210.猫は窓辺で黙ってた(中)
蒲郡先生は、僕の高校の探索部の顧問だ。
年配で、探索者証は持ってるけど、探索の経験は少ない。というか、ほぼ無い。
そんな蒲郡先生が、なぜダンジョンに? しかも、他の高校の生徒に交じって。
僕が困惑してると……
「いや~、すみません。連絡できればよかったんですが~」
蒲郡先生の後ろから、彩ちゃんが現れた。
(???)
ますます困惑が増すのだけど、でもなんとなく、事態を理解する道筋は出来た気がした。
朝、彩ちゃんは僕らと別に家を出た。学校に、用事が出来たからと言って。その用事というのが蒲郡先生のUUダンジョン出現に関係しているなら、彩ちゃんがここにいる理由は、蒲郡先生に付き合わされたからなのだろうと分かる。
でも依然として謎なのは、そもそもどうして蒲郡先生が、UUダンジョンにいるのかだった。
しかしそれも、蒲郡先生が自ら明かしてくれた。
まず前提情報として与えられたのは、合宿に来てるのが『男鹿高校』という、隣の県の高校の探索部だということだ。
「おい、ぴかりんだぜ」
男鹿高校の生徒達は、そんなことを言いながら肘でお互いをつつき合っている。
事情の核心は、こういうことだった。
「男鹿高校の校長先生とはね、昔から知り合いで、それで私『今度探索部の顧問になりました』ってメールしたの。そしたら、男鹿高校にも探索部があって、今度UUダンジョンで合宿するって教えてくれたの。それでね『じゃあうちの学校でも来年辺りは合宿するかもしれないから、見学させてくれませんか~?』って言ったら『じゃあいいよ~』って言ってくれて、それで、今日はご一緒させてもらっているの」
「あの、先生……ダンジョンに潜るには『初心者向け講習』を受けなければならないんですけど……」
「受けたわよお。木曜日に」
「え?」
蒲郡先生が探索者の資格を得たのは、今週の水曜だ。その翌日に『初心者向け講習』を受けた? というか『初心者向け講習』では実際にダンジョンを探索する。
そして蒲郡先生の年齢は、50歳。
50歳の女性が木曜日に探索して、1日しか空いてない土曜日にまた探索するなんて、いくらなんでも無茶すぎるだろう。
「あっ、心配してるわね。ありがとう。でもね、全然平気よ。講習の時はモンスターが全然出なくて、ただ歩いてるだけだったから、全然疲れなかったし。今日だって、ねえ? モンスター、出なかったわよねえ?」
いきなり振られて、男鹿高校の生徒がぶんぶん首を振って頷く。
「は、はいっ! 出なかったです!」
そのやりとりを見て、僕は思い出していた。蒲郡先生のスキルをだ。蒲郡先生が持ってるスキルは、さんごによると3つ。
中レベルの『身体能力強化』に高レベルの『状態異常無効』、それから超高レベルの『シュリンク』だ。
問題は最後の『シュリンク』で――
『シュリンク』がどういうスキルか、簡単にいうなら『物事を自分の都合の良い方向にまとめる』スキルだ。『ご都合主義を呼び寄せる』スキルといってもいいかもしれない。
どんなややこしい事態でも、なんとなくわちゃわちゃしてるうちにまとまって、蒲郡先生にとって良い感じの結果になってしまうのだ。
探索でモンスターに出くわさなかったり、男鹿高校の合宿に参加してUUダンジョンに来たりしたのも、この『シュリンク』が働いたからに違いない。
「それで
これで、全てのピースが埋まった。
男鹿高校の生徒達に交じって、彼らと違う装備を着けてる人が5人いた。一人は蒲郡先生。一人は彩ちゃん。そして残る三人は、我が校の探索部員だった。
メッセージが来た。
彩:今朝、学校に来るように言われて
彩:行ったらUUダンジョンについてきてって言われたんですよ
彩:光君達に連絡しようと思ったんですけど
彩:なぜかスマホでも脳内でもメッセージが送れなくて
彩:途中のサービスエリアから電話しようと思ったんですけど
彩:どこも、電話が故障してて
彩:スマホを借りて電話しようとしても
彩:なぜか電波が通じなくて……
彩ちゃんの『なぜか』は、やはり蒲郡先生の『シュリンク』のせいなのだろう。
(これはちょっと……無敵?)
スマホや公衆電話はおろか、さんごに与えられた脳内メッセージのスキルさえ機能不全にさせる――ここまでのご都合主義は、もはや事象改変とでも呼ぶべきだろう。
もしこれが悪意を持って使われたなら……そう考えると、戦慄するしかなかった。
それから僕は、男鹿高校+蒲郡先生率いる我が校メンバーと一緒に、ゲート近くまで戻った。
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