214.猫も知らぬと言っている(1)
Side:光
美織里からの返事は――
美織里:多分それ、モンスターの繁殖
驚きは、美織里の答えが意外と『普通』だったからだ。ダンジョンコア近くで感じたおぞましさから、ZZダンジョンで『大顔』が発生した時みたいな、もっと仰々しい異変が起こってるのかと思っていたのだ。
『繁殖』はどこのダンジョンでも起こる、というか8月半ばになれば、どこのダンジョンでも起こっていることだ。
それへの対処として行われてるのが『間引き』なわけで、だったら『繁殖』の直前には、どこでも|ダンジョンコアの周辺に魔力の塊が集まっている《あんなこと》が起こっているのか、ということになってしまう。
そんな思いを抱きながら、僕はメッセージの続きを待った。
美織里:ダンジョンの職員がさ。昼間に光が追加したデータ、あったじゃない? あれを見て、言ってるんだけど
美織里:繁殖の前に、こういうのが起こるって――モンスターが変な場所に群れてるとか、そういうのがね
ざわざわした気持ちのまま、僕は訊ねた。
光:『繁殖』が起こるのは、8月中盤以降だったと思うけど?
美織里:そうね。そもそも『繁殖』が起こってるって確証自体がない
光:職員さんが、そう言ってるだけだよね?
美織里:うん……でもさ。何かが起こってるのは確かなわけじゃない?『繁殖』って言ってるのも、とