157.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(9)(前)

Side:パイセン


 光くんとみおりんが補習に出発した後、私と彩ちゃんとさんご君は、市内の格闘技ジムに向かった。


 光くんが通っているというジムだ。


 駅前から歩いて15分ほどの道中、私達は言葉少なだった。


 光くんと付き合うことになった直後であるところの彩ちゃんはドキドキとワクワクとウキウキと不安と切なさが同居したような恋する乙女そのものの雰囲気を巻き散らかしていて、そんな状態の人と無難な会話で時間をやりすごすスキルを、陰キャであるところの私が持ち合わせているはずもなかった。


「おー、彩ちゃんとパイセンね。ジムのオーナーの高橋で~す。どうぞどうぞ。スポーツ保険は入ってる? ない。じゃあ手続きお願いします。綺麗な字だね~。じゃ、あっちが更衣室だから。猫ちゃんはこっちのカウンターで見学しててね~」


 ジムのオーナーの坂口さんは、元プロ格闘家の37歳と聞いている。気さくで年齢より若い雰囲気だけど、どこか怖いものが感じられる部分もあった。


 これから私達は、坂口さんの指導で格闘技のトレーニングを受ける。手配してくれたのはみおりんで、トレーニングの費用はイデアマテリア持ちだ。


 カウンターに乗せられた、さんご君が言った。


 さんご:それではスキルをカットする。関節と細かい筋肉が痛みやすくなってるから、下着ギアによる保護は念入りに行ってくれ


 トレーニングは『身体強化』や『状態異常無効化』『頑健』といったスキルをカットした素の状態で行う。


 その方が効率よくトレーニング出来るのだそうで、本来ならあらかじめ魔力を使い切ってスキルの働かない状態にする工程を経て行うのだけど、私達には超絶テクノロジーを持つさんご君がいるということで、最初からあっさりスキルを無効化してトレーニングに入ることができる。


「……ていうかスキルをカットって、戦闘中に敵にやられたら最悪ですよね」

「ヤバいですね~。まあ、さんご君みたいな敵はいないでしょうけど」


 そんな会話をしながら、私と彩ちゃんはラッシュガードにサーフパンツに着替える。ラッシュガードの下にはスポーツブラを着けていて、これはみおりんが選んでくれたものだ。


 みおりん曰く――


「最初に入ったダンジョン&ランナーズじむしょで、滅茶苦茶うるさく指導されたのよ。『クーパー靱帯を敬え』ってね。その辺、アメリカだとめっちゃ研究されてて、いくつも有名な論文があって、ぶっちゃけ後から『状態異常無効化』を効かせれば胸なんて垂れないんだけど、ついつい気になっちゃうんだよね~」


 というわけで、東京でエステに行った時、ブラジャーのつけ方についても指導を受けた。『肉を集めればいいんだろ』くらいの認識だった私は超美人な施術師によると『中学生並の意識ね』と冷たい笑顔で言われ、実際、指導を受けた後から胸が大きくなってきてる気がする。


 格闘技のトレーニングは、私の性格にあっていたのか、とても面白かった。


「いいねいいね。形になってる。本当に初心者? お~、ナイスパーンチ。じゃあ殴る瞬間、前足の力を抜いて、お~。出来てる出来てる。じゃあ次はワンツーの後、ガードしてストレート。一瞬だけかかとをついてその反動で――うん! 出来てる! その感じでもう一度、ジャブジャブ、ワンツー、ガード、ストレート! もう1回! ジャブジャブ、ワンツ――」


