211.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(7)

side:彩ちゃん


 蒲郡先生は自分の車で先行し、探索部の生徒――池田さん、沼袋さん、玄田君は私の車で後を追うことになった。


 追うといっても、駐車場を出た時点で、すでに蒲郡先生の車は見えなくなっていたのだが。


 彼女の車はスカイランGT-R。50代という彼女の年齢なら、普通は選ばない車だ。


 しかし――


 蒲郡先生は言っていた。『息子の車だったんだけどね、奥さんに怒られたっていうから、私が買い取ったのよ』と。


 そんな経緯もまた、彼女のスキル『シュリンク』がもたらしたのだろう。『ああいうカッコいい車』に『乗ってみたかった』という彼女の求めに応じて。


 自分にとって都合の良い現実を引き寄せる――『シュリンク』とは、そういうスキルなのだから。


 きっと今頃は、スピードを楽しむ運転を堪能してるに違いない。


「「「「…………」」」」


 一方こちらの車内はといえば、会話もない。


 当然だ。


 後部座席の生徒達にしてみれば、私はどう接したらよいか分からない存在。授業を受け持ってるわけでもなく、接点は探索部だけ。その探索部も活動を始めたのは夏休みに入ってからで、個別の会話なんて、まだまだこれから。おまけにそこそこ有名な配信者ときたら……


 とりあえずは無難などうでも良い会話で、距離感を築いていくべきなのだろうけど。


「「「…………」」」


 生徒達――池田さんも沼袋さんも玄田君も、見るからにオタクで、そういう会話が苦手そうな雰囲気を漂わせていた。


 さて、どうしよう。

 思ってハンドルをきったら、海沿いの道に出た。


 後部座席で、顔を窓の外に向ける気配。きらきらする光に、車内の空気が変わる。今が夏休みだと思い出したような、そんな空気に。


 軽く息を吸って、私は聞いた。


「みんなは、蒲郡先生と講習を受けたんですよね? 講習に行ったら、偶然、蒲郡先生もいたって感じだったんですか?」


 ちょっと戸惑った気配の後、答えたのは池田さん。


「あ、あの……偶然じゃないです。私達、あの……8月12日に、講習を受けることになってたんですけど……」


「でしたね~」


 その日は探索部の希望する生徒を集めて『新探索者向けダンジョン講習会1』を受けさせる予定になっている。


「でも私も沼袋さんもその週は予定があって、講習を受けられなくて、それで蒲郡先生に相談したら、一緒に受講しようって言われて……それでなんです」


「なるほど~」


 予定というのが何なのか、そこから会話を広げるべきなんだろうけど、まだ踏み込むのは止めておこう。


 代わりに、こっちに振ってみた。


「玄田君も、蒲郡先生に誘われたんですか?」


 ルームミラーの中で、玄田君がびくりとなる。予想通り、彼は他人との会話に身構えすぎてしまうタイプらしかった。


 頬をびくびくさせながら、玄田君が言った。


「ぼ、ぼぼぼくは偶然で、です。も、木曜日に装備を買いに行ったら、これから申し込めば今日講習を受けられるって言われて、申し込んだら蒲郡先生がいて、いた、いて……そそ、それで。一緒に」


「「「…………」」」


 何度もつっかえて止まりそうになりながら話す玄田君に、池田さん達がはらはらしてるのが分かった。そして彼が話し終わると、ほっとする気配が。私もほっとした。


 おそらくみんなが抱いたのは、玄田君の拙い話しぶりに誰かが耐えきれなくなり、玄田君を窘めて、それで車内が険悪な空気になったらどうしようというはらはら・・・・で。


 そんな感情を共有したのが良かったのか、その後は、池田さんと沼袋さんにどんな装備を買ったのか聞いたりして、サービスエリアに着く頃には、だいぶ打ち解けていた。


 彼女達が講習に出られないのが、その週末にある同人誌即売会で頒布する本を作るためだとか、そんなことを話してもらえるくらいには――彼女達がどんな本を作ってるかについては、お互い触れずにスルーしたのだけど。


(ああ……まだ駄目ですか)


 途中のサービスエリアに入っても私のスマホは壊れたままで、ではサービスエリアの公衆電話で小田切さんに連絡を取ろうと思ったのだけど、これも故障して使えない。生徒達のスマホも借りようにも、こちらも故障中。


 フードコートで、こんな声が聞こえてきた。


「○○の奴らがなんかやらかしたのかな。今日、中継器の工事するって言ってたからな。××でもあったろ。△△でしくじると、※※系だけ駄目になっちゃうんだよ。あの時も、こんな感じだった」


 スマホや公衆電話の故障は、どうやらそんな理由かららしい。合理的に説明出来る、物理的な理由だ。しかし何故そんな理由が発生したかといえば、こちらはまったく物理的でない。


『シュリンク』――これも蒲郡先生のスキルによるものなのは、明白だった。


 彼女の望む理想的な現実は、まだ完全に実現されていないのだ。だからまだ、私達のスマホは壊れたままになっている。


 さて、蒲郡先生が望む現実それとはどんなものなのか。


「いいですいいです。私のおごりで。池田さんと沼袋さんはバナナ。玄田君はメロン。じゃあ私は、三種の南国果実ミックスいっちゃいますね~!」


 とりあえず、ここのサービスエリア名物のフレッシュジュースを飲んで英気を養い、私達はUUダンジョンへのドライブを再開したのだった。


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