209.猫とみんなでおにぎりを(下)
ハウル笹塚――
イデアマテリア初の、探索者ではない配信者だ。
プロ格闘家で、もともと自分のチャンネルで配信を行っていたのだけど、そこでの喋りが面白いということで、イデアマテリアにスカウトされた。
「彼には『24時間ノンストップ探索』の裏側をレポートしてもらいます――それが彼の、うちと契約して初の動画になる予定」
なるほど、スタートダッシュにはちょうどいい企画だ。もっともそれには、元となる『24時間ノンストップ探索』が盛り上がらなければならないわけで、僕の責任は重大だ。
「レポートっていったら、試合に出る仲間に密着する動画を作ったことがあるけど……邪魔にならないように、がんばりますので。よろしく」
笹塚さんの、妙にかしこまった決意表明の後、みんなでおにぎりと唐揚げを食べた。
20人前あったけど、僕と小田切さんが食べた分を引いて、残りは18個。いまここにいるのが、小田切さん、大貫さん、門脇さん、川端さん、笹塚さん、僕の6人。
だから、1人3個。
楽勝だろうと思ったけど、意外にも、これがなくならなかった。
みんな既に朝食を食べていたというのもあったけど、意外な人が小食だったのだ。
「う、うんぐ……」
2個目のおにぎりを睨んで、笹塚さんが固まっている。格闘家なのに、何故?
「いや、俺……内臓が弱ってて」
最近やった試合のせいで、胃腸がダメージを受けているのだという。正確には試合のためにやった減量の後遺症で、1度に食べられる固形物はおにぎり1個が限界。
「それだと栄養足りなくないですか?」
「だから、少しずつ何度も食べてるんだよね……1日に6回とか。あとはプロテインや糖質のパウダーで」
そして笹塚さんの横では……
「ごめん。実は朝ごはん、ホテルのビュッフェで……カオマンガイが美味しくて……」
小田切さんが1個目(その前に1個食べてるから実は2個目)のおにぎりを見つめ、顔色を悪くしている。
更にその横では……
「う、うぐ、うぐう……」
門脇さんが、3個目のおにぎりを呑み下すのに苦心していた。これでは、他の人の分まで食べるなんて無理だろう。
更に更にその横でも。
「経験上わかるんすけど、これ以上食べたら運転が……」
川端さんが、1個食べただけでギブアップしている。
「じゃあ、俺が!」
と巨漢(身長190センチ)の大貫さんがフォローしようとしたのだけど、これには――
「ダメよ大貫君! あなた、糖尿病の気があるから、お米は食べ過ぎちゃダメってお医者さんに――」
小田切さんから、ストップがかかった。
そしてそんな様子を眺める僕も、1個で限界だった。食べようと思えば食べられるんだけど、1度にこれ以上食べたら、胃の中の固形物が増えすぎて探索に支障を来す気がした。
というわけで。
(全員……ダメ?)
ということになった。
しかもおにぎりの後には、唐揚げが残っているのだ。こんなの、全部食べるなんて無理だ。そしてこの場にいる誰にも『余ったら捨てたらいいじゃん』という発想がなかった。
(どうしよう……)
絶望しかけた、その時だった。
「ふにゃん」
助手席で身を起こしたさんごが、僕の肩に乗ると――とんとん。
僕の手首のリストバンドを叩いて、こんなメッセージを送ってきたのだった。
さんご:そこに、しまえばいいだけだろ?
さんご:探索中に食べればいいし
さんご:ロゴが映るのがまずいなら、包装を取ってしまえばいいし
なるほど。
「あの……みなさん?」
そして僕らはおにぎりの包装を剥き、裸になったおにぎりと、それから唐揚げを、僕のリストバンドのストレージに収めたのだった。
黙々と作業しながら。
『最初からこうしてれば良かったね』
とは、誰も言わなかった。
それからほどなく出発することになり、僕とさんごはワゴン車の後部座席に移動する。
「じゃ、回しまーす」
並んで座るのは笹塚さんで、ここから彼のチャンネルの動画撮影が始まる。
「ふおぉおおおおおっ!! ハウル笹塚の『はうはうライフ』! 今日はね、コラボっていうか、この人に密着していきたいと思いまーす」
「こんにちはぁっ! ぴかりんで~~~っすう!」
「ぴかりんはさ、今日は、なんか……なんだっけ? なんかやるんだよね!」
「はい!『24時間ノンストップ探索』です!」
「『24時間ノンストップ探索』!ってね。それって、普通に24時間探索するのとどう違うの?」
「24時間、時速20キロで移動するのが義務っていうか、時速20キロより遅くなったらその時点で終わりっていう探索なんですよ」
「へえ……え? なにそれ!? さらっと言ったけどなにそれ、すごくない?」
「いや、だからハウルさんにレポートしてもらってるんじゃないですか」
「あ、そうか。スマンスマン。というわけでね、今日はぴかりんの『24時間ノンストップ探索』に密着してね、その裏側をレポートしていきたいと思いま~す」
と、そんな感じで始まった撮影だけど、トークのかけあいはここまでで、後は最低限の会話だけ。
タブレットのデータを見ながら、僕は探索への集中を高めていった。
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