220.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(17)-4

Side:美織里


「まあいいじゃない春田さん。帰ってもらうのは、ラーメンを食べてからでも」

「「!!」」


 空気を読まないとか、そういう次元を超えた蒲郡先生の発言に『くろさき』もあたしも絶句する。


 声は、あたしたちのやりとりを聞いてた野次馬からだった。


「やべえ……あのオバさん、マジキチだ」


 同意するしかない。


 野次馬達が、帰るタイミングを探る雰囲気になってるのが分かる。本当にヤバいものは、誰も楽しめない。バカっぽい女はちやほやされても、本当にバカな女は避けられるのと同じだ。


『くろさき』の肩を叩き、別のラーメンデブが言った。


「クロさん、ちょっともう……いいですよね?」

「……ああ、頼む」


 デブとデブが頷き合い、肩を叩いた方のデブが、野次馬の方を向くと言った。


「え~と、いま聞いてて分かったと思うけど、ダンジョンブレイクで、いまここ、ヤバいらしいから! 集まってきてくれたのは嬉しいけど、本当に済まないんだけど、今日のところは解散して欲しい! この人達にラーメン食ってもらったら、俺達も帰るから! みんな、こんな夜遅くに集まってくれてありがとう! せっかく来てくれた埋め合わせは、後日、絶対にするから!」


 これに野次馬達が何故か拍手し、駐車場から退散し始めた。


「じゃあうちのラーメン、食べてもらうから」


 キャンプ用のテーブルに並べられたコンロで『くろさき』と配下のデブ達がラーメンを作り始める。


 お湯を沸かしたりして時間がかかるかと思ったらそうでもなく、ラーメンが出てくるまで10分もかからなかった。


 さんご:終わったよ

 さんご:あとは、好きにやってくれ


 さんごが、ダンジョンコアの改造しごとを終えるのと同時だった。


 彩:もう、遠慮無しに~!

 パイセン:……殺っちゃいましょう


 そして彩ちゃん&パイセンが、特殊モンスターの掃討を始める。


 頑張るみんなの様子を脳内メッセージで見守りつつ、あたしも助言や合いの手を差し挟んでいるのだが……済まない。


 いまあたしの前には、湯気を立てるラーメンがある。


 丼は最近よく見る背が高いタイプで、そこに滋味深そうな金色に澄んだスープと、おそらく全粒粉の極太麺。具は半熟卵にチャーシュー、メンマにほうれん草とオーソドックスだが、どれもごろっとした塊感のある切り方であり、盛り付けられ方だ。


 レンゲでスープをすくうと、腕組みでこちらを見る『くろさき』から、っと強張った空気が感じられた。こちらがラーメンを試しているように、『くろさき』もあたし達を試しているのだ。


 レンゲに『小さなラーメン』など作らずスープをすすり、麺をすすり、具を口に運ぶ。うまい。スープをすする。うまい。麺をすする。うまい。具を口に運ぶ。うまい。うまい。うまい。うまい――最後に丼に口をつけ、残ったスープを飲み干すと。


「……ふぅ」


 数分もかからず、あたしはラーメンを食べ終えていた――そして、困った。


 どうだ?――と『くろさき』から、問う気配。

 それに、あたしは素直に答えた。


「感想は……ないわね。うまいうまいって食べてるうちに、なくなっちゃった」

「……そうか」


 それだけ言って、『くろさき』があたしに背を向ける。


『くろさき』のラーメンは、絶品だった。確かにこれに文句を付けられたら、頭にもくるだろう。頭の片隅に、ちょっと引っかかるものはあるのだが、ラーメンに関しては文句の付けようがない。さて、ここからどんなロジックで言い負かそう? いや……あれ? いまあたし、何かを見逃してるっていうか、凄い考え違えしてない?


「ん”ん”っ!?」


 思わず唸ると、隣で声がした。

 右側に座る『チー牛』からだった。


「『ラ王』じゃない……」


 え、なにそれ? どういうこと?

 すると、左側の蒲郡先生からも。


「そうね。それに……お澄ましでもない」


 え、ええ?

 何を言ってるか、全く分からないんですが!?


「……当然だ」


 しかし『チー牛』と蒲郡先生の意味不明な発言は、『くろさき』にはしっかり意図が伝わっていたようなのだ。


 蒲郡先生が言った。


「いつからかしら……こういう澄んだスープのラーメンを食べると、美味しいことは美味しいんだけど、でも思うようになっちゃったのよね――これと同じ値段の『ラ王』があったら、やっぱり同じくらい美味しいんじゃないかって」


「…………」


「それとこうも思うようになったのよ。無化調の良く出来たスープに……良く出来てれば良く出来てるほど『これってお澄ましなんじゃないの?』って」


 それに『くろさき』が、大物感たっぷりに頷く。


「……そうだ。そしてそこから逃れるように、ある者は具材の雑味すら取り込んだスープの濃厚化に走り、またある者は具や麺に探求の場を移した――だが俺は、そうじゃない」


「そうね。このラーメン、魚介と――野菜のダブルスープ。野菜ポタージュベジポタを濾して、魚介系スープに合わせた?」


「ベジポタまではいかねえけどな」


「野菜の苦み、青臭さをポジティブな旨味になるよう組み立てて、そこから甘みだけを引き算した――見事なものね」


「…………」


「そうした工夫と技巧を凝らしたスープは、清涼にして濃厚……いえ、ボディが強い。だからこそ――そこまでやったからこそ、このラーメンの本質が明確になっている」


「へっ、分かるか――」


「分かるわよお。退き過ぎず出過ぎないスープにごろりと食べ応えのある具材、そしてその向こうから立ち上がるのは――『麺』。これが『麺を食べさせるラーメン』だってことはね」


 なに言ってんだ? こいつら。


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