93.猫は仕事が早かった

 翌朝、寝汗でびっしょりの布団を干してから朝食を食べた。


「……って夢を見たんだよね~。マリアに、スケールの大きい話を聞いたからかなあ」

「疲れてるんじゃない?」


 昨夜の夢の話をしたけど、さんごは塩対応だつれない

 確かに、他人の夢の話なんてつまらない話題の代表だしね。


 それより、いま僕らに共通の話題といったらこれだ。

 

「大塚太郎さんに修行を付けてもらうんだよねえ。どうやって連絡したらいいのかなあ」

「マリアも分からないって言ってたね。あっちからの連絡を待つしかないと。でも、大塚太郎はこの小屋まで来たことがあるんだろ? だったらすぐに連絡してくるさ。話を聞いた限りでは、あっちも君に興味を持ってるみたいだし」

「そういうものかなあ」

「そういうものだよ――そうだ。修行には僕も同行したい。大塚太郎から接触があったら僕にも連絡を――いいや。しばらくは、君の側にいることにするよ。透明化すれば、学校にも入れるし」


 というわけで、さんごも学校に来ることになった。

 今日は金曜日。

 考えてみると、今週は火曜日しか学校に来てない。そして明日は土曜日で休みだから、1週間で2日しか登校しなかったことになる。


「公休って、本当に取れるんだよねえ? もし公休が無かったら留年しちゃうよ」

「いいじゃないか。留年したら、それだけ美織里と学校に通える期間が長くなる」

「美織里は、先に卒業しちゃうよ?」

「君が留年したら、美織里も留年するさ」


 話してるうちに、学校が見えてきた。

 校門のそばには今日も沢山人がいて、どう見ても学校の関係者ではない。

 僕が目当てで来た、外部の人たちだ。

 

 でも建人に忠告された通り、僕も今日は対策していた。


「ぴかりん、今日は来るかなあ」

「ぴかりんが来たら、このみおりんの中古フィギュアを投げつけてやるんだ!」

「ぴかりん、実は女の子説を実証するぞ!」

「ぴかりんって、どんな匂いがするのかなあ」


 そんな声の中を、すり抜けていく。

 でも、誰も気付かない。

 校舎に入り、トイレの個室のドアを閉めて、僕は言った。

 

「いいよ、さんご――解除して」

 

 家を出た時点で、僕はさんごに透明化してもらっていた。

 肩に乗ったさんごは透明なまま、教室に向かう。


「おはよう。建人君」

「おう。今日は大丈夫だったか?」

「うん。対策したからね。アドバイスのお陰だよ」

「そうか……」


 建人はいつも通りのようで、でもちょっと暗かった。一昨日の美織里の配信が原因だろう。出演した配信で、美織里が言ってしまったのだ。建人の話題を振られて――『初めてオ○ニーする年齢が遅ければ遅いほど背が高くなるって言ったら、それをまだ信じて実行してるっぽいんですよね』と。


 僕だったら、こんなこと言われたら学校に来れない。学校に来てるだけ、建人は立派だ。でも、どう励ましてもダメージにしかならなさそうで、この件については何も言えない僕だった。


「ちょっと、ちょっとぴかりん」


 手招きされて、教室の外に出る。

 呼んだのは、明菜さん――建人の彼女だ。


「建人のことなんだけど、あたし、みおりんに言っちゃったんだよね。『建人とは何もしてない』って」


 そういえば、同じ配信で美織里が言ってた。

『あいつの彼女からの情報だから間違いない』と。


「でも、本当はめちゃくちゃしてるし!」

「ええ!?」

「みおりんが転校してきた直後から付き合ってて、それで建人の家って最近はお父さんもお母さんもあんまり家にいないみたいで、うちもあんまり親がうるさくないから……そういうわけで」

「そ、そうなんだ……」


 明菜さんの言葉で気になったのは『お父さんもお母さんもあんまり家にいない』というところだ。美織里は、このことを知ってるのだろうか? 叔母さんが忙しいのは分かるけど、叔父が家にいないというのは不穏だ。美織里からの情報では、叔父は仕事が出来なさすぎて、東京の会社では午前中に終わるくらいの仕事しか任せてもらえてなかったらしい――そんな人が、家にいない?


