54(2).猫が裏で酷い会話をしています

「……馬鹿野郎が」


 呟きと同時に巻島の背中が盛り上がり、そこへ乗った僕に『重力』の衝撃が叩き付けられる。


 僕は呟いた。


「『含胸抜背』ですか」


 中国拳法の身体操作で、応用すれば背中で打撃を放つことのできる技だ。刀で出来ることが拳や足、そして背中で出来てもおかしくはない。巻島は含胸抜背で放った背中の打撃に『重力』を加えて僕にぶつけたのだ。しかし。


「『ヒューマン・ダイヤモンド』って知ってますか? 知ってますよね? 有名ですし――最近、教えてもらったんです。まだまだ練習中ですけど、この程度の衝撃だったら、いくらでも耐えられます」


「………………」


 沈黙する巻島。完全に制圧された形だ。こうしている限り、巻島は逃げられない。『重力』での反撃も、僕には通じない。巻島は詰んでる。そう、僕がこうしている限りは……だからこそ。


(どうしよう……)


 この後の展開が思いつかず、心理的には僕が詰んでいた。僕がこうしている限りということは、僕がこうすることをやめれば、すぐにも巻島は逃げてしまうということなのだ。


 巻島と対峙して、最初に違和感を抱いたのは、彼の外見が理由だった。巻島は、これまで何人もの人を殺めてきたのだろう。だったら捕まったこともあるはずだし、刑務所に入っていたこともあるはずだ――何年も。


 しかし巻島の外見は若く、せいぜいオヅマの数歳上くらいにしか見えない。その外見のギャップが、僕に違和感を抱かせたのだった。


 しかし答えは、巻島のスキルを知ったことで解消された。


 逃げたのだ。『透過』を使って、彼を拘束しようとする何もかもから。いま巻島を自由にしたら、きっと巻島は、たとえば地面をすり抜けてダンジョンの中層や下層に移動してしまったりするに違いない。美緒里が、あの銀色のサーフボードを使って行うように。


 さっきから延々と、後から思い出したら恥ずかしくて死にたくなるような中二病的な長台詞を得意気風にしゃべってたのも、実を言えば、いま陥ってるような手詰まりを見越した時間稼ぎだった。


(どうしよう……)


 再び、内心で呟くと――ポケットの中で、またもスマホが震えた。


 しかし両手は巻島の服を掴んでいる。スマホを取り出して確認なんて出来ない――すると、地面から。


 半透明の、小さな手が生えていた。


 手は、僕のポケットに伸びると、スマホを地面に放り投げ、親切にも画面のロックまで解除してくれる。視線を移せば……


「うにゃ~ん」


 さんごが、でんぐり返ししていた。どうして君が僕のスマホのパスワードを知ってるんだとは問う気も起こらず――画面を見れば。


 さんご:ちょっと待ってて

 さんご:デウスエクスマキナが来るから


 すぐに来た。

 ズカズカと近づく足音が誰のものなのかは、考えるまでもなかった。


 顔を上げて見れば、そこには――

 

「はぁい。みおりんだよん」


 肩に銀色のサーフボードを担いだ、美緒里が立っていた。


「いいよ光。離れて」


 言われて僕が巻島から離れると、片頬を吊り上げた見事なまでの悪人顔で、美緒里が言った。


「あんた、面白いスキル持ってるそうじゃない」


「…………」


「巻島悟32歳。父親が高名な古武道家で、本人は剣道でインターハイ個人戦準優勝。人生が狂ったのは大学に入ってから? っていうか22歳でスキルが生えるまでに、何人殺した? 少なくとも、ゼロってことはないわよねえ? あんたが巻き込まれたダンジョン発生で、山崎宏って人が死んでる――あんたがインターハイの決勝で負けた相手ね。ダンジョン発生の直前、あの廃ビルで、あんたは何をしてた? 山崎宏が死んでた、あの廃ビルで。ダンジョン発生に巻き込まれたとき、あんたはどうして日本刀を持ってたのかなぁ? 単なる偶然? それともぉ……? 山崎くんは丸腰だったのにねえ」


「………………うるせえ」


「ダンジョンで神の啓示でも受けたのか、生還後は悪いお友達とも手を切って勉学に励み、無事大学を卒業。でも就活には失敗。1年後、なんとか就職できたのはブラック企業で――早漏にもほどがあるでしょ。入社3日目で上司の家に乗り込んで大暴れ。その後スキルを活かして探索者になったのはいいけど、天才と持て囃されたのはクラスDに上がるまでで、その後は伸び悩み、いつしか悪い噂でしか名前を囁かれなくなり――で、何やってたんだっけ? 半グレに飼われて、少なくとも7人は殺してるわよね。アメリカの探索者協会はね、他国よそから引っこ抜けそうな探索者じんざいを見逃さないから、こんなことまでデータベースに突っ込んでるのよ。謎だったのは、これだけ人を殺しておいて、あんたが一度も捕まってないこと。アメリカがあんたに注目してたのはそこよ。あたしも不思議だった――でも、今日あんたのスキルを見て分かった。ちょっと前までのあたしだったら見逃してたでしょうけどね。『透過』を極めたらどこまで使えるスキルになるのか、知らない頃のあたしだったら」


「……あ”…………あ”ぁ?」


「おやおや意外だって顔ね――教えてあげる。あたしにも、同じことができるの。このサーフボードを使えば、あんたと、同じことを、あんたより上手にね。しっかし、分かってみれば笑っちゃうくらい単純な話よね。手錠も、護送車も、留置所もあんたを留めておけない。だって『透過』ですり抜けちゃうんだから。ああそうそう。アメリカの協会にね、あんたが『透過』で逃げてるんじゃないかって論文だしたヤツがいるのよ。冗談扱いしかされてないけどね。でもあたしが『マジだったよ』って教えてあげたらどうなるかなあ? あんたの『透過』を無効化できるヤツ、あたしの知り合いだけでも3人はいるんだけど……どうする? 実験動物として生かされる未来しか、あんたには残されてないわけだけど」


「……っ!」


「遅いぜ。なんてね」


 日本刀が落ちていた。

 正確には、半ばで裁ち切られた日本刀の刃が。


 巻島が日本刀を拾って斬りかかり、それに対して美緒里が、サーフボードを振って日本刀を両断したのだった。


「半端ないわね――2次元素材の刃2Dエッヂってやつ。まあ、あたしも鬼ではないから多少の温情をかけるのもやぶさかではない、と。光、靴べらそれ貸して」


「う、うん……」


 僕が精神感応素材イデア・マテリアルの靴べらを渡すと、美緒里は巻島の髪を掴んで、靴べらを頭に突き刺した。


「う~ん。こんな感じ? え? もうちょい右かあ。難しいわね、これ……」


 スマホを見ながら、美緒里は靴べらをぐりぐり動かす。


「う、あぐ……あぐ……あくぅん……くん……あぐぅ……ぐぅ……ぐぅん……」


 呻きは、巻島のものだ。見開いた目を震わせ、弛緩した口元から涎を垂らしている。同様に目からは涙、鼻や耳からも何らかの液体をだらだらと。


 ちなみにスマホには、こんな会話が表示されている。


 美緒里:もうすぐ着く

 美緒里:見えた

 美緒里:スキルは盗れた?光に生えてる?

 さんご:生えてる

 美緒里;じゃあ巻島のスキルは消す方向で

 さんご:(OKのスタンプ)

 さんご:ちょっと待ってて

 さんご:デウスエクスマキナが来るから

 さんご:ではスキルの消し方を説明しよう

 さんご:光の持ってるイデアマテリアルを使って

 さんご:右のこめかみから突き刺す感じで

 さんご:もうちょっと右

 さんご:角度を変えて、下から持ち上げる感じで

 さんご:塊っぽい部分をぐりぐりして

 さんご:ぬるっとした手応えがあったら突いて

 さんご:もっと突いて

 さんご:『収納』以外消えた

 さんご:全部消えた

 さんご:適当にかきまぜて終わらせて

 さんご:海馬のスキルシステムと繋がる部分が破壊されるから

 

 どん引きである。


 そして、そんな裏で行われている会話なんて知らない、オヅマや弓ヶ浜さんや巻島の部下の男たちも、美緒里を見て、どん引きしていた。


「ぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーりぐーり。はいっ、終わり!」


 こうして巻島はスキルを消され、逃亡の手段を失ったのだった。


 その後、弓ヶ浜さんの連絡で上層に戻ってきた一ノ瀬さんたちと合流。ダンジョン警備隊に巻島たちを引き渡し――胸をなで下ろした様子の一ノ瀬さんに、美緒里が訊いた。


「光の実習は、もう終わったわけ?」

「いえ、カリキュラムがまだ残っています」

「そこの猫の『同行講習』は?」

「そちらは……既に終了ということで」

「じゃあ連れてくわよ」

「にゃおーん」


 さんごを連れて去りながら、最後に美緒里は言った。


「残りの講習、1時間以内に終わらせて。先に言っておく。またやり直しなんて、絶対、認めない」


 その後の実習はトラブルなく終わり、僕たちは『新探索者向けダンジョン講習会2』を、無事に修了したのだった。


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