157.猫と離れて月曜日2(後)

 一ノ瀬さん達と会ったのは、中層に入ってすぐの場所でだった。


 最初は、声がした。


「よし、最後は牙と舌だ……狼系も大型になると胃に未消化の魔石が残ってたりするけど、こいつはそこまでじゃない――で、素材を取り終えたら?」


「土に埋めるのだろう? 他のモンスターが寄ってこないように」


「解体する前に穴を掘ったのは、そのためなのですものね」


「穴に死体を入れてから解体したのは、ぱぱっと簡単に埋められるようにするためなのにゃ~」


 目をこらすと、道の先の広くなった場所で、一ノ瀬さんと例の異世界から来た3人組――姫騎士のプリムラ、エルフのイオン、獣人のアコ――が、穴に収めたモンスターの死体に土をかけていた。


「土に埋めるのは、血の臭いで他のモンスターが寄ってくるのを防ぐためだな」


「といっても、モンスターが寄ってくるまでには数日単位の時間がかかりますから。放置しても私達が襲われることはないのでしょうけど」


「後から来る他の探索者に迷惑をかけたらいけないにゃ!」


「その通り――特に『後から来る探索者に迷惑をかけない』ってところがポイントだな。洞窟型ダンジョンではフィールド型ダンジョンよりルート選びが重要シビアになる。単純に逃げ場が少ないって意味でもな。だから数日単位であれ、モンスターの分布に影響を及ぼすような痕跡は残すべきじゃない。それと単純に、残した肉が腐って悪臭や衛生状態の悪化を招くのも避けたい――というわけで最初に言った通り、モンスターの死体を埋めるのは努力義務ではあるけど、みんなが充実した探索が出来るようにするため、可能な限り行うべきだと俺は考えているんだ」


 よくいえば理路整然とした、悪くいえばセリフめいた言葉のやりとりは、きっと自分たちのチャンネルで公開する動画を撮影しているのだろう。


「見たら分かる通り、穴はそんなに深くする必要はない。どうやら土に埋めた段階でダンジョンの一部とみなされ死体と認識されなくなるという説があって……(!?)」


 一ノ瀬さんも、僕に気付いたらしい。


「(ぺこり)」

「(お、おう……)」


 目と目で会話した結果……


「(入りますか?)」

「(うん。入って)」


 ということになった。


(……よし!)


 僕は、一瞬で切り替える。光からぴかりんに。撮影乱入モードのキャラになって、叫んだ。


「うぇええええ! ぴかりんでぇええぇっす!!」


 と、カメラの画角に飛び込んだ僕に。


「「「ひぃいっ!」」」


 3人組が、びくりと固まって背筋を仰け反らした。


「えぇ…………?」


 一ノ瀬さんも、ひいていた。


(しまった……これ・・じゃなかったか)


 過ちに気付いた僕は、いったんカメラに写らない場所まで下がって。


「すいません……やり直します」


 もう一度、やり直すことにした。

 今度は自然に、偶然出くわした風の感じで……


「こんにちは~」

「おお、ぴかりんじゃない。どうしたの?」


 今度は上手くいった。


「8月に美織里と探索に行くことになってて、そのトレーニングであっさりめに探索してたんですよ」


「ほ~。あっさり目にね。っていうか、あっさりめって言う割には、いま来たのって、深層の入り口方面の道だよね?」


「いやいやいやいや、あくまであっさりで。ところで一ノ瀬さんこそ、今日は何を?」


「俺達もトレーニング。彼女たち、次は新探索者向け講習の2を目指してるんだ。それで実績作りも兼ねて基礎のおさらいをしてたんだよ…………カット! ちょっと休憩しよう」


 撮影はいったん終え、すぐに移動できるように準備だけして、僕達は立ったままエナジードリンクを飲んで休憩した。


 雑談したところによると、イデアマテリアで開設する一ノ瀬さんのチャンネルは、こういうストーリーで展開していくらしい。


「ある日、探索者協会を辞めたばかりの俺がこの3人と出会ってさ。話を聞いたら、新探索者向け講習は受けたんだけど、同行してくれるベテラン探索者が見付からない――」


 新探索者向け講習――正式には『新探索者向けダンジョン講習会1』。探索者協会の講習で、これを受講すると『ベテラン探索差の同行があれば』という条件付きでダンジョンに潜るのが許可される。でもその同行してくれるベテラン探索者というのを見つけるのが難しくて、コネがないとかなり待たされるらしい。ましてや夏休みに入った今の時期、ましてや異世界から来てコネなんて全くない彼女らにしてみればだ。


 しかし彼女達には、一ノ瀬さんこの人がいた。


「――だったら失業中で暇だしというわけで、俺が同行を引き受けようってことになった。それで一緒に探索するうちに彼女達の熱心さにほだされ、俺も探索への情熱を取り戻し、かつて諦めたクラスA探索者への道を再び歩き始める……ということらしい」


「らしい……」


「まあ、イデアマテリアと契約した時点でクラスAを目指すのは決まってたんだが、俺みたいなおっさんが『クラスAに、俺はなる!』なんて言ったところで『勝手に目指してください』って話だし、ぶっちゃけうさん臭いしな。そういうストーリーがあった方が世間的にも通りがいいだろ」


 ということらしい。


 それより気になるのは――


「「「…………」」」


 もう空になったエナジードリンクの容器を口にあてて、懸命に空気になろうとしてる3人だ。


 前回いっしょに探索した時もそうだったんだけど、彼女たちには壁があるというか、僕から距離を取ろうとしてる雰囲気がある。


 苦笑いして、一ノ瀬さんが言った。


「おまえら、いつまでビビってるんだよ」


 びびる?


「こいつらさ、君にビビってるんだよ。最初は君の探索動画を見てビビって、次に君の戦闘を直に見たら、あまりに凄まじいんで目が合うだけで殺されそうな気がするって――そんなわけないのにな」


「な、ないですよそんなの……殺されるだなんて」


「だよな! ほら、ぴかりんも言ってるだろ? おまえら、そんなにビビったら失礼だって」


「「「…………(がたがたぶるぶる)」」」


 話を向けられて震えだした3人に、僕は疑問を抱かざるを得なかった。


「異世界って、魔法やダンジョンが普通にあるんですよね? だったら僕くらいの強さの人も普通にいるんじゃないですか?」


 問うと、3人は更に震えながら答えた。


「(がたがたぶるぶる)た、確かに普通にいる……います」

「(がたがたぶるぶる)いる……というかありますわね」

「(がたがたぶるぶる)『バルダ・ビッカルあなた』様と同じくらいの強さの……『魔王の伝説』が」


 あれ……僕って彼女たちの世界いせかいの『伝説の王の孫』なんじゃなかったっけ?



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