32.猫はいないがダンジョンに潜る(9)~楽勝だよ、と美緒里は言う&ちょっと褒められました~

本日は、12時と20時にも更新します。

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 美緒里からの、着信。


 赤松さんの説明では『ダンジョンに入る時、ドローンとリンクしただろ? あの時にスマホの設定が変わって、ドローンとのリンクが切れたら遭難したものと判断――探索者協会が許可した相手以外からの着信は全部拒否されるようになるんだ』とのことだった。


 しかしいま、美緒里からの電話が着信しているということは――通話ボタンを押すと。


「あたしよ」


 なんかボリボリ食べてる音と一緒に、美緒里の声がした。


「美緒里。電話してきた――電話出来てるってことは、それって……」


「うん。あたしが光を救助することになった。ファストファインダースどっかのおっさんの救助に行くことになってたんだけど、光のとこに行くついでだったら引き受けるって言ったらそうなった」


 ぼりぼり。


「そ、そうなんだ。ありがとう。いま、こっちは――」

「なんかさあ? 楽勝そうじゃん。光、やっつけちゃいなよ」


 ええ!?


「光の救難配信見たけどさー。いまいるそこ、あんまり保たないよ? あたしもすぐには行けないからさー。そこの宝玉、死んでるみたいだし」


「宝玉が……死んでる?」


 セーフハウスの中にある、転移用オーブほうぎょくが?


「だから、あたしがセーフハウスに転移して外の大顔を瞬殺してみんなで帰るってのは無理だね~~~無理無理。考えてみて。最初に大顔に襲われたとき、あんたどこにいた?」


 上層だ。


「大顔は、どうやってそこまで行ったと思う?」


 深層から、上層まで――どうやって?


「土を掘って? 違うでしょ。いくらなんでも速すぎる。あたしの推測では、どこかのセーフハウスの宝玉をハックして――跳んだ・・・


 美緒里の声は、とっくに真面目になっていた。

 僕は見る――はるか下の地面から、僕らを見上げる『顔』の群れを。


「そこはもう保たない。逃げて」


 美緒里が、そう言い終えるのと。

『顔』が、一瞬で全部消えるのと。

 ガルシアさんの絶叫は、同時だった。


「オ! ヤ! ナ~ンデコッダ! オンガオガ、デェテキンヤガッタヨォ!」


 振り向くと、岩壁に転移した『顔』の群れが、僕らを見下ろしていた。

 そこから伸ばされた触手は、無数よりもっと無数。

 馬鹿みたいな表現だけど、少なくとも、感じる限りではそうだ。


「頼んだ!」


 一番戦闘力の低い神田林さんを、赤松さんが僕の方に突き飛ばす。


「はい!」


 神田林さんを後ろにかばい、僕はナイフを構えた。

 それは、ほぼ自動的な動きだった。

 伸びてきた触手に触り、魔力を吸い出して。


 ズバン!


 魔力を失い柔くなった触手を、一撃で切り落とした。


「すごい……」


 神田林さんが、息を呑む気配。

 僕も、驚いていた。


 最初に『顔』と戦った時より、ずっと威力が大きくて動きも滑らかだった。

 

 魔力を吸い出し、切る。

 魔力を吸い出し、切る。

 魔力を吸い出し、切る。


 次々と伸びてくる触手を切り落とすたび、威力も滑らかさも増していく。


「おいおい! やるじゃねえか」


 触手を鞭で叩きながら、赤松さんが笑う。

 鞭にはデバフ効果があるらしく、叩かれた触手の動きが鈍くなる。


「ホンドゥニ、ジョシンシャナノゥ!?――居合重層イアイ・マルチプレックス!」


 ガルシアさんが居合い切りするたび、まとめて4,5本、触手が切り落とされていく。


「期待のルーキーというやつか……ふん!『切り裂き姫』のお気に入り――クラスD以上の実力という噂は本当らしいな……ふん! ふん! ふん!」


 氷の鎧をまとった山際さんが、タックルで『顔』を叩き潰していく。


 しかしまだ『顔』は、10匹近く残っていた。


 ここまで戦えてるのは、『顔』が岩壁にまとまってて囲まれずに済んでるからだ。

 しかし逆に言うと、僕らの背後には何も無い。

 いまいる張り出し・・・・から押し出されたら、地面に真っ逆さまだ。

 

 それは、危機感から浮かんだ疑問だったのだろう。


『そこの宝玉、死んでるみたいだし』

『どこかのセーフハウスの宝玉をハックして』


 僕らの真下にあるセーフハウスの宝玉を使い、『顔』は岩壁に転移した。では、どうやって? どうやって『顔』はセーフハウスの中にある宝玉に触れることが出来たのだろう? どうやってセーフハウスに入って――その答えは。


 地面を掘って。


「がぁっ!?」


 足元の地面を突き破って現れた触手に、赤松さんが吹き飛ばされた。

 これだ。

 触手で地面を掘って、『顔』はセーフハウスの中の宝玉を手に入れたのだ。


「力を抜いて!」


 地面に落ちるコースの赤松さんを、神田林さんが掴んで背負った。

 そのままスキルで空中に足場を作って張り出し・・・・に戻ると。


「全員!」


 ガルシアさんと山際さんに腕をつかませ、僕をお姫様抱っこして。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」


 空中に連続して作った足場を階段に、セーフハウスの前の地面へと一気に駈け下りた。


 僕らを地面に下ろすと、神田林さんは。


「ふうふう……ふうふう……ふうふう……私も……ふうふう……パワーアップしたみたい……ふうふう……」


 荒い息を吐きながら言った。

 そして……


「……光ってる」


 と。

 確かに、見ると僕の全身が光っていた。

 光魔法を使う前の準備状態――


魔力滞留アイドル、か?」


 赤松さんに、僕は頷く。


「はい。意識はしてなかったんですけど……」

「魔力飽和だな。さっき、大顔の魔力を吸い取ってただろ」

「はい」

「それだ。そのせいで、体内の魔力が飽和したんだ。一気に魔力が飽和すると、意識しなくても勝手に魔力滞留アイドルが始まる。まあ、滅多に無いことだがな――来るぞ!」


『顔』が、触手をクッションにして岩壁を下りてくる。


「行きます。最初は、僕にやらせて下さい」

「お”?」


 さっき伸びてくる触手を切りながら、光魔法を使おうだなんて思うことすら忘れていた。

 理由は、まったく分からないけど。

 でも魔力滞留アイドルしてるいま、分かる気がした。

 美緒里の、言ってたことの意味が。


「美緒里が言ったんです――楽勝だから、やっつけろって」

「『切り裂き姫』が? 分かった。最初の3秒だけ、お前にやる」

「はい!!」

「それからな。勝手に魔力滞留アイドルが始まるのは、魔力が飽和した時だけじゃない。スキルが強くなった時もだ。一気に成長したスキルに潰されないように、魔力滞留アイドルで身体のキャパを上げてるんだ」


 赤松さんの声を、背中で聞きながら。

『顔』の群れに向かって、僕は走り出す。


 それと、同時にだった。


「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」「ミツケタ」


『顔』が、一斉に声を発したのだった。


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お読みいただきありがとうございます。


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