 単純に、褒められて気分が良かったのもあるかもしれない。


 私に合わせて、彩ちゃんも初心者レベルのトレーニングを受けてたのだけど――


「坂口さん、ちょっといいっすか?」


 彩ちゃんを指導していた笹沼さん(現役格闘家の20代後半と見られる女性)が、坂口さんを隅に引っ張っていって何やら話し始めた。


「(ひそひそ)絶対、どこかでやってますよ」

「(ひそひそ)でも聞いたことねえぞ」

「(ひそひそ)横で聞いてたでしょ? あんな音、素人には出せませんよ」

「(ひそひそ)探索者のスキルってやつだろ?」

「(ひそひそ)いやあれ、技術ですって」


 そして戻ってくると。


「あの、彩ちゃんって、何かやってたの?」

「大学まで、柔道をやってましてけど?」


 どうやら坂口さんも笹沼さんも、私達のことはよく知らないみたいだった。そこそこ有名になったつもりだったけど、あれは界隈限定だったということか……


「いまは、スキルって使ってるの?」

「いえ。トレーニング中は無効にしてます」

「あ、そう。そうなんだ。ふ~ん」


 と、微妙な感じで会話が行き詰まったところで、笹沼さんが言った。


「私と、スパーリングしませんか?」


 言ってから「得意な技なんかを知ってた方が指導もしやすいし」と付け加えたけどそちらは早口で、興味と不安を解消するためなのは明らかだった。


「いいですね。お願いします」


 もちろん、彩ちゃんは、こういうのを断る人ではない。


 スパーリングは、1分も経たずに終わった。


「っしまっす!」

「お願いします」


 オープンフィンガーグローブに着け替えた手をタッチさせ、いったん離れ、彩ちゃんがジャブ。ガードする笹沼さんのグローブに2発3発と拳を当てる。


「っ!」


 見た目より威力があるのか、堪える笹沼さんの前足が浮いた――そこへ。


「ふん!」


 彩ちゃんが突っ込むと、首投げの体勢に入る。


「ぬわっ!」


 それをすり抜けて笹沼さんがバックをとろうとするのだけど――


「ぐはぁっ!」


 笹沼さんがのしかかった途端、彩ちゃんの背中が膨らんで、笹沼さんが吹き飛ばされた。


「ふぬぅっ!」


 マットに転がる笹沼さんに、今度は彩ちゃんがのしかかり、私には理解できない寝技の攻防の後、笹沼さんが立ち上がると――


「茶帯の、バックを取るかよ」


 私の横で、坂口さんが呟く。後で調べて知ったのだけど、笹沼さんはブラジリアン柔術の世界大会で優勝したことがあるらしい。


 その笹沼さんのバックを取り、彩ちゃんはチョークスリーパーで首を締めていた。


「ん……ぐ……」


 それを解こうとする笹沼さんだけど、胴に回された彩ちゃんの足は笹沼さんの片腕も巻いて動きを封じている。抗うにも、残った片手だけでは限界がある。


 それから十秒も、かからなかった。


「やべっ」


 呟いて彩ちゃんが飛び降りるのと同時に、笹沼さんがぐらりと前に倒れた。失神したのだ。でも膝がマットに落ちる前に彩ちゃんが抱き留めて、怪我するのを防ぐ。


 活を入れられ、意識を取り戻した後、笹沼さんが言った。


「海外で……試合してやって欲しいですね。自分、AWCのチャンピオンともやったことありますけど、ここまで強くはなかったですよ」


 これも後で調べて知ったのだけど、笹沼さんはAmagingWorriorCahnpionshipという世界最高の団体の日本大会で、そこのチャンピオンと試合をしたことがあった。結果は判定負けだったけど、そのチャンピオンにKOされなかったのは笹沼さんが初めてだったらしい。


「いやあ……でも、スキル持ちですからね」


 はにかんで笑う彩ちゃんは、スキルが生えたのが理由で柔道を引退せざるを得なかった――そういう過去を持ってる人だった。


 もし彼女にスキルが生えなかったら……想像しても、叶わないことではあるのだけど。


 それからインターバルトレーニングをして、今日のトレーニングは終わった。


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ネトゲで俺をボコった最強美女ドラゴンに異世界でリベンジします!でもあいつ異世界でも最強みたいじゃないですか!ていうかバトルより先にイチャラブが始まりそうなんですが、一方そのころ元の世界は滅びていたようです


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