「どうしようかなあ。どうしたらいい?『うちらヤりまくってます』ってみおりんに言った方がいいかな!」

「それは、言わない方がいいと思うよ」

「そ、そうだよね!」

「クラスの人に、それとなく匂わせるくらいはいいと思うけど」

「そ、そう? そうだよね!」


 僕の適当なアドバイスに全力で頷く明菜さん。

 そんな彼女の姿に罪悪感を抱いていると――スマホが震えた。


 さんご:建人と明菜をさんごチャンネルに出演させよう

 さんご:動画で美織里の発言に抗議させるんだ

 さんご:これはバズるよ!

 さんご:いま小田切に企画書を送ったら

 さんご:『OK』と『GO GO』のスタンプが返ってきた


 さんご……仕事が早すぎるよ。


 とはいっても、小田切さんにOKをもらった以上、引き返すことは出来ない。

 さっそく明菜さんに提案して、昼休みに動画を撮影することになった。

 

 ●


「「おおう……」」


 屋上に出るなり透明化を解除したさんごに、2人は驚きの声を上げた。

 明菜さんと、明菜さんに連れられてきた建人。

 

 探索者だからということで納得してもらってごまかして、さんごの透明化も首輪ストレージリングも隠さず使う。


 首輪ストレージリングから出したカメラを設置して、撮影開始だ。



光「こんにちは。さんごパパです。コメント欄でこっちの方がいいって意見が多かったので、このチャンネルではこれまでと変わらず、さんごパパと名乗ることにします。それで今日は、いつもと背景が違うんですけど……ゲストです。どうぞ!」

建人「はじめまして、春田健人です。春田美織里の弟です」

光「それで、こちらが」

明菜「健人の彼女です」

光「というわけで、今日はみおりんの弟の建人君と、健人君の彼女さんに来てもらいました。先日――観た人も多いんじゃないかと思うんですけど、みおりんが石原章人さんの『Show'sRoom』という配信に出演して、そこでとんでないことを言ってしまったんですよね」

建人「うん。本当にとんでもない」

明菜「(笑)」

光「それでは、そのとんでもない発言を観てみましょう」


 モザイクをかけた『Show'sRoom』の画面と、それを観る3人の様子。美織里の声に合わせて字幕『初めてオ○ニーする年齢が遅ければ遅いほど背が高くなるって言ったら、それをまだ信じて実行してるっぽいんですよね』『これ、あいつの彼女からの情報だから間違いないです』


光「というわけなんですけど……これって本当なんですか?」

建人「うん……美織里にそういうこと言われて、自分でも確かめたんだよ。確かに、精通年齢と身長は関係がある。だから、実際に中1くらいまでは本当に守ってた」

明菜「守ってたんだ(笑)」

建人「そしたら、さすがにお袋がおかしいって気付いたらしくて」

光「息子の様子がおかしいと」

健人「それでお袋が激怒して。その時点で俺、189センチあったから。『それ以上伸びるわけねーだろ!』『分かんねーじゃねーか!』って大喧嘩になって、そしたらお袋が『じゃあ、あとどれくらい伸びるか病院で診てもらおう』って言い出して。それで病院に行って、骨端線っていうのを調べてもらったんだ。骨端線ていうのが閉じてると、もう成長期が終わってるってことなんだけど」

光「結果は?」

健人「『あと2年くらいは伸びますね~』って言われて。お袋がめっちゃくちゃ微妙な顔してるの」

光、明菜「(笑)」

建人「『じゃああと2年はオ○ニーしねえからな!』ってお袋に納得させて」

明菜「それ、納得って言わないから」

建人「そしたら、その2,3日くらい後かなあ……勝手に出た」

明菜「夢精!?」

建人「言うな。そういうこと言うな。おまえは」

光「というわけで、みおりんの発言は、ほとんど嘘だったということで――」

建人「おまえ、カメラの前だと喋るの上手いな」

光「はい、そういうこと言わない。というわけで、今日はみおりんの弟の建人君と彼女さんに来てもらいました。面白かった! こういう動画ももっと見たいなって思ってもらえたら、高評価、チャンネル登録してもらえると嬉しいです。動画制作の励みになります。それから、こんな動画が見たいな。建人君と彼女さんにまた出てもらいたいなってリクエストがあったら、コメント欄に書き込んで下さい。それでは次回の動画でまたお会いしましょう。さんさんさ~んご!」



 動画はその日のうちに公開され『全然釈明になってなくて草』『更なるネタ投下』『弟さんイケメン』『彼女さん可愛い』『弟君と彼女さんの再登場希望』といったコメントが寄せられた。


「よお、ぴかりん――これからいいか?」


 放課後、校門の前で大塚太郎が待っていた。

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