164.猫と彼女の新スキル(前)

「前衛……を?」


 振り向きもせず、ウ=ナールが聞いた。

 その視線は、自身が屠ろうとしていたゴブリンメイジだけでなく、部下が相手取っていたゴブリン達にも縛り付けられているのだろう。


「そうです――前衛です」


 地面にめり込んだメイスを持ち上げると、彩ちゃんは言った。自分の背丈ほどもあるそれを、軽々と肩にかつぎながら。


「後ろから見させてもらいましたけど、もう、ここのモンスターの強さも、あなた方の強さも分かりましたから――まあ、私と光君が前衛をやった方が、ずっと早く進めるでしょ」


「なっ……!」


 絶句するウ=ナールを置き去りに、彩ちゃんはパーティーの前に出た。その後を追いながら、僕も前に出る。


(怒ってるというより軽蔑……諦めなのかな)


 ウ=ナールの過剰なアピールに共感性羞恥で頬を赤らめてた彩ちゃんだけど、気付くとその顔が青白くなってた。


 最初は、ウ=ナールに対して怒ってるのかと思った。


 怒る材料ならいくらでもある。僕に対する態度。それから、これで彩ちゃんが射止められると思ってるなら舐めてるとしか思えないアピール。


 でも戦闘でボロを出したウ=ナールに、『ふぅ』と小さく息を吐く彩ちゃんを見て、違うと分かった。


 あの瞬間、彩ちゃんはウ=ナールを見切ったのだ。『ざまあ』してやる価値もない人間なのだと。だから淡々と『私と光君が前衛をやった方が、ずっと早く進めるでしょ』なんて事実を伝えるだけで済ませたのだ。


 普段の彩ちゃんだったら、同じ内容でも、もっと好戦的な、相手のダメージが最大になるタイミングを見計らったやり方でウ=ナールに分からせてたに違いない。


 少なくとも、僕の知ってる彩ちゃんはそういう人だ。ディスってるわけではない。僕が彩ちゃんを好きな理由には、間違いなく、彩ちゃんのそういう一面も含まれてるのだから。


 さんごが言った。


 さんご:では前衛に移ったことだし、どんどん試していこうか


 ジョウエンダンジョンに着いて以降、さんごは僕ら以外から見えないよう、姿を隠している。


 いちいち『大なる空に輝ペッキオ山の星にして』という例の挨拶をされるのが面倒なのと、ウ=ナールのアピールが彩ちゃんだけでなく自分にまで分散したら収集がつかなくなるだろうというのが、理由らしい。


 ところで『試していこう』と言ってるのは、いうまでもなく、さんごが彩ちゃんに与えた新しいスキルのことだ。


 そしてもちろん、いまゴブリンの群れを一掃したのも、その新しいスキルだった。


 どんなものかは聞いてないけど、いまの戦闘で、僕にもなんとなく分かった気がする。


 光:ねえさんご。彩ちゃんの新しいスキルって、なんていうか、僕の……


 さんご:ああ。居合重奏居合マルチプレックスの逆のスキルだ。


『ブギィ! ガ、ゴゴゴゴゴゴゴ』


 僕らを先頭に前進を再開し、5分も経たず現れたのは、ガーゴイルが3体。犬と悪魔のどちらにするか決めずに作ったような中途半端な造形のボディに、大きな羽を生やしたモンスターだ。


「こ,後衛ぃ! 弓だ! 短弓で射てぇえええ!」


 ウ=ナールの号令で矢が射られるのだけど、ガーゴイル達は、当たるぎりぎりで回避する。狙いを付ける弓の動きから、矢の軌道を予測しているらしい。彩ちゃんがメイスの威力を飛ばしても、しかしそれでは、やはり軌道を読まれて避けられてしまってたかもしれない。


 でも、今日は。


割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト!」


 それが新しいスキルの名前か――彩ちゃんが地面にメイスを振り下ろすと、ガーゴイル達が、その延長上から位置をずらした。


 しかし。


『『『ゴガ! ガガガガッ!』』』


 ある者は頭を。またある者は翼や足を砕かれ、ガーゴイル達が地面に落ちた。


 3匹のガーゴイルが、全滅。

 少なくとも、3回の攻撃が行われたことになる。


 しかし、彩ちゃんがメイスを振り下ろしたのは1回――1撃しか放っていない。


 さんご:複数の攻撃を1度にまとめて叩き付ける

 さんご:それが君の『居合重奏』だ

 さんご:彩の『割たれし槌撃』はその逆

 さんご:1つの攻撃を複数に分けて放つのさ

 さんご:攻撃の位置はひとつごとに指定可能で

 さんご:慣れれば放たれる方向や

 さんご:威力の分配もコントロール可能だ


『『『どぅふん! どぅふふふ!』』』


 次に現れたコボルトの群れも。


割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト!」

『『『どぅふばっ!!』』』


 一撃で、同時に全頭が叩き潰される。


『ぶも~、びぎゅも~』


 次に現れたのは、ミノタウロスが一体。

 これにも彩ちゃんは――


割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト!」


 しかし。


『ぶも~、びぎゅも~』

「あれ?」


 どうやら、不発に終わったらしい。


「じゃ、もう一回! 割たれしディバイデッド――」

「僕がやる。『射撃With雷シワック』!」


 ミノタウロスの頭部が、四散した。

 その後も、何度か戦闘を行い――


「上層は、あらかた片付いたって感じですかね」


 斥候からの報告に彩ちゃんが言って、僕らは中層へと移動した。


=======================

お読みいただきありがとうございます。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る