叔父に家を追い出された僕が異世界から来た猫と出会い、ダンジョン配信でバズ狙いすることになった件。ちなみに元アイドルで美少女探索者の従姉妹は僕にべた惚れです
68.猫はいないが厄介は尽きず(6)生きていた山口先生
68.猫はいないが厄介は尽きず(6)生きていた山口先生
ここまでは、彩ちゃんと僕で2勝。
残るは、神田林さんの試合のみだ。
白扇高校は、再び盛り上がっていた。
「副部長! 最後にいい感じでしめてください!」
「白扇高校探索部の実力、見せつけてやりましょう!」
「全国ベスト4はダテじゃない!」
鬼丸木が神田林さんの試合を最後にしたのは、彼女相手なら確実に勝てると踏んだからに違いない。前の2試合がどんな結果であっても、最後のこの試合で勝てば印象を覆せるだろうという、そういう保険をかけるためだ。白扇高校の生徒の盛り上がりも、それが分かっているからなのだろう。
鬼丸木の合図で、試合が始まる。
「第3試合! 遊撃対遊撃、赤『四谷』、白『神田林』――始め!」
相手の四谷さんは副部長で、全国ベスト4になったチームのレギュラーだ。
お嬢様然とした容姿で、ボリュームのある髪型は縦ロールを幻視させる。
四谷さんが言った。
「神田林さん……入部してくれるの、待ってたのになあ。六ツ木さんも、あなたがいたら続いてたと思うんだけど」
「そうですか」
素っ気なく答えながら、神田林さんは手足をゆるゆると蠢かしている。
その動きは、ひと言でいうならエセ太極拳。
それを見た白扇高校の生徒たちから、失笑が漏れた。
「マルちゃん、なんだあれ」
「有名人とつるんで勘違いしちゃったんじゃない?」
「一目で分かる格の違い」
「マルちゃんって体験入部に来てたんでしょ? その時も、あんな痛い感じだったの?」
「え~、どうだろ」
四谷さんも、神田林さんも動かない。
すぐに焦れたのか、心なしか頬を引きつらせ、四谷さんが言った。
「もう始まってるわよ。神田林さん」
「ええ。始まってますね」
「分かってるなら――」
「握手するとき」
「え?」
「握手するときって、目上から手を差し出すのがマナーですよね。逆に試合の場合は、格下から動くのがマナーだと思うんですけど……試合、もう、始まってますよ?」
「…………っ!」
四谷さんの武装は、両手に持った短剣だ。左手に持ってる方がわずかに長い。右手の剣で距離を測りながら、左手の剣で下からすくい上げるように斬りかかり、避けたところを右手で突いて、そこにまた左手で斬りかかる。
「せいっ! せいっ! やっ!」
一連の動きが終わったら足をスイッチ。こんどは左右を逆にして同じ動きを繰り返す。左右で長さの違う剣が間合いの感覚を狂わせ、繰り返すうちどこかで攻撃が当たるだろうという戦法か。
「やっ! やっ! せいっ! やっ!」
四谷さんの動きは速い。でも、神田林さんはもっと速かった。繰り出される斬撃のことごとくを避け、ナイフで逸らせる。しかし……ふと、疑問が浮かんだ。もし神田林さんが避けなかったとしても、四谷さんの攻撃は当たらないんじゃないか? ぎりぎりで神田林さんを掠めて、でも決して当たりはしない軌跡が、四谷さんの攻撃から見えた気がした。
そして――
「当たらなくていいんです。それらしく見えれば」
僕の隣で、彩ちゃんが言った通り。
「赤! 2ポイント! 赤! 2ポイント! 赤! 2ポイント!」
まるで当たってない四谷さんの攻撃が、ポイントに加算されていく。
「あくまで見做しなんです。当たってる風に見えればそれで良し。相手のどれくらい近くを斬ったら当たりになるかは審判次第。そして競技で強い選手は、素早くそれにアジャストしていきます。ましてや身内が審判となったら……いま、パイセンがナイフで受け止めた攻撃が当たりになったでしょ? あれは、真剣だったらナイフを押し切って当ててただろうっていう見做しなんですよ。まあ、あんな軽い動きで実剣を扱えるとは思えませんけど……ポイントを取られたくなければ、相手の間合いの外に出るしかない。でもそれをやったら、消却的態度で指導を取られてしまう。でも――そもそも相手に剣を振らせなければ、そんなの考える必要も無いんですけどね」
彩ちゃんのその言葉が、まるで予言だったかのように。
「…………え? 何? 何よこれ!」
剣を構えた姿勢のまま、突然、四谷さんが動きを止めた。
彩ちゃんが言った。
「やっと出ましたね――『エアステップ・自在』!」
僕も、同じ思いだった。
GGダンジョンで神田林さんが手に入れた『エアステップ・自在』。今日、ここに来るまでにあった戦闘でも、神田林さんは、それを使ってモンスターを倒していた。相手の攻撃を防ぐどころか、相手が攻撃を出すことすら妨げるスキル――でもこの試合ではそれを使わず防戦一方になっていたので、気が気じゃなかったのだ。
神田林さんのスキル『エアステップ・自在』とは――
「く……動けた、えっ!? ああっ!!」
さんざんもがいて、やっと動きの自由を取り戻せた四谷さんだったが、今度は何かに足をひっかけて転んでしまう。誰が気付いただろう? その一瞬前、いま四谷さんが足をひっかけた場所を、神田林さんのつま先が通り過ぎていたことに。
