210.猫は窓辺で黙ってた(上)

 UUダンジョンに着いたのは、お昼になるちょっと前だった。


「お疲れ様です。会場の方は片しておきましたんで、こちらにどうぞ」


 対応してくれたのは、ダンジョンの職員の大久保さんだ。大久保さんとは美織里とのコラボでも共演していて、初対面ではない。


 今日、僕らの基地となる建物に案内されながら、説明を受けた。


「バーベキューエリアの客足が鈍りましてね、例年ならこの時期は夏休みで探索する皆さんで予約がいっぱいになってるんですが、それがなくなってしまいまして」


 客足が鈍った原因に僕らが関係してるという噂はまだ消えてなくて、でも大久保さんの口調に、それを当て擦るような気配はなかった。


「それで対策としてですね、大学や高校の探索部の皆さんに声をかけてみたんですよ。バーベキューエリアにテントをはって合宿をしたらどうかと。ほら、ここなら何かあってもすぐ出ていけるでしょう?」


 なるほど――どこのダンジョンでも『野営エリア』は、ゲートから離れた深い地点にある。対してこのダンジョンのバーベキューエリアがあるのはゲートのそばだから、ここにテントをはれば、事故が起きてもすぐにダンジョンの外に出ることが出来る――野営の訓練をするには、願ってもない場所といえるだろう。


「おかげさまで、ほぼ毎日予約が入っている状況でして」


 確かにバーベキューエリアを見れば、以前はテーブルが並んでたその場所に、いくつもテントが貼られている。


 僕らの基地となるのは、バーベキューエリアとはゲートを挟んで反対側にある、レストランだった。


 ここでも『モ肉』が提供されているのだけど、バーベキューエリアと同じく客足が途絶えているということで、貸し切りにしてくれたのだそうだ。


「じゃ、そこのソファにMTTが並ぶから。カメラ位置、バミっておいて。配信機材はここ。大貫君のキューが見えやすいように。配信確認用のモニターは、私からも見えるようにして。ああ、ここ。ケーブルの養生。動線にはみ出ないようにして。ああ、いいから。ドリンクのラベル、今日は外さないでいいから。逆にローマートのロゴが目立つように」


 小田切さんの指示で、レストランが中継基地に変えられていく。


『24時間ノンストップ探索』は、最終的に、僕と美織里のカップルチャンネルで公開されることになっている。


 でも今日は、MTTのチャンネルでリアルタイム配信だ。


 ドローンとは別に、今回は僕の胸や肩にもカメラをつけて撮影する。その中の肩に着けたカメラの映像だけを、実況する美織里達MTTに重ねて小さく映すのだそうだ。


「あれ? ぴかりん出発? 早くね?」

「下見です。じゃ、行ってきまーす」


 オヅマさんのカメラに手を振って、レストランを出る。


『24時間ノンストップ探索』の開始は、18時。日が暮れるまでの2時間を使って調子を整え、日が完全に落ちた20時以降――夜を、体力の残った万全の状態で乗り切る考えだ。


 いまは、13時をちょっと過ぎたくらい。


 これから2時間くらいを使って、ダンジョン全体を下見する。


 光:上層A7、南方向から登ると傾斜がきつい

 光:上層K2、木が密集。迂回路にゴブリン多数

 光:上層M9、オークとゴブリンが牽制しあってる? 通路状にモンスターのいない場所が出来てる


 事前に見たデータと、実際に見たダンジョンの様子を摺り合わせながら、気付いたことをメッセージに送ってメモ代わりにする。


 光:中層。ハービー。分布図ではQ3に分布だが、Q5とO4にかけて周遊か。P4の丘と一部被る?

 光:中層K3、木が密集。中央に大きな隙間。そこでミノタウロスが助走して突っ込んでくる

 光:中層M4、角ウサギの強化体が群棲。分布図には無し


 途中で、何度か他の探索者を見かけた。主に上層で、5,6人のパーティーをいくつか。みんな同じ装備を身に着けてる――さっき大久保さんが言ってた、合宿に来てる探索部か。


 深層に降りる。


「ぶも~、びぎゅも~」最初に出くわしたのはミノタウロス。「おぃー、おぃっすおぃっすおぃっす!」それから、ハービーが。


 深層にいるのは中層のモンスターの強化体ということで、それを意識して戦ってみたけど、通常体に比べてそんなに強くなってる印象はなかった。


 ダンジョンコア周辺のエリアを、他より念入りに確認して、下見は終わりだ。


 上層へと戻る。


 レストランに向けて駆けてると、また合宿のパーティーを見つけた。


(?)


 違和感を抱いたのは、まず同じ装備を着けてるのが半分くらいで残りの数人はばらばらだったこと。


 それから、こちらが大きいのだけど。


 高校生ばかりと思しきパーティーの中に、1人だけ年を召した風の、でも顧問というには明らかにダンジョンに慣れてない足取りの後ろ姿が混じっていたからだ。


「きゃっ!」


 見てると、足をもつれさせて転びかけた。

 顔の向きが変わって、僕と目があう。

 そして、言った。


「あっ、春田く~ん。私も来ちゃった~」


 高校生達の中から手を振ってるのは――蒲郡先生。


 我が校の、探索部顧問だった。



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