211.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(2)

Side:パイセン


「パイセン! これ! 次これ!」


 ベンチで、みおりんがぐるぐる腕を回している。

 あれは確か……


(盗塁? だったよね)


 盗塁のやり方はわかる。ベースから離れて、次の塁までの距離を縮める。


「!」


 ピッチャーが牽制球を投げてきたらベースに戻り、また離れてタイミングをうかがい。


 そしてピッチャーが打者にボールを投げたら走り出す――投球動作の途中で牽制に移ったら反則になるのだけど、どこから牽制がNGになるかは知識不足で分からないので、とりあえず、ピッチャーの手からボールが離れるのを待って走り出した。


 ベースとベースの間は、目測で40メートル弱。


(着いた――間に合った!?)


 私が2塁に着いたとき、横目で見ると、キャッチャーの投げたボールは、ちょうどピッチャーマウンドの上空を通り過ぎるところだった。


「セーフ!」


 審判の声は、ボールが2塁についてからだ。。


「「「「うおおおおおおっ!!」」」」

「「「「ええ…………」」」」


 上がった声の前者は味方ベンチからで、後者は相手ベンチから。


「うおーっ! すげえなパイセン!」


 大笑いしてるのは彩ちゃんパパで。


「パイセン! 次は3塁! 3塁!」


 その横では、みおりんが両手を回している――分かります。次も、盗塁ですね。


「…………」


 ピッチャーが、忌々しげに私を見ている。同じ感触が、すぐ側にいる2塁手からも。それから2塁と3塁の間でちょっと下がった、なんでそんな場所にいるか分からない確か……ショート? の人もそんな感じだった。


 なんだかそわそわして、気付くと、私はさっきより長めにベースから離れていた。


「パイセン! 牽制!」


 早くもパイセン呼びなチームメイトの声。見ると、ピッチャーが2塁にボールを投げていた。


「え? え? え?……」


 陰キャの悲しさでおろおろしてしまう私だったけど、とりあえず、2塁手にボールが渡ったのを見て3塁に走る。


(これでいいのか!?)


 と迷ってるせいでスピードが乗らず、ボールは私を追い越して3塁に。


(これ、このまま3塁に行ったらアウトになるやつや!)


 2塁を振り向く――その寸前、3塁手が2塁にボールを投げるのが見えた。


(ということは――いま、3塁手はボールを持っていない?)


 つまり、いま3塁に行けばセーフになるということだ。私は3塁に向けて走った。3塁まであと5メートルもない位置でボールとすれ違い、そのまま私は3塁に到着する。


「……え?……え?」


 3塁手が挙動不審な声を出す――振り向くと、2塁手がボールをキャッチするところだった。


(……もしかして、反則?)


 思わず『私、何かやっちゃいました?』と審判に尋ねてしまいそうになったのだけど――その前に。


「…………セーフ」


 テンション低い感じで審判が言って、私は胸を撫で下ろしたのだった。


「パイセン! これ! これ!」


 みおりんが、また両手を回す。

 うん、盗塁ですね。


(でも……出来るのかな)


 ピッチャーが投げたボールより先にホームに着くのは、流石に無理だろう。それくらいは、野球素人の私にも分かる。


 いまやったみたく、塁間で挟まれた状態から盗塁するのも無理だ。キャッチャーが3塁に投げずにボールを持ったまま近付いてきたら、私は3塁に戻るしかない。


(いや、だったら――これなら、いける?)


 灰色の脳細胞にナイフのような思考を奔らせ、私は3塁ベースを離れた。


 1メートル、2メートル、3メートル、4メートル、5メートル、6メートル、7メートル……牽制されても、さっきみたく隙をついてホームに進むか、キャッチャーがボールを持ったまま近付いたら、3塁に戻ればいい――つまり、どう転んでもアウトにはならない。


 8メートル、9メートル、10メートル……半分を過ぎた。


「…………」


 ピッチャーを見ると、なんだか切なそうな顔になっている。ホームベースまで、あと10メートル、9メートル、8メートル……何かを振り切るように顔を振って、ピッチャーがボールを投げた。振りかぶったりせず、やけに地味なポーズで――すると。


 コーン。


 バッターがボールを打ち返し、それが2塁手と3塁手の間を転がり抜けそうになるのを……ショート?の人が捕ってる間に、私はホームベースを通り過ぎたのだった。


「「「「パイセン! パイセン! パイセン! パイセン!」」」」


 拍手と喝采でベンチに迎えられ、私はみおりんに言った。


「……バッターが打つなら、あんなにベースから離れなくても良かったかも」


 そう言ったら、みおりんでなく彩ちゃんパパに爆笑されてしまった。


「ほら見ろよ。あいつ、ガタガタだぜ」


 ピッチャーは調子を崩したらしく、次とその次のバッターにフォアボール――これで満塁。


 そして更に次のバッターは、この人だ。


「じゃあ次! あたしだから。ホームラン打ってくるから」


 ベンチを出て行くみおりんに。


(……ホームランを打っても一塁打扱いにしかならなかったのでは?)


 と、つっこむ間もなかった。


「ぐおわらきーん!!」


 みおりんが叫んでバットを振ると、ボールはグラウンドの向かって左奥の、誰もいない場所へ。


 そしてみおりんは1塁で止まったのだけど、その間に、ランナーは全員ホームに帰っていた。


 その後も相手ピッチャーが調子を取り戻すことはなく、次やその次のピッチャーもぱっとしなくて、ゲームは我が方の一方的な勝利となったのだった。


 試合を終えて、みおりんが言った。


「あれ~? 彩ちゃん、不味いことになってるかも」


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