「なんなの……ええ”っ!? 痛っ!……痛い…………」
今度は立ち上がる途中で、まるで見えない壁にぶつかったかのように、頭を押さえて蹲る四谷さん。
そして、今度は気付いたみたいだった。
「見えない……壁……手…………まさか!?」
いま彼女が頭をぶつけた場所を、その一瞬前、神田林さんの手のひらが通り過ぎていたことに。
「見えない壁を……作った!?」
正確には、『壁』ではなくて『足場』だ。
足下に、魔力で透明な足場を作るのが『エアステップ』。そして、体のあらゆる場所をつかって、あらゆる場所に、あらゆる角度で足場を作ることが出来るのが『エアステップ・自在』だ。加えて魔力を消費することにより、足場はいつまでも維持することが出来る。
四谷さんの動きを止めたのも、足を引っかけたのも、頭をぶつけさせて止めたのも、『エアステップ・自在』で作った足場。そして足場は、透明な障害物としても機能する。強度は消費する魔力にもよるけど、神田林さんが言うには、何も知らない相手の動きを邪魔するくらいなら、ほんの少しの魔力で十分らしい。
でも本来は、ピンポイントで一瞬だけ使うスキルだ。
複数の足場を数分間維持――それによって、神田林さんから感じられる魔力は激減していた。
だからだろう。
勝負を決めに行った――もう一つの新スキル『浸透殺』によって。
「な、何よ……!?」
しゃがんだままの四谷さんに、神田林さんが手を伸ばす。
攻撃をする動きの、スピードや力感ではない。
ゆっくりと――そっと。
神田林さんが触れたのは、四谷さんの右手だった。
剣を握ったままの右手に、神田林さんの手が触れると。
「え……!? それ……私の!!」
四谷さんの剣が、神田林さんの手に移っていた。
こちらは地面に落ちてたもう一方の剣を拾うと、それを神田林さんは。
「ざく……ざくっ。ざく……ざくっ」
ゆっくり、何度も四谷さんの首に突き刺す――真似をしたのだった。
いま四谷さんから剣を奪うのに使われたのが『浸透殺』だ。
箱や袋から品物を抜き取るスキル『抜き取り』を強化したもので、相手が持ってたり、あるいは
「見做し
「…………
弓ヶ浜さんの叫びに渋々と鬼丸木が追従し、試合は神田林さんの勝利に終わった。
「四谷先輩……もし探索部に入ってたら、私、みんなと仲良く出来てたかもしれない……そう思ってたけど、やっぱり無理ですね。先輩の戦い方を、間近で見せてもらって分かりました。こんな戦い方は、私には無理です。こんな戦い方を強いられて、あなたたちと仲良くすることは、私には出来ない……少なくとも、いまの私には」
それから後は、特に何も無かった。
テントを片付けて撤収し、ダンジョンの入り口まで戻って、そこからワゴン車で探索者協会に。会議室で弓ヶ浜さんの話を聞いて、講習は終わった。
僕らはこれで解散だけど、弓ヶ浜さんはこれから色々あるそうで、その色々がどういうことかは、無言で項垂れてる馬淵さんを見れば想像が付いた。小声で、彩ちゃんが言った。
「最後まで、あれだったね……でも、楽しかったね」
まったく、その通りだった。馬淵さんも鬼丸木も白扇高校の生徒たちも、最初の悪い印象を全く変えずに終わった。本当に『最後まで、あれ』なままだった。でも――
「うん……楽しかった」
微かな笑みを浮かべて、神田林さんが頷く。
僕も頷いた。
と――その時だ。
弓ヶ浜さんが来て言った。
「ねえねえ。山口先生って元気? 最近、忙しいみたいなんですけど――」
「「「え?」」」
「あ、まだ言ってなかったですよね? 私、実は山口先生とお付き合いしていてぇ。講習中は、やっぱり仕事中だからこういう話をするのはどうかなぁって、言うのを我慢してたんですけどぉ」
「「「え?」」」
「昨日もDINEでお話ししてたんですけど~。山口先生、すっごく忙しいみたいでぇ~」
「「「え?」」」
僕らが顔を見合わせた、その時だった。
会議室の壁に波紋が浮かび、そこから人の姿が現れた。
透明な、水のカーテン越しに見るような映像だ。
そこには何人もの人がいて、ほぼ全員が女性。見たままを言うなら、犬耳を付けた獣人、エルフ、引き締まった肉体の戦士、王冠を着けたお姫様――そしてその中心にいるのは。
「きらり――きらり、やっと会えたね」
ファンタジー風の鎧を着けた、山口先生だった。
水のカーテンの向こうから、山口先生は言った。
「ごめんよ、きらり。僕は嘘を言っていた。君と結ばれたあの日、僕は死んで、異世界に転移したんだ。あれから、異世界ではもう1年経ったけど、君から送られてくるDINEのメッセージにどれだけ励まされたか分からない。愛してるよ、きらり。もう少しで、君を迎えに行けるから。そしたら――」
そうして最後まで言わず、山口先生の姿は消えた。
弓ヶ浜さんが、叫んだ。
「どういうこと!?」
僕らに聞かれても困ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます