210.猫は窓辺で黙ってた(下) 

 蒲郡先生達と別れ、レストランに戻ると。

 笹塚さんが駆け寄ってきて――


「ぴかりん。外のカフェテリアで小田切さんが待ってる。帰ってきたばかりで悪いけど、すぐ行った方がいい。実はな……」


 続く理由を聞いて、僕は慌ててダンジョンから出た。「ふみゃん」さんごと一緒に。


 ゲートを出ると受付やショップの並ぶホールになっていて、その一角のカフェテリアに、小田切さんの姿があった。


 テーブルを挟んだ、スーツ姿の男性と話している。そしてテーブルの脇では、やはりスーツ姿の男性が数人、遠くを見渡すような姿勢で立っている。


「光君、こっち」


 僕を見つけて、小田切さんが立ち上がる。僕が近付くと、男性も立ち上がって言った。


「こんにちは。ローマートの立浪です」


 僕が慌てたのは、この人物の肩書きだ。さっき、笹塚さんが言った。『ローマートの社長が来てる』と。この人は、イデアマテリアとタイアップの話が出ている、コンビニチェーンの社長さんなのだ。


「はじめまして! イデアマテリアの探索者の春田光です! 遠いところをお越し頂いて恐縮です!」


 そう言って頭を下げる僕に、社長と小田切さんが笑みをこぼした。


 社長が言った。


「いや、そんな固くならずに! うん。凄い探索をやると噂で聞いてね、それで社員に見学させてもらえるように小田切社長に頼んだんだけどね。いや、なんというかね。我慢出来なくなってしまってね……私も来ちゃった」


 それから10分くらい話をして、社長さんは帰った。東京に戻って、自宅で『24時間ノンストップ探索』の配信を見るのだという。


 再びゲートをくぐり、レストランに向かいながら、僕は言った。


「あれで、良かったんでしょうか」


「良かったんじゃない? 光君、かなり気に入られてたわよ」


「分かるんですか? そういうの」


「分かるわよ。いやー、でもね。いきなり見学を申し込んできてやけにぐいぐい来ると思ったら、社長から出てた話だったとはね……そりゃそうなるわ。あのさ、憶えてる? OFダンジョンの件で事情聴取されたとき、光君のことフォローしてくれた人いたでしょ。ダンジョン庁の」


「ええ。憶えてます」


「あの人と立浪社長が会う機会があって、その時に光君の話を聞いたそうなのよ。それで、立浪社長は探索者の資格を持ってないんだけど、ダンジョン庁のあの人の口利きで、特例でダンジョンに入っていいってことになって、さっきはレストランまで来て見学されてたのよ?」


「じゃあ、僕がいなかったのは……」


「いや、光君がいなくて不味いことなんてなかった。むしろいなくて良かったかも。配信テストでね、光君のカメラの映像がレストランに流れてたんだけど、それを見て立浪社長、感動したって言ってたから」


「感動……ですか」


「こうやって色んなところに光君推しが出来てけば、それだけ色んなことがやりやすくなってくんだから……有り難いことなのよ? 光君には、ぴんと来てないかもしれないけど」


 レストランに戻ると、今度は蒲郡先生からの伝言が届いていた。


「『バーベキューエリアで挨拶しろ』って」


 なるほど、確かにそれは必要だ。


「あ、それ私も行く」


 というわけで、小田切さんと一緒にバーベキューエリアに向かった。後からはカメラを持った笹塚さん。「こんなの、俺のチャンネルにはもったいなさすぎだろ……」とは、どういう意味だろう?


 バーベキューエリアでは、探索から戻った男鹿高校の生徒達が、整列して話を聞いていた。話をしてるのは30歳をちょっと越えたくらいの体格のよい男性で、おそらく探索部の顧問かコーチなのだろう。


「本日の探索は、これで終了する。野営資格を持たない者はいったん解散し、ホテルに移動! それ以外の者は、野営の準備に取りかかるように!」


 ここで言葉を句切り、男性が僕を見た。口をぱくぱくさせて、唇の動きは(いい? 挨拶いい?)と僕に問いかけていた。


 僕が頷くと――


「――探索は終了! とは言ったが、ゲートの内側にいる以上、完全には終わっていない。ゲートの近くということで、通常より安全ではあるが、完全に安全というわけではない」


 再びぱくぱく――(行くよ、じゃあ行くよ)


「――夜間の見張りは通常通り行い、モンスターが確認された場合は、距離にかかわらず俺やコーチに伝えるように!」


 三度ぱくぱく――(行くよ、行くからね)


「――それではここで、君達と同じ高校生でありながらプロとして活躍している、春田光探索者から、お話がある。春田探索者は、この後18時から『24時間ノンストップ探索』という、大変に、大変で、大変な……」


 今度は、僕が口をぱくぱくした――(挑戦! 挑戦!)


「……大変な挑戦を行う。明日の君達の探索と時間が被るということで、挨拶をされたいとのことだ。それでは春田探索者! お願いします!」


 やりきった感あふれる顔で僕を招き入れる男性を見ながら、僕は、まだ名前すら知らないこの人に、なんともいえない親しみを感じてる自分に気付くのだった。


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