211.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(1)

Side:パイセン


 朝、異世界から日本に帰ると。


「うわ! メッセージやば! さすがに3日も電源落としてると……って違うか。あれ? どういうこと? 蒲郡先生!?」


 みおりんが声をあげた。


 彼女のスマホに通知――大量のメッセージが届いたらしい。それだけ溜まっていた? 3日間も異世界に行って、スマホの電源を落としていたから?


 でもそれは、成り立たない話だ。


 確かに私達は3日間を異世界で過ごしたわけだけど、その間、日本では時間が止まっていたのだ。


 だから、いつもここから異世界に行き来する彩ちゃん宅の居間――そこにある時計は、私達が異世界に行って帰ってくる間でまったく時間を刻んでいない。異世界に出発したときと同じ、7時30分のままだ。


 それなのに、電源を入れた途端スマホが震えだし、大量のメッセージが届くということは。


 異世界から帰り、みおりんが電源を入れてスマホが起動する数十秒あるかないかの時間で、大量のメッセージを送ってきた誰かがいるということなのだ。単独か、複数かは分からないけど。何故か単独の気がして仕方がないのだけど。


「あ~、蒲郡先生からですね~」


 と、彩ちゃん。私の予感は、当たったみたいだ。蒲郡先生というのは、みおりん達の高校の探索部の顧問で、メッセージはその探索部のグループに送られたものだったらしい。


「彩ちゃん、呼ばれちゃったね~」

「これは……断るわけにも行きませんからね~」


 どうやら探索部絡みで、彩ちゃんに呼び出しがかかったらしい。彩ちゃんは新人教師のうえ、探索者活動で公休を取ることが多いため、学校で肩身が狭いのだそうだ。


「学校の校門前ってことなので、お説教ではないと思うんですけどね~」


「『鰤カフェ』でモーニングを食べながらお説教かもよ~?」


「いや~、怖い怖い怖い」


『鰤カフェ』というのはみおりん達の高校の近くにあるカフェで、以前は鰤がおいしい定食屋さんだったのだとか。


「じゃあ行ってきますけど、困りましたね~。今日は野球の予定だったんですよ~」


 彩ちゃんのお父さんは地元の草野球チームに所属しており、今日の試合には彩ちゃんが助っ人として出場する予定だったのだそうだけと……


 そこで手を上げるのが、みおりんだ。


「じゃあさ、代わりにあたしが出る? 一緒にパイセンもどう? お父さん、それでいい?」


 こう言われては、私も断るわけにいかないし、彩ちゃんのお父さんも「お、いいねえ!」と大喜びする、そういう人だ。


 というわけで、私とみおりんは、彩ちゃんのお父さんの車で市営グラウンドに出発した。


 ちなみに日本に帰ってここまでで、10分もかかっていない。


 即断即決にもほどがあるだろう……



「あー、そう。知ってるよ。この子達も探索者なんでしょ? 先週はお宅の娘さん1人にボコボコにされてさあ、今日は今日で2人? 探索者だったらさあ、やっぱりこの子達も……凄いんでしょ? だったらちょっと……こっちの言うことも聞いて欲しいんだけどさあ……」


 私とみおりんを紹介されて、相手チームの人は露骨に嫌そうな顔になった。


 そして提案されたのが、こんなルールだ。


「すげーなー、おい。みおりんとパイセンが打ってセーフになったら、全部シングルヒット扱い。2塁打でも3塁打でもホームランでも、シングルにしかならない。で、アウトはそのままアウトになるって、すげーな。女の子相手にそこまでするかよ」


 と言って彩ちゃんパパは笑ったのだけど、彩ちゃんパパ以外の人も笑って、でもみんな引き笑いだった。でも誰も文句を言わないのは、それだけ前回の彩ちゃんの活躍が凄かったということなのだろう。


 まあ、どれだけ恐れられても、私に野球の経験はない。知識もない。野球について知ってることといったら、昔の野球選手がいかに常識外れだったか――例えば家の近所の電気屋に頼んで相手チームのベンチに盗聴器を仕掛けたりとかいった類いのエピソードくらいなものだ。


 しかしだ。


「がんばれ! パイセン! ホームラン!」


 みおりんからの声援を聞きながらバットを振ると――がすん。野球知識ゼロの私でも分かるくらいの辺り損ねで、ボールがピッチャーの前へと転がっていく。


(……これは、内野ゴロという奴ですね)


 思いながら、一応、一塁ベースに走った。

 すると――


「おい! どうした! ボール!」


 グローブを構えたまま、1塁手が叫んでいる。相手は、ピッチャーだ。ピッチャーの前に転がったボールが、いまだ一塁手に届いていないのだった。


 それだけ私の足が速かったということだろうか。


「うぉっ! 速っ!」


 私を見た一塁手が驚いてるところを見ると、それもあったのだろう。でもピッチャーを見れば、理由のあくまで一端に過ぎないと分かった。


「うぉ、待て、ちょっとこれ、投げらんない、こんなの……」


 しゃがんでボールを拾った姿勢のまま、ピッチャーが固まっている。


「ばらばらっていうか……粉々じゃねえかよ」


 ピッチャーの手の中にあるボールは、割けて砕かれ、親指大の破片となったゴムの集まりだった。


 私がバットで叩いたその威力が、ボールを粉々に砕き、破壊したのだ。


「ボールより……野球を破壊された気分だぜ」


 そんな一塁手の呟きを聞きながらベンチを見ると、にやにやする彩ちゃんパパの横で、みおりんが両手をぶんぶん振っていた。


 あれは確か……盗塁のサイン?


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