157.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(9)(下々)

Side:彩ちゃん


「なに黙ってんだよコラ(がん!)。市川(がん!)。なんか言えよ市川(がん!)!市川! 市川!(がん!)市川!(がん!)」


 風霧の座る助手席を蹴りながら、彼の本名を連呼するみおりん。


 ルームミラーに映る風霧――市川陽介の顔に、粘っこそうな汗が浮かんでるのが見えた。


 さんご君の調査によると、市川は現在無職。以前は東京の会社で営業をやってたそうなのだが、下請けとの関係というか支払額の過度な圧縮無茶な値切りとリベートの強要が問題となり懲戒解雇。妻子にも逃げられたのを、逆に身軽になれたとポジティブに捉え、いまは実家のあるこの街で30歳過ぎにして訪れた第2の青春を謳歌しているのだそうだ。


 誰がどんな人生を送ったところで文句を言うつもりはないが、でもそれでやってるのが地元の有名人ぴかりんの名前を使って女の子を騙すなんてことだったら、流石に黙っていられないというか、許し難かった。


 だから当然、奴らをこらしめようというみおりんの提案に、私は迷うことなく乗った。


 それはパイセンも同じで、今回の作戦を考えたのもパイセンだった。


 作戦では、市川達がわるさ・・・の拠点にしているマンションに向かう段になってから詰め始める予定だったのだが、さんご君のハッキングとみおりんが煮える・・・のが予想より早かったせいで――がん! がん! がん! がん!


「おら~。市川~。なんか言え市川~。市川陽介く~ん。返事が聞こえませんよ~」


 予定より早く、詰め・・が始まることとなった。


 でもまあ、作戦の進行に問題が生じるわけでもない。


「市川~。お前んち行くぞ~。ほら連れてけ~。市川~」


 実は、これはトラップだ。


 家に連れてけと言われて、市川がどこに案内するかを試しているのである。


 予想される選択肢は3つ。


 1.市川が住んでる実家

 2.拠点のマンション

 3.人気のないどこか


 市川の答えは――3だった。


「ちょ、ちょっと誤解です。何か誤解してます。こんなの変ですよ! ちょ、ちょっと車を停めて、どこかに車を停めて話し合いましょう!」


 どかん!

 べきっ!


 ひときわ強く蹴られて、助手席が壊れた。


「舐めてる?」


 みおりんがヘッドレストを引っ張ると、抵抗もなく、助手席がリクライニングの状態になった。歯医者の治療中みたいになった市川を見下ろして、みおりんが言った――びんっ!


「レストランの後ぉ(びんっ)。あたしらを連れてこうとした場所があるだろお?(びんっ)そこに案内しろって言ってるんだけどぉ?(びんっ)」


 市川の目玉にデコピンしながら、みおりんは続けた。


「それともぉ。(びんっ)本当にお前んちに行くかぁ?(びんっ)実家のお父さんとぉ(びんっ)お母さんの前でぇ(びんっ)、自分らの老後のために買ったマンションでぇ(びんっ)、息子のお前が何をやってたのかぁ(びんっ)、一切合切白状してみるかぁ?(びんっ)(びんっ)(びんっ)」


「い、行きます行きます! マンションに連れて……ご案内いたしま~~~す! ひぃっ! だから目は! 目は! ひぃいいいいい!」


 自分にも憶えがあるから分かるけど、みおりんは『怪我させるつもりはないけど怪我させても問題ない』くらいの気持ちでやっている。


 市川は、失明はせずとも眼窩底骨折くらいはしててもおかしくなかった。


「痛いぃ。痛いぃ。痛いよぉおおお」


 もっともこいつらの被害にあった女性達のことを考えれば、どれだけ市川が痛がってみせたところで――


「これから……もっともっと酷い目に遭うんですけどね?」

「ひぃっ!」


 ついついそんなことを言ってしまう程度の憐れみしか持てなかった(←婉曲表現)。


 と――さんご君からのメッセージ。


 さんご:市川達の端末とクラウドから、女性達のデータを削除した。電源が切れてる端末もあったけど、AIが遠隔起動して削除済みだ。ちなみにデータ削除後、どの端末も破壊してある。


