってもらいます(ええ~っというSE)。タクシーの僕と、走るぴかりんのどちらが先に次のお店に着くか、競争したいと思いま~す!」


という企画だった。


 事前に撮影許可をもらっているから、店にはさんごも入れる。


 一件目は、さんごも言ってた『究極の冷やし中華』の店だ。


「おお、食ってるよ……」

「すげえ。猫が箸を使ってラーメン食べるの初めて見た」


 首輪から生えたアームで箸を操るさんごに、コラボ相手も店の店主も驚きの声をあげていた。


 肝心の冷やし中華の味はというと……


 さんご:ダメだね、これは


 さんご:冷やし中華が嫌いな店主が自分でも美味しいと思える冷やし中華を作りたくて作った冷やし中華ということだけど


 さんご:冷やし中華を冷やし中華たらしめている部分が削られて


 さんご:結果として、無難に置きに来た感じの創作麺料理になってしまっている


 というもので、僕も同感だった。


 2件目は神保町、3件目は豊洲にある店で、車との競争の結果は、どちらも――


「え~~~、またですよ~。またぴかりんの方が先に着いてますよ~」


 僕の、圧勝だった。


 信号、通行人、車、工事現場といった障害物はもちろん、どこに坂があるのかも分からない東京の道を走って鍛えられたのは、先読みの能力だった。


 目に見えてる情報から、信号が変わるタイミングや、人や車の挙動が予測できるようになった。だから、単純なスピードではずっと早い自動車より先に、目的地に着くことが出来たのだろう。


「いろんな冷やし中華を食べて思ったのは、自分が冷やし中華を好きな理由って、刺々しい酸っぱさや、中途半端な冷たさ、チープな具っていう部分にあるんだなってことなんです。冷やし中華の欠点として挙げらレがちな部分ではあるんですけど、逆にそれが冷やし中華を冷やし中華たらしめてるというか……だから、そういった部分をネガティブな要素として単純に取り除いてしまうと『これって……冷やし中華かな?』ってなっちゃうと思うんです。だからそういう、冷やし中華でなくなってしまった冷やし中華は、冷やし中華とは違う、創作麺料理として扱った方がいいんじゃないかなって思うんですよね」


 そんなコメントでコラボを終え、いったん事務所に戻って挨拶してから、地元に帰った。


 帰りの120キロは、4時間弱で走りきった。


 僕のコメントが炎上したのは、その数日後のことだった。


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