54(1).猫が裏で悪い顔をしています

本日は20時にも投稿します。

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「俺が名乗るってことはな……そいつが俺にビビらねえ大馬鹿で、俺の顔すら知らねえ物知らずってことだ……なぁぴかりんくん。憶えておくといい。大人の世界ではな、物を知らないって理由で死ぬことなんてざらにあるんだよ」


 言いながら、巻島が刀を構える。

 その姿に、違和感があった。


(……魔道具じゃない)

 

 巻島が持ってるのは、どう見てもただの日本刀だ。でも、そのただの日本刀で巻島はドローンを破壊している。何かに固定されてるわけでもない、宙に浮く鉄とプラスチックの塊をだ。


 しかもさんごの情報によれば、巻島は『身体能力強化』を使っていない。単純に言って、巻島がいかに凄い剣士かということになる。


 しかし――


 あくまで、素の体力で戦う人間としてはだ。スキルで強化された僕の身体能力なら、いくらでも、どこからでも打ち込めそうだった。


 だから、その通りにした。


(遅い)


 背後へ跳んだ僕に、巻島は反応できていない。

 巻島の後頭部に、靴べらを振り下ろす。


(当たった――えっ?)


 背筋に寒気を感じながら視線を移すと、唇を歪めた巻島が、刀を上段に構えていた。


 転がって逃げると――


 ひゅっ!


 風切り音とともに振り下ろされた刀が、地面を叩く。

 

 ぼこっ!


 地面がへこんだ――まるで鉄製のバスケットボールを叩き付けられたような、半球状に。


 刀を構え直しながら、巻島が嘲笑った。


「意外だったか? 俺に舐めた口叩いた奴らの中にはな、探索者ってヤツだって何人もいたんだよ」


 つまり、何人もの探索者を殺してきたということか。


 確かに、これなら可能だろう。


 僕の攻撃は、確かに巻島に当たった。

 しかし手応えは無く、靴べらは巻島をすり抜けた。


 そう。すり抜けた。


 相手の攻撃をすり抜けさせ、カウンターで、あの地面をへこませる斬撃をたたき込む。


 それが、巻島の必勝パターンなのだろう。確かにこれなら、身体能力の差を覆して勝利するのも可能に違いない。


(どうしよう……)


 僕は、頭を悩ませた。


(これでは……殺してしまう)


 靴べらでの打撃はすりぬけて効かない。だったら魔法は? 火炎、氷結、雷撃をぶつけたら? それなら効くかもしれない。しかし、効いたら死んでしまうかもしれない。なにしろ巻島は、『身体能力強化』を持たない、紙装甲の弱フィジカルなのだ。


 でも、あれなら……スマホが震えた。


「はいはいはい」


 巻島から距離をとって、スマホを見る。戦ってる最中だけど、まあいいだろう。巻島のスピードだったら、攻撃されても避けられる。


 当然のごとく、さんごからだった。


 さんご:魔力を吸い上げたり、魔力をぶつけて昏倒させたりは

 さんご:無しの方向で

 

 いや、それしか無いんじゃないかと思ってたところなんだけど……


 さんご:魔力を吸い上げすぎたら、死ぬかもしれない

 さんご:魔力をぶつけたら、スキルが壊れるかもしれない


 そうなんだ……人間相手には、あまりやらないようにしよう。


「どうしたスマホなんか見やがって! 余裕か!?」

「いえいえ、そんなことはないですよ」


 巻島の攻撃を避けながら、続きを見る。


 さんご:巻島のスキルを見た

 さんご:巻島は美緒里が面白がりそうなスキルをもっている

 さんご:×面白がりそうな ○興味を持ちそうな

 さんご:美緒里に見せるまでは、壊したくない

 

 巻島のスキル……どんなだろう?

 

「しっ、はっ!、しゅっ!」

「ふん!」


 連撃を避けてローキックを当てたけど、やっぱりすり抜ける。

 

 さんご:巻島のスキルは『重力』『透過』『脱力』『収納』

 さんご:ちなみに『透過』は、美緒里のサーフボードにも組み込まれている


 ああ……そういうことか。

 一瞬で、答えが分かった気がした。


 最初に抱いた、違和感の答えが。


 風が吹いている。


 ダンジョンを吹く風が、巻島のスラックスや、ジャケットの裾を揺らしている。


「…………おい」


 不真面目きわまりない態度の僕に、巻島が非難がましい声をかける。

 それを無視して、数秒後。

 スマホを収い、僕は頷いた。


「うん」

「なにが『うん』だよ」

 

 僕は答えた。


「僕にも、出来そうかなって」


 巻島の反応を待たず、僕は踏み込んだ。

 今度は真正面から。

 靴べらを振り下ろす。

 今度は巻島にでなく、刀に。


「っ!!」


 靴べらが刀を叩くのと、巻島が刀を手放すのは同時だった。

 べきっ!

 刀が、真っ二つに折れて地面で跳ねる。


「そういうことですか……」

「…………」


 巻島は無言で、不遜な僕の言葉にも、意図を聞き返さない。

 答えが、彼がやってることの謎解きになってしまうからだろう。


「ちっ……」


 舌打ちしながら、おそらく『収納』を使って新たな日本刀を取り出す巻島。

 僕は言った。


「刀に『重力』を乗せてぶつける――それが、あなたが攻撃でやってることですよね? いま僕が、真似したみたいに。レベルは低いけど、僕も『重力』を持ってたみたいなんですよ。あなたというお手本のおかげで、使えるレベルになりました。じゃあ次は――防御の方も、やってみましょうか?」


「何を……言ってる」


「『透過』も、持ってたみたいなんです。『透過』で僕の攻撃をすり抜けさせたんですよね?――そうそう。ちょっと教えてほしいんですけど、いま、どうして刀を手放したんですか? 刀にも『透過』をかけて、僕の攻撃をすり抜けさせちゃえばいいのに。そういえば不思議だなあ。僕の攻撃はすり抜けるのに、どうしてあなたの服や刀はすり抜けないんですか? 何もかも『透過』できるなら、『透過』を使った瞬間に、刀や服も、あなたからすり抜けてその場に落ちるはずなのに――もしかして」


「黙れ!」


「自分の武器や服だけは、すり抜けないようになってたりとか?」


「黙れ!」


「さあ、来てください。僕もあなたの攻撃をすり抜けさせます。ほら――ちゃんと、武器も捨てましたよ?」


「――黙れ」


 達人の動きとは、こういうものなのかもしれない。

 なんの力みもなく、刀をわずかに上げて、下ろす。

 それだけで、僕の頸動脈を切り裂く軌跡が描かれる。


 しかし――遅かった。


 正直に言うと、僕には『透過』は生えていない。『重力』も生えてはいるけど実用には耐えないレベルで、さっき巻島の刀にぶつけたのは、単なる『身体能力強化』の馬鹿力だ。


 でも、それで十分だった。

 巻島の攻撃を誘い出せれば、それで良かった。


「!!」


 間近で見る、巻島の顔が青ざめる。


 巻島の斬撃を避けながら、僕は掴んでいた。

 巻島の持つ日本刀の柄と、服の袖を。


 刀と服は、巻島をすりぬけない。

 巻島が反応できない速度で、刀と服を下に引っ張れば。


「ぬぎゃぁあああっ!!」


 巻島の指を折りながら、刀は手を離れ。


「ふんぐぬっ、ぬぐっ。ばなぜ、離せぇばなぜぇえええっ!!」


 服は、巻島の手首を引っ張りながら地面に押しつけられる。


「ぬぐっ、ぬぐっ、ぬぐっ!」


 指を折られた激痛に耐えながら、巻島がもがく。

 その横顔に、僕は囁く。


「無理です。服は、あなたをすり抜けない。確かに服の上から攻撃を加えても、あなたをすり抜けて通じない。服の上から掴んでも同じでしょう。掴んだ手はあなたをすり抜け、あなたは自由なまま――でも、さっき気が付いたんです。風に、あなたのスーツの裾が揺れていた。風は、すり抜けていなかった。それを見て、思ったんです。理屈は分からないけど――あなたでもなく、服越しのあなたでもなく、服だけだったらすり抜けないんじゃないかって……掴めるんじゃないかって。だったら最初から服だけを掴んで、服であなたを捉えたなら……服は、あなたをすり抜けない。そしてそれを掴んだ僕の力もまた、あなたをすり抜けない」


 掴んだ袖を絞って、巻島の動きを更に制限する。そうしながら、巻島の背中に覆い被さって、反対側の袖にも手を伸ばした。

 

 その時だ。


「……馬鹿野郎が」


 呟きと同時に、僕を『重力』の衝撃が襲った。


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