 AIか……


 さんご:異変を察知した市川の仲間達の間でメッセージが飛び交ってるけど、全てAIがインターセプトしている


 またAI。


 さんご:いま彼らが対話しているのはAIが作ったダミー人格だ。情報を吐き出しながら、彼らは破滅に向かって誘導されてるというわけさ。


 AIって、凄いんだなあ……


 さんご:残るは物理メディアの削除のみだね


「おーい、連れてけマンション。連れてけ~」


 今度は逆リクライニング状態になった助手席を蹴りながら、みおりんが促す。


「…………」


 それを横目で見るパイセンは、明らかに(私もやりたい……)って顔だった。


「もういいや、エルフ。カーナビ入れて」


 エルフ……ああ、私か。


「……どうぞ」


 パイセンに渡された紙を見ながら、後部座席から乗り出してカーナビに住所を入力する。


「XX町3-45 パレス春田XX809……っと。あれ? この名前……」


 紙と液晶を二度見して、そこにあるマンション名に疑問を抱きつつも、ナビ開始のボタンを押した。


『50メートル先を、左に曲がってください』


 ナビから出たのは、市川達を地獄に案内する第1声だった。


 マンションについたのは、それから10分後のことだった。


 ところで、私達が全員後部座席に座ったのには、理由がある。


 市川を助手席に座らせるためだ。


 そしてなぜ市川を助手席に座らせたか――理由は、私達に隠れてスマホを操作させるためだった。


 市川のマンションに入ると、まずは市川とその友人をトイレに閉じ込めた。


 それから私達は部屋にあった何もかも――パソコンやタブレットはもちろん、家具の1つ残らずまで――を、透明化してついてきたさんご君の首輪ストレージに突っ込み、部屋を空っぽにした。


「脱げ」


 トイレから解放した市川達を全裸にして、取り上げた衣服を、こちらは部屋にあったゴミ袋に突っ込む。


 そんなタイミングで、来客を告げるチャイムが鳴った。


「入れろ」


 オートロックを開けさせ、来客を部屋にあげさせる。


「「(ほっ……にや)」」


 同時に市川達の表情に、安堵したような、そして私達を嘲るような表情が浮かんだ。


 来客は――



「先輩! え、そ、それと……」


 やってきたのは、レストランを経営する件の先輩と、もう一人、目に怖い光を宿した、スーツ姿の若い男だった。


 2人は、スマホで市川に呼ばれてここに来た。彼らを呼ばせるために、私達は、市川にスマホを使わせたのだ。


「ヨシムラさんは来ねえよ」


 スーツの男が言った。男は半グレで、さんご君の調査によれば、市川達がこの街で悪さを出来たのも、そういう存在と地元の先輩後輩関係で繋がりがあったからだった。


 名前が出たヨシムラとは、おそらくスーツの男の上役で、市川達と直接繋がりのある人物なのだろう。


「全部、ぶっ壊れてるが――これでいいか? パソコンは、外で段ボールに詰めてある」


 スーツの男が、みおりんに紙袋を差し出す。入ってるのはスマホやタブレットにDVDだった。


「OK」


 と、みおりん。


「あ、あの……」


 事態を理解できてない様子の市川を、無視して男が続ける。


「こいつらから送られてきたデータをコピーやダウンロードした可能性のある――まあ、事務所にあったり、個人個人で持ってた電子機器は、全部回収した。本当に、これで全部だ。だから……これで、手打ちってことにしちゃもらえねえか?」


「あの。どういう……ヨシムラさんは、その……」


「黙ってろ! ヨシムラさんの名前を出すんだじゃねえ! 俺達だってな、ヤクザや(ごにょごにょごにょ)と、喧嘩するわけにゃいかねえんだよ!」


「「「!」」」


 その時、着信音が鳴った。


 市川から取り上げた、スマホからだった。

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