157.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(9)(下)

Side:美織里


 店に入ってきたのは、金髪の小太りな男だった。

 男は、あたし達を見つけると、カブト虫を思わせる足取りで近付いて言った。


「こんにちは! 風霧駿です。ジミーさんですか?」


 うさん臭く元気な男に、あたしは答えた。


「はい! ジミー江古田です。こっちの2人は、」

「……アビス高梨です」

「こんにちは~。エルフいすずです」


 男は『ぴかりんファンが集まって語る会』の主催者だ。


 昨日、光のファンの女子中学生に悪さをしようとして光にやっつけられた男なのだが、さんごや小田切さんに話を聞いたところ、これ以前にも悪さをしてる常習犯らしい。


 正直、こんな低能に騙される女なんてどうでもいいのだが、光の彼女でありイデアマテリアの筆頭株主でもあるあたしとしては、見過ごすわけにいかない。


 そこでこらしめてやろうと、SNSで接触して呼び寄せたのだった。


「アビスさんにエルフさんですね! 初めまして!」


 今のあたし達は、東京から聖地巡礼に来たぴかりんファンのOLということになってる。


 さんごが偽造してくれたSNSアカウントでは、あたし達――ジミー江古田とアビス高梨とエルフいすず――の過去数年間に渡るオタ活の記録が投稿され、更にはソフトなエロ自撮りも差し込まれていた。


 せっかくぴかりん推しの地元であるこの街に来たのだからと本場・・のファンとの交流を求める投稿に、多くの男性からの申し出があったのも当然だろう。


 そしてその中に、この男もいたというわけだ。


「それにしても……」


 男――風霧駿が息を呑む。


 身分だけでなく、あたし達は顔も変えている。もちろん、さんごによる偽装だ。


 しかし、彩ちゃんの低身長スレンダーエルフ体型や、パイセンの締まってるのにバインバインスポーティー巨乳、あたしの元中日の今中の投球なみに緩急の付いた身体エロ恵体はそのままだ。


 当然、風霧はもう待ちきれず、本題に入ってきた。


「昨日からこの街にいるんだよね――聖地巡礼はしたの?」


 という問いかけは、その流れで『案内するよ』って誘って車に乗せて、エロいことが出来る場所に連れていくつもりなのだろう。


 今のあたし達は、適度に整ってはいるけど気が弱そうな、押したらあっさりいけてしまいそうな顔になっている。


 風霧も、勝算ありと踏んだに違いない。


「良かったら、案内するよ」


 早くも来たか――眉をハの字にして笑い、あたしは言った。


「行ってみたいけど、迷惑じゃないですか? ツイッピーでも、家には来ないでって書いてなかったでしたっけ?」


 風霧も、あたしを真似したみたいに、眉をハの字にして笑う。


「いや、あれって事務所のアカウントでしょ? ぴかりん自身はぜんぜん気にしてないみたいだよ。ただ、みおりんと一緒のときは声をかけないでくれって言ってるだけで」


「へー、そーなんですかー」


「うん。みおりんがそういうのにうるさくって、サインや一緒に写メ撮るのもお金を取らなきゃ駄目だって言ってるんだって。そういうのが面倒くさいから、みおりんと一緒のときは放っておいて欲しいって言ってるらしいよ」


「へー。まるで守銭奴ですねー」


「知ってると思うけど、ぴかりんはみおりんのお父さんに酷い目にあわされてて、いまもイデアマテリアからのギャラを全部取られちゃってるんだって。そういうのを知ってるから、みおりんもぴかりんに対してちょっと過保護になっちゃってるんじゃないかなあ。ファンにいいようにされるのが見てられないっていうか」


「へー。お父さんみたく、ぴかりんにたかってるんじゃなくてー?」


「いやいやいや。みおりんはそんなことしないよー。ここだけの話、みおりんって子供の頃は凄く内気だったらしいんだ。でもぴかりんと出会って、もっと明るくならなきゃって決意して芸能界に入ったんだって」


「へー。その頃から、ぴかりんのことが好きだったんですねー」


「そうなんだよ。みおりんは本当にぴかりんのことが好きで一途なんだよね……だから、あの2人のことをそこらへんのカップル配信者みたいに扱うのはファンとして抵抗があるんだ」


 何故だろう……こいつの話すあたしや光の話は全てが出鱈目で出来てるといっていいようなものなのだが、しかし、その出鱈目な話に登場するあたしの方が、現実のあたしより好印象に思えてしまうのはどういうことなのだろう?


 ぽん――パイセンが、あたしの太ももを叩いた。分かってるって……


「へー。そうなんだー。風霧さんって、すっごくぴかりんのことに詳しいんですね。じゃあ……案内、お願いしちゃおっかな」


 というわけで風霧が友人を呼び、その友人の車で、あたし達は光の小屋に向かうことになった。


 友人が来るまでにはそんなに時間がかからず、店の近所で待機してたのは明白だろう。


 小屋に着いて写真を撮り、風霧が自慢げに教えるカレン戦の痕跡――実はさんごがメス猫たちガールフレンドに詰められ吐いた痕――に「「「すごーい」」」と声をあげたりした、その後。


「食事してこうよ。ご馳走させてよ。この近くに、いいレストランがあるんだ。海が見える店でね、穴場スポットっていうか、ぴかりんもよく来てるらしいんだ」


 ということになった。


 さんごの調査では、その店のオーナーは風霧の先輩で、となればドリンクには薬物が仕込まれてると考えるのが当然。眠気に襲われた女性を共同で借りてるマンションに連れ込み、先輩も後から合流というのがこいつらのパターンらしいから、疑う余地はないだろう。


(海が見える? アホか。そんなん毎日見てるわ。そんな店、光は行ったことないし、なんでこんな奴らと食事しなきゃならないわけ? 人生で残された食事の回数を、こんな奴らのために1回ムダにするわけ? あー、もう無理無理無理)


 なんてことを考えてたら、いろいろともう面倒くさくなってきた。


 さんご:風霧と仲間のスマホとクラウド、そこに接続した履歴のある端末を全て把握した。データをコピーしたメディアのありかもAIにより特定済みだ


 と、さんごも言ってることだし、もういいか。


 再び、車に乗り込む。後部座席に、下座からあたし、彩ちゃん、パイセン。助手席に風霧、風霧の友人――こいつの名前も聞いたけど、そんなの憶えるために脳を使いたくない――という並びだ。


 車が走り出し、もうすぐ山を出る辺りで、あたしは言った。


「おい市川。お前んち行くぞ」


「え? 市川……って? え?」


「お前だよお前。市川陽介。お前だろうが。とぼけてんじゃねーぞぉ」


「…………」


「なに黙ってんだよコラ。市川。なんか言えよ市川! 市川! 市川! 市川!」


 助手席をがんがん蹴りながら、風霧の本名を連呼するあたし。


 バックミラーに映るその顔は、見事なまでの悪役面であった。


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明けましておめでとうございます。

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