132.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(6)-1

Side:パイセン


「光くん!」


 丘の向こうに引きずられてく光くんを、私は止めようとした。


 でも。


「待って!」

「やめろ……君までっ!」


 駆け出そうとした肩や腰に抱きつかれ、止められてしまう。


「いやっ! いやっ! いやっ! いやあ”あ”あああっ!!」


 丘の向こうに行って、帰った人はいないという。極彩色に変わった空や、現れた無数の『手』は、それを信じざるを得ないものだった。


 光くんは強い。


 それは知っている。でもそれを信じる気持ちは目の前の景色にあっさりと破られてしまったし、光くんを失うかもしれないという怖れがこんなにも恐ろしいものだと、私は知らなかった。


「あ、あ、あ”あ”……」


 立ち止まった私の視界に『手』はもういない。

 いま私の目の前にいるのは、彩ちゃんだった。


 彼女は言った。


「数を数えて。3」


「…………」


「3」


「…………」


「3」


「……3」


「2」


「2」


「1」


「1」


「3、2、1」


「3、2、1」


「息をしながら。3、2、1」


「3、2、1」


「もっと深く。3、2、1」


「3、2、1」


 言われた通り深呼吸しながら数を数えてたら、涙が出て来た。


「みなさんも。3、2、1」


 振り向くと、猪川さんと二瓶さんが立ち上がろうとしていた。二人の後ろには、引きずられたような跡が出来ていた。長い。10メートル以上はあるだろう。


 そしてその間の砂は、もっと深くえぐれている。私の足跡だ。引きずられたようなでなく、引きずられた跡だった。私は猪川さんと二瓶さんを引きずって、振り払い、そして……光くんが丘の向こうに消えるのを、なすすべもなく見送ったのだ。


「「よお」」


 私を見て、二人がはにかんだような笑みを浮かべる。それを見たら、もっと涙が出て、止められなくなった。


「3、2、1。うえ”え。3、2、1。3、2、1。う゛ぃえ”え。3、2、1。3、2、1。3、2、1。3、2、1……」


 しばらくみんなで数を数えて、その後、私はみんなに謝った。


「すみませんでした……取り乱してしまって」


 みんな同僚や友人――天津さんや蝶野さんや鹿田さんやどらみんを、丘の向こうに連れ去られてしまったのだ。辛いのは、私だけじゃないのに……私だけ、取り乱して、泣きわめいて。


 でも。

 

「逆に、あそこで落ち着かれてたら……なんというか……『大丈夫かな? この子』って思ってただろうな」


 二瓶さんが言えば。


「君がああならなかったら、俺がなってたかもしれない。たまたま君がそうなって、たまたま俺達が止める側に回った――そういうものだと思う」


 と、猪川さんも。


「チームって、そういうもんですよ」


 最後に彩ちゃんにそう言われて、私は、もう少し泣いた。


 これからどうするか、話し合いが始まったのは、その後だった。



 レストランを脱走した『肉』がダンジョンに潜り、私たちのいる第2層を目指している。


 いま私たちにある情報はそれだけ――そこから、まったく先に進んでいない。


 でも、策だけは立ててあった。

 二瓶さんが言った。


「イデアマテリアの、協力は得られるだろうか?」

「もちろんです」


 と彩ちゃん。


 襲撃を予想して、イデアマテリアの探索者が、既にこのダンジョンに潜っていた。


 私たちの実習の、サポートスタッフとして。


 サポートスタッフは、受講者から離れてダンジョンを進み、緊急事態に備えている。往路は、私たちの後を。そして復路は、私たちの先を行って。


 だから復路のいまは、私たちより先――第1層への入り口に近い場所にいるはずなのだけど。


 しかし、嫌な予感がした。


「さっきから連絡がつかないんですよ」


 やはり、そうだった。光くんたちと同じように、サポートスタッフも丘の向こうに連れ去られた可能性も、考えられることだったのだ。


「あ! これは。いや――すいません。別口っていうか……関係ないメッセージでした」


 謝る彩ちゃんが、ちらりと私を見た。

 私は、それに頷くどころではなかった。


 さんご:光と連絡がついた

 さんご:全員、無事だ

 さんご:自力脱出とこちらからの救援

 さんご:その両方の線で生還を目指す


 涙をこらえようと、私は必死だった。


 いまさんご君から来た情報は、二瓶さん達には話せない。イデアマテリアには、隠すべきことが多すぎる。だから天津さんや蝶野さんたちが無事なことを、彼らに伝えることが出来ない。


 でも、可能な限り、なんとかして――


 と、その時だった。

 彩ちゃんが、叫んだのだった。


「はぁ!? それ、いま、聞けっていうんですか!?」


「「「?」」」


 困惑する私たちに、彩ちゃんは言った。


「あ”あ”、もう――」

 

 二瓶さんと、それから猪川さんを見て。


「お2人にご提案があるのですが……イデアマテリアと契約して、配信者になりませんか?」


 彩ちゃんは、そう言ったのだった。


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