197.猫と行く冒険者ギルド(上)

 宿舎に着くと、既にウ=ナールからの伝言が届いていて、僕らは早々に着替えることとなった。


「これって、異世界こっちの普段着なわけ?」


「お若い貴族様が冒険者ギルドに赴かれる際は、このような装いをされるとうかがっております」


 美織里の問いに、メイド頭が答える。30歳前後に見える女性で、笑みを浮かべてはいても、隙の無い雰囲気を漂わせてる人だった。


 メイドさん達の手で着せられた服は、手伝いが必要なほど複雑な作りではなかったのだけど、ところどころの縫製やボタンにお金がかかってそうで、華美ではないけど質素でもない印象だった。


 肘や膝に被せて、楕円状の布が縫い付けられていて、これは――


「補強や防護のためではない、単なる飾りだ。『荒事にも備えてるっぽい』意匠に過ぎない」


 さんごの言う通りで、強度はまったく無さそうだった。

 

 創作に出てくる冒険者は、仕事用の服でギルドに行き、仕事を請けて、そのまま現場に出て行くという印象なのだけど、こういう服を着る人は貴族だけあって違うのだろう。


「僕らも、異世界こっち風の装備を用意した方がいいのかな。日本で着てる探索者ジャケットだと、悪目立ちしそうだし」


「悪目立ちするくらいの方が、いいと思いますよ? 変に擦り寄るのは、かえって反感を招きますからね~」


「……関西人が、下手な関西弁もどきを嫌うみたいな?」


「ああ、それ。アイドルやってた頃、関西人に喧嘩売るときやってた。あたしが『~でんがな』とか『~やねん』って言うとさー。あいつら涙目になって怒るんだよねー。超うけた」


 美織里は、もうちょっと他人と仲良くすることを考えた方がいいと思う。


「まあ……」


 着替えが終わると、声が聞こえた。メイドさん達の何人かが、異世界こっちの服の僕らを見て、目と口を丸くしている。それ以外のメイドさんは顔を伏せて、でもちょっとだけ見える頬は赤くなっていた。


 美織里達の、美しさに驚いたのだろう。


 これまで僕らは日本の服を着ていて、その異様さが、美織里達の美しさを相殺してたんだと思う。でもメイドさん達も見慣れた異世界こっちの服に着替えたことで、美しさがそのまま伝わったに違いない。


 僕は僕で、見慣れない服を着た美織里達が新鮮で、コスプレ感もあり、いつにも増して綺麗でエッチに感じていた。


 美織里:これで、してみる?


 そんな視線が美織里に気付かれたみたいで、みんなに内緒の個別メッセージが届いてきたのだけど。


 光:うん


 とりあえず、そう答えておいた。

 断るのも、逆に意識しすぎてるみたいで変だからね。


 そしてほどなく、リンベさんが迎えに来た。


「…………馬車をまわしてありますので、どうぞ」


 凪いだ表情の彼が、美織里達を見て、一瞬『ぐっ』と息を詰まらせたのに気付いたのは、僕だけではなかったに違いない。



 異世界に来るのもこれが3回目か4回目で、僕らがよく行く場所の位置関係も、そろそろ分かってきた。


 まず、ここが王都だということ。


 そして、いつも転移に使ってる建物は、王都の端の人工的に作られた(残された?)森の中にある。


 森から何もない、土が均されただけの場所を移動すると高い壁があって、そこが王宮だ。


 といっても、離れ・・のような建物で、更にお堀を挟んだ場所に、王宮の本体がある。僕らが泊まる宿舎があるのも、ここだ。


 王都の町並みが広がるのは、王宮を挟んだ反対側で、王都の大門と王宮をまっすぐ結んだ線をちょっと外れた場所に、僕らが結婚式をあげた神殿がある。


 これから向かう冒険者ギルドがあるのは、王宮と神殿とで、二等辺三角形を作るような場所だった。



 馬車に乗って三十分近く。


 リンベさんと何を話してたかは憶えてないけど、とりあえず、車内が沈黙で気まずくなることはなかった。どうでもいい会話で場を保たせる、そういうのもきっと、リンベさんの職能なのだろうと思う。


「こちらが冒険者ギルドです。ささ、どうぞ……」


 リンベさんの開けたドアをくぐると(彼は先に入って、中の様子を窺ってから僕らを促した)、正面に受付らしきカウンターが見えて、そこ以外、人の姿は見えなかった――と思ったら。


(((((……じろり)))))


 受付があるのはフロアの左半分で、右半分は酒場になっていた。そしてそこには20人を超えそうなみるからに屈強な男女がいて、僕らに視線を向けていたのだった。


 視線には値踏みするようなものもあれば、単純な興味本位、そして湿ったような敵意や苛立ちを含んだものもあった。


 美織里:あれって、あたし達のせいだよね

 パイセン:……我々が来るのを知った職員が

 彩:受付の側にいた冒険者達を、酒場側に押しやったってことなんでしょうね~


 間違いなく、そういうことだ。

 万が一の、トラブルを起こさないために。


 ところで、これはリンベさんの想定にあったことなのだろうか?


「……どうぞ、こちらに」


 彼は、微笑みを称えた表情で、僕らを受付のカウンターに向かわせた。


 少なくとも、さっき美織里達を見たときよりは、ずっと平静な様子で。


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