66.猫はいないが厄介は尽きず(4)部活上がりは使えない

「いい加減にしてください! なんなんですか、模擬戦って!」


 そんな声にテントを出てみると、弓ヶ浜さんと鬼丸木が揉めていた。

 馬淵さんを挟んで。


「あ、あうぅ……その、それは……」


「どこに行ったかと思ったら、そんな話を持ってきて! そんなカリキュラムに無い話、断って来て下さい!!」


「いいよな! 馬淵! だってお前、職員だもんな! た~し~か~に、雇われの講師にそんな権限はないだろうけどさぁ! 職員なんだから、それくらい自分の判断で決めていいだろ!! な!!」


「い、いえ、はぃ、は……」


「そんな権限はありません! 馬淵さんはただの代理です! 講習の責任者は彼ではありません!」


「代理で現場に出てくるってことは、現場でどうするか決める権利があるってことだろうが! 馬淵! お前、ダンジョンで生きるか死ぬかって時に、いちいち協会にお伺いを立てるのか!? あ”ぁん!! そんなんだから協会はヌルいって言われるんだよ!!」


「ぃ、はぃ、はぃ、はぃ…………」


 そんな大人たちの会話と、それを眺めてる白扇高校の生徒たちの様子を見てるだけで、事情が分かった気がした。


 ここに来て最初にあった、荷物のトラブル。それを鬼丸木は、馬淵さんを言いくるめて有耶無耶にしようとしたけど、弓ヶ浜さんに言い負かされて失敗。面白くない気持ちでいたが、生徒たちが話してるのを聞いてみると、馬淵さんの連れている僕らひよっこは、どうやら大したことがないらしい。


 そこで意趣返ししてやろうと、言いなりに出来る馬淵さんに命じて模擬戦を持ちかけたということなのだろう。


 怒鳴りあう大人たちを、白扇高校の生徒はにやにやと見ている。鬼丸木への信頼がそうさせているのだろう。僕らの強さを、彼らは知ってるのだろうか。僕から見た彼らは、顧問の鬼丸木も含めてまったく大したことがなかった。


 いまネットでは、僕がヒューマンダイヤモンド尾治郎さんや凶刃巻島に勝ったと噂されてるらしい。彼らも、それを目にしてるかもしれない。でもいまは、そんなの関係ないのだろう。この状況で模擬戦を持ちかけるということは、自分たちが勝てると判断したということなのだから。彼らの信頼する鬼丸木が――その根拠が、僕らを嘲笑う彼らのひそひそ話だけだったとしても。


「あれって、こっちが受けても受けなくてもいいんですよ」


 すすっと僕に近付いて、彩ちゃんが言った。


「受けなければ『ビビって逃げた』って言いふらせるし、受けたら受けたで――負けない方法なんて、いくらでもありますから」


 負けない方法?


「探索者同士の試合って、いわば武器ありの総合格闘技ですから。安全のために、普通の格闘技よりルールが複雑になってるんです。だからその分、抜け道もある。『探索部技能競技会』の強豪校は、その抜け道をつくのに長けています。ルールの範囲内で逃げ回って引き分けに持ち込んだり、あるいは実際のダメージはまったくない攻撃でポイントを稼いで判定勝ちしたり。ああ――それからあれも。あれも、テクニックのひとつです」


 言われてみると、鬼丸木がスマホを出してわめいていた。


「だからいいじゃねえかよお。勝っても負けても、ここだけなんだからよお! ほら、スマホも電源落とすし! 動画に撮ったりもしねえからよお! なぁ! おい! お前らもスマホの電源落とせ!」


 鬼丸木に言われて、白扇高校の生徒たちもスマホの電源をオフにする。

 それを見て、彩ちゃんの口角が皮肉に吊り上がった。


「スマホの電源を落とす……スマホの電源はね。でも、ドローンは生きている。我々のドローンは貸し出し品ですから、ダンジョンを出たら回収されます。仮に録画していても、ドローンと一緒に記録メディアも回収されますから、データを協会のサーバーに送ったら中身は消去。でも、彼らのドローンは自前です。もちろん、中の記録メディアもです。後は都合の良い部分をキャプチャして『噂のぴかりんに判定勝ち!』なんてアウスタやDickDockに上げたり、ツイッピーで囀ったりとか……もしその他の部分の公開を求められても『データは削除済み』って言い張って逃げられますしね。協会のデータも裁判でも起こさない限り公開なんてされませんし」


 うわあ……汚い。

 でも彩ちゃん、どうしてそんなに詳しいんだろう。


「事務所のコラボ企画でね……仕掛けられたことがあるんですよ。同じ事務所の、部活上がりの探索者に。まあ、動画に出来ないレベルでグチャグチャにしてやりましたけど」


 おお……狂戦士バーサーカー


「それと私、こういうの結構慣れてるんですよ。大学の柔道部に、ときどき来てたんです。勘違いした総合格闘技とかブラジリアン柔術の同好会が、喧嘩を売りに。まあ、私たちには……『ごっつぁんです』ってなもんでしたけど――いいオモチャになってくれましたよ。彼ら」


 そんな物騒なことを淡々と話す彩ちゃんから、思わず目を逸らすと。


「…………」


 俯くわけでもなく、無言の神田林さんがいた。

 その視線の先は――白扇高校の生徒たち。


 いま、神田林さんはどっちつかずだ。


 彼女にとって、僕や彩ちゃんは味方だ。でも同時に、白扇高校の生徒たちにも神田林さんは気持ちを置いている。仲間意識とか、そういうものではない。自分も彼らみたいになってしまってたかもしれないという思いや、NMCや体験入部で辛い思いをさせてしまった友達への後悔――きっと、そういった気持ちだ。


 僕や彩ちゃんみたいに『あいつら気に食わないからボコボコにしてやろう』で済むような、そんな単純な立場ではないのだ。


 そんな彼女に、なんて言ったらいいだろう?


 迷う僕より先に、神田林さんが口を開いた。


ー?ー!ー?ゴニョゴニョりんが、握手を無視したって話――」


「うん。『握手は、目上の方から手を伸ばすものだ』って」


「みおりんらしいよね」


「うん。でも、もうちょっと他人と仲良くすることも考えてほしいけど」


「考えてくれてるわよ。最初に、私に『パイセン』なんてあだ名を付けて……名前のこと、気にしなくていいように気遣ってくれて。白扇の生徒たちあのひとたちにとって、私は安全な存在なのよ。『マルちゃん』『マルセリーニョ』って呼んだ途端、あたしが何を言っても、彼らには恐れる必要がなくなる。透明な、どうでもいい、笑い飛ばせる存在になってしまう。もちろん、そうさせなくすることは出来る――そんな風に、私を見られないようにしてやることは。でも……あの人たちって、悪い人ではないのよ?」


「え?」


「あの人たちは無邪気で明るくて……ただ、稚いおさないだけなの。それに気付いたら、いいかなって。ほら、私ってこの性格で、頭が良くて、可愛いでしょう?」


「え、あ、うん……」


「そこは笑うところよ。だから私には、彼らを黙らせるのは簡単……でも、それじゃただ、同じことを繰り返すだけなんじゃないかって。ただ今を楽しんでるあの人たちに、わざわざイヤな思いをさせる必要なんかないんじゃないかって……あの人たちの楽しんでる場所を、踏みにじる必要はないんじゃないかって」


 神田林さんの視線を、僕もなぞった。


「どうするぅ? 俺がやってもいいけどぉ?」

「えー、ずるいでしょそれ」

「みんなやりたいって」

「彩ちゃんなんて超弱そうだし、絶対勝てるし」

「それな。ぴかりんも」

「勝てる勝てる!」

「まあ負けないし~。超自慢できるし~」


 あの生徒たちの中に、彼女の友達もいるのだろうか。


「だから、いいかなって思ってたんだけど……弓ヶ浜さんと探索した時に、聞いてみたの――弓ヶ浜さん!」

「なぁに? 神田林さん」


 呼ばれて、弓ヶ浜さんが振り向く。お互いに言葉が尽きたのか、おろおろする馬淵さんの声をバックに鬼丸木と睨み合ってた状態で、その表情には、頭が良くてこういう性格な神田林さんに対する期待が浮かんでいた。


「以前、教えてくれましたよね――部活上がりの探索者って、どう・・なんでしたっけ?」


 神田林さんの問いに、弓ヶ浜さんは――


「使えないわね」


 そう、満面の笑みで答えた。


「部活上がりは大変なんですよ。どうでもいいことに拘ってもたもたもたもた……注意しても、目を離した途端にまた勝手に変なことするし。二言目には『部ではこう教わった』『部ではこうやってた』。でも一番肝心なことは教わってないんですよね。探索者にとって一番大切なこと――『ダンジョンから生きて帰る』ってことに関しては素人より鈍い……大変なんですよ。教える前に、まずまっさらにしなくちゃならないから。だから、最初に思い知らせるんです――『おまえ、自分で思ってるほど大したことないぞ』って。プライドを、グチャグチャにしてやるんですよ」


 弓ヶ浜さんのこの答えに。


「「「「「「…………………」」」」」」


 鬼丸木も馬淵さんも生徒たちも、無言になった。


 弓ヶ浜さんの言葉は心底イヤそうな顔から放たれていて、それが彼らの中で化学反応を起こし、反論の余地を奪ってしまったのだろう。


 神田林さんが言った。


「いつかグチャグチャにされるなら、いま私がそうしてもいいかなって。それに……仲間をバカにされて、許すわけにはいかないから」


 というわけで、模擬戦の申し出を受けることとなったのだった。

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