139.猫と久々の探索です(18)王子の決意


「リュ=セム、そしてゲラム=スピよ。私は母国『バントラトラ』に帰るぞ」


 王子は言った。


「私を母国に連れ帰り、叔父上に代わる王とする動き、私も受け入れるにやぶさかではなかった。しかしだ。この星に来て、さんご達の住処にたどり着き、そこで『擁立派』の者と出くわし……思ったのだよ。この星に流された、その意味をな」


 王子がイデアマテリアの事務所の窓を割って飛び込んで来た時のことか――『擁立派』の者というのは、あの時僕が戦った情報生命体のことだろう。


「この星に流されなければ、私が王となっていたことだろう。しかし私はこの星に流され、いままた母国に帰り王となるとする。王となるということではどちらも同じだ。だが……分かるだろう? 実際は同じであるはずなどないのだ」


 あれ? これって――ふと浮かんだ疑問に「喪失論……」美織里の呟きが答えてくれた。


 喪失論――現代社会の授業で、雑談として先生が話した内容に、その言葉が出てきたのだった。



「最近、外国人を排斥する、そういう意見がインターネットを中心に増えていますけれど、これって喪失論がベースになっているんですよね。


 かつて我々に与えられていた、もしくは与えられていたはずの何かが失われてしまった。だから再び手に入れなければならない――そういう考え方が、失われた=奪われた。奪った者=外国人という短絡的な思考と結びついて、外国人の排斥と繋がっているわけです。


 でもね、これっておかしな話なんですよ。失われたものというのが何かというと、ウンコです。人間の社会を一度通過した、排泄物に過ぎないわけです。ではウンコの元となった食べ物とウンコが同じものかといえば、そんなわけはない。


 だから、失われた何かを取り戻そうという、そういった発想自体に問題があるわけです」




 王子が言ってるのは、一度ウンコになった自分が王になるのは、ウンコを皿に乗せて食べるのと同じだという……ことでいいのかなあ?


「だから、私は考えたのだ。私が王になる理由を、この星に流されたという事実に見つけるべきだと。この星に流されたという、そのことの意味が、私が王として母国を導く、理由になるのだと」


 壁に目をやり、王子は続ける。


「だが――とは言っても。なかなかそんなものは見付からなくてな。リュ=セムに殺められたということにして、この星で暮らすことも考えたのだが……ここで、これを見た。ここにあるのは情報生命体われらがまだ持たぬ情報だ。持ち帰ることは叶わんが、しかし――だがな。我らと同じ情報生命体が再び肉の身体を持ち、世界を渡った。そんな先達がいたという事実。それだけで、私には十分だ。未来にありうる形のひとつを、手に入れただけでな。それに、この星で与えられたこの身体――そこから見た景色の記憶も、糧となってくれるだろう。ではゲラム=スピよ。帰還への段取りは、任せ――んんんんん?」


 いまはどらみんに抱えられてる銀の塊――ゲラム=スピが、激しく明滅していた。


「な、なんと……帰還のために持ち込んだ設備が全て破壊され――ああ、ああ……そういうことか」


 嘆息する王子の視線は、美織里に向けられていた。僕らはまだ知らなかった。地球に来たゲラム=スピの部下を、OFダンジョンのゲート前で、美織里が全滅させてたことなんて。でも、なんとなくどころでなく理解はしていた――美織里が、やらかしたのだということを。


「あれ~? あたし、何かやっちゃいましたぁ?」


 可愛くとぼける美織里に、誰も、何も言うことは出来なかった。


 ●


 というわけで3日後、さんごの工房で作られた装置で、王子達は帰還――地球を脱出することになった。


「「「「「みゃみゃ~。みゃあ……みゃあ」」」」」


 工房のさんご隊が泣きながら頑張ってくれたおかげなのだけど、わけあって、僕にはごはんを差し入れすることすらできなかった。


 装置が設置されたのは、僕の小屋からほど近い山の中だ。


「では始めよう。装置の周りに書いた円が転移結界の適用範囲だ。王子達は、その中に入ってくれ」


 あの日、探索に参加したメンバー(天津さんを除く)が見守る中、装置が起動する。


 装置の筐体はしゃぶしゃぶ用の鍋を改造したもので、木々の生えた地面に直置きされている。その周囲に書かれた円も同様で、半径50メートルの円内もまた、木々が生えたままになっていた。


「ではさんご、ぴかりん、美織里、パイセン、彩、二瓶、猪川、鹿田、蝶野、マリア、尾治郎、おてもやん、それからどらみん。世話になった――また会おう」

「お世話になりましたですぅ~~~っ!」

「(ぴかぴか)」


 王子とリュ=セムとゲラム=スピ、それから生き残った情報生命体が、光に包まれ、その輪郭をおぼろげにしていく。


 そして――


「どらみん! また共に空を駆けようぞ!」


 王子の声を残して、彼らは地球を去った。


「うっひゃ~。丸坊主じゃん」


 装置の周囲――半径50メートルの円内にあった、木々を連れて。


 こうして、僕らの『クラスD昇格者向け講習』は終わったのだった。


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お読みいただきありがとうございます。


これで第7章完結です。

次回、閑話を挟んで第8章を開始します。


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