175.5 猫と美少女たちは何気に仲良し(11)(後)

Side:パイセン


 異世界で、MTTの撮影を行う。


 そこで撮されるのは、異世界の町並みやそこを歩くエルフや獣人も含んだ現地の人々、あるいは私達の世界にはいないモンスターが現れる、異世界のダンジョン。ドラゴンやグリフォンが行き交う大空――ではなくて。


「『この冬発売予定の着る毛布を先取りレビューしてみた』と『激辛料理が『状態異常無効』にひっかかるか試してみた』の2本撮りね」


 異世界要素ゼロの、日常動画だった。


 異世界の様子を配信するのは現時点では無理だ。『どこで撮ったんだ?』という問いが民間レベル以外からも来てしまうだろうから。


 そこで日常動画を撮ることになったのは、明確なメリットがあるからだった。


 時間だ。


 いま私達に足りないのは、時間だ。そしてタイパの観点で最も劣悪なのが、動画撮影だった。台本があろうとなかろうと、撮影には、配信サイトで公開される以上の時間がかかってしまう。


 しかし、異世界であれば。


 異世界で過ごしてる間、私達の世界では時間が流れていない。異世界に行った次の瞬間、というか正確には同時に元の世界に戻ることが出来る。異世界で何時間過ごしたかは関係なくだ。


 だから異世界で動画を撮れば、それにかかった時間はゼロということになる。


 私達が異世界で動画撮影することにしたのは、そういうわけだった。


「うひ~、もうちょっと待ってください~」


 ノートPCに向かいながら、彩ちゃんが叫ぶ。今日のトレーニングに彩ちゃんがいなかったのは、学校の仕事があったからだ。


 探索者申請する生徒達の引率で、いまはその情報を電子書類化して保護者に送ったりする準備をしているのだそうだ。


 あと1時間もあれば終わるとのことで、その間、私とみおりんはソファーで仮眠を取ることにした。


 撮影場所は、異世界転移する施設に用意してもらった部屋で、王様である彩ちゃんのお父さんの命によるものか、それともガ=ナールさんの熱意か、その両方なのか、頼んで数日で用意されたとは思えない快適さだった。


 異世界転移ものの創作で現代から来た軍隊に蹂躙されて『ジ、ジエイタイ……我々はなんと恐ろしい相手を怒らせてしまったのだ……』なんて言いがちな人達みたいな文明レベルなのに、空調は整い、用意されたソファーもクッションが効いて――と思って見たらニトリだった。


 広さは、教室とも体育館とも違う、現代世界の高校生である私には比喩の浮かばない広さで……そうだ。小学生の時に出場した、NMC――Nihon Manzai Championshipの予選会場だった劇場が、これくらいの広さだった。ちょっと崩れた正方形で、客席の奥の方に行くにつれ高さが上がって、だからか、お客さんが――実際よりも……近くに……見えて――


「「……パイセン、パイセン」」


 呼びかける声に目を開けると、微笑する彩ちゃんとみおりんの顔があった。


 喉の渇きや頭の奥の熱っぽさからすると、仮眠どころか結構がっつり眠ってしまったらしい。


「ふふ……」


 2人の後ろからカメラを向けてるのは、世話役を務めてくれる現地の女性だ。ショートヘアーで、美人だけど、それより凜々しさの方が先に伝わってくる。男装で、上等そうな生地を盛り上げる肩の膨らみは、意図して鍛えなければそうならない、アスリートのものだった。


「じゃあ、着替えるところも使うかもしれないから、そのまま撮影続けて」


「承知した」


 みおりんに頷く彼女は、やはり凜々しい。


「みおりんでーす」

「パイセンです」

「(振り向くと、おさげを斜め上に持ち上げて)つのっ!」

「せーの。3人揃って!」


「「「MTTでーす!!」」」


「というわけで、今日の動画は『この冬発売予定の着る毛布を先取りレビューしてみた』っというわけなんですけど『どうしていまこの企画?』『どうして発売前の製品をレビューできるの?』って疑問があると思うんですけど~。何故かといういいますと~。この動画は~」


「……案件動画」


「そうですパイセン! 案件動画だからです! 彩ちゃんは、案件動画ってどうですか?」


「そうですね~。私は、そんなに嫌いじゃないっていうか~」


「ほう?」


「ソシャゲの案件動画なんかだと、小芝居から突然アプリの説明に入るところの強引さが『そう来たか~』って感じで笑っちゃいますね~」


「そうですよね~。我々も、商品の説明に繋がる小芝居から始めようと思うんですけど~。『着る毛布』に繋げられる小芝居って全く思い付かないんですけど~」


「「(笑)」」


「じゃあ、パイセンと彩ちゃんが家でくつろいでいたら、熊が現れたという設定で」


 その後、現れた熊を、私が彩ちゃんを肩車して自分より大きな動物に見せることで撃退(新製品の着る毛布は着丈がゆったりとられているので、あやちゃんの着る毛布の裾に私の上半身が完全に隠れて一体の動物に見える)とか、みおりんと間男彼氏の私がいちゃいちゃしてたら本命彼氏の彩ちゃんが帰ってきたので、みおりんの着る毛布に私がすっぽり隠れて誤魔化すとか、パワハラ上司の私に一発芸を強要されて彩ちゃんとみおりんが2人羽織したりとかいった小芝居というよりコントを何本か撮影した。


「いや~、面白いですね~」


 世話役の女性が言って笑うのに、みおりんも笑って言った。


「あなたにも、そのうち出てもらうからね――マゼルさん」

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