119.猫が企画したコラボ弁当フェアも大好評だったとか

「……というわけで、彩にもどらみんにも済まぬことをしてしまった。これはどうにかして埋め合わせをせねばいかんと思っているのだが」


『ああ王子! なんとお優しいことでしょう! 王子の温情を受けられるその方達が羨ましくてなりません!』


「そうだ。彩に許しを得られたなら、セムもどらみんに乗せてもらうといい」


『私も!?――よろしいのですか!?』


「おまえと2人、どらみんに跨がり空を駆けたなら、それは得難いひと時となるに違いない」


『王子! もう……王子! もう……うふふふふ』


 事務所の隅では、王子と護衛騎士のリュ=セムが、スマホでビデオ通話している。


 彩ちゃんが負傷した原因には王子も少なからず関係してるのだそうで、そのことを延々と反省&いちゃいちゃしているのだった。


「ねえ、さんご。王子もリュ=セムも宇宙人なのに、なんていうか……人間くさいよね?」

「フィギュアに入ってるからだよ。人間だって、着る服によって振る舞いが変わったりするだろう? フィギュアの形状に――そこから推測される人間の行動様式に見合った感情表現をしているだけさ。彼ら本来の表現方法であれば、数ピコセコンドもかからず終わってるはずだよ」


 一方、事務所の中央のテーブルでは。


「あ~、こういうのは考えてなかった。『地方で会社を立ち上げたらお祭りなんかに寄付して地元に受け入れられるようにするのが大事』っていうけど、東京でもそういうのは変わらないのかもしれないわねえ」


 やはりスマホで、小田切さんが通話している。


「なんていうか、地元のネットワークに取り込まれつつあるって感じ?」


 小田切さんの声は普段より大きく、加えて王子もさんごも普通に声を出して話しているのは、それを気にする相手――おてもやんがいないからだった。


 僕らが事務所に帰った時、既におてもやんはいなかった。そして神田林さんたちをホテルに送った後『そういえばおてもやんは?』と僕が聞いたのが、いま小田切さんがしてる通話のきっかけなのだった。


 僕らが病院に行ってる間、小田切さんは不意の来客に備えて事務所に待機していた。不意の来客とは、僕らが行った戦闘のことで聴取に来るかもしれない探索者協会や、その上にある組織の関係者のことだ。しかし実際に、本当に不意に訪れたのは、それとは全く関係のない人達だった。


「このビルのオーナーが来たのよ。おてもやんのお母さんと、お母さんの彼氏って人も……よりにもよってこんな時に、そんな人たちに来られて……取り込み中だからって帰ってもらうわけにも行かないでしょ? で、その来た理由っていうのが…………」


 と、話が本題に入ったところで電話がかかってきて、以降、延々スマホに向かって話し続けているのだった。


「おてもやんのお母さんの彼氏っていうのが、この辺りにビルを持ってて、お母さんはそのビルで居酒屋をやってたの。でもこの間、爆発しちゃったでしょ? そのことで文句を言いに来たのかなって思ったんだけど、でもその件はとっくに話がついてるし、そもそもなんでこっちの……イデアマテリアの事務所の入ってるビルのオーナーまで来てるんだって話じゃない? それで聞いたみたら…………」


 おてもやん母の彼氏もオーナーも、この辺りにいくつもビルを持ってる資産家で、子供の頃からの友達なのだという。小田切さんの物真似も交えた再現によると、オーナーはこんなことを話していったのだそうで……



「いやね、光恵さん(おてもやん母)が困ってるって聞いてさ。俺はよっちゃん(おてもやん母の彼氏)のとこで世話になってればいいじゃねえかって言ったんだけど、人間、やっぱり生きがいも必要だって言うからさ――家で弁当くらいは作れるって言うから、じゃあこじんまりと弁当屋でもやればいいんじゃねえかって言ったんだよ。俺の持ってる物件でさ、あっちの通りの角なんだけど、ウーバーなんとか専門のうどん屋をやってたのが潰れたからさ。居抜きでそこ使ってもいいし、そこの角のとこのビルのロビーなんかに場所を借りれるように話をつけてもいいからさ、弁当屋でもやればいいじゃねえかって言ったんだ。そしたら俺の息子がね『あそこの居酒屋は評判良かったからね、弁当なんて売り出したらみんなこぞって買いに来るよ』なんて言うんだ。それでね『でも親父、常連さんも出来たら休んだりも出来なくなるから、そんな無責任にならないように、ちゃんと会社を作って人を雇った方がいいよ』なんて言うんだよ。それで事務所を借りるなんてことになったらまた物入りになっちまうからさ。どうしたもんかって思ってたら、そういえばここのイデアマテリアさんはまだ使ってない部屋があるって言ってたなって思い出してさ。義男君(おてもやん)もここで働いてて、寝泊まりもここでしてるそうじゃないか。だったら、ここに机を置かせてもらって、事務所にしたらどうかなあって思ったんだよ。なあどうだろうね社長さん。光恵さんの会社が軌道に乗るまで、ちょっと力を貸してもらえねえかなあ。本当にね、机が1個置ける場所さえあればいいんだ。今の時代はね、昔と違って電話線のことなんて気にしなくていいんだし。ねえどうだろうねえ社長さん。ねえ、どうだろう。一肌脱いでもらえたら嬉しいんだけどなあ」



 とにかくそういうわけで、イデアマテリアの一室を借りて、おてもやんのお母さんがお弁当屋さんを始めることになったのだった。


 僕はまだ知らなかった。


 この会社が、数年後、社員数200名を超える優良企業になるだなんて。

 そしてその主力商品が『ぴかりんの愛情弁当』になるだなんて。


「うん、いいんじゃない? そんなので恩が売れるなら」


 そう言った電話の相手――美織里は、慧眼だったと言うしかない。


「あの、それでさ。あたし、光と話したいんだけど――」

「ああ、ぴかりんはね。明日、講習で朝早いから。グッナーイ」

「おいこらばばあ散々愚痴きかせといてそれかよふざけんな。光ーっ! 光ーっ!」


 ちなみにオーナー達が帰ったのと僕らが探索者協会への報告を済ませたのはほぼ同じタイミングだったそうで、僕らからの連絡を受けた小田切さんはしばらく待って自分からも協会に連絡。今回の騒動についてイデアマテリアが第3者的ポジションであることを認めさせ、明日の実習が予定通り行われることを確約させたのだという。


「ぴかりんが、最初に協会の指示を引き出してくれたお陰ね。正直、協会あいての温度感も分からない状態で私が出てくのは悪手でしかなかったのよ。最低限の意思表示で、相手にボールを渡すことが出来た。あれで、何かあったらこっちに連絡するっていう言質もとれたわけで――うん。お手柄お手柄」


 そういうわけで、明日からは探索実習だ。

 

 王子や美織里とちょっと話して、僕は眠ることにした。

 なお、おてもやんはビルのオーナーの息子が経営する会社の飲み会に駆り出されてた模様。


 大人の付き合いって、大変なんだね。


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お読みいただきありがとうございます。


そのうち、イデアマテリア勢が地域のお祭りに参加するエピソードなんかも書いてみたいですね。

次回は探索当日の朝の様子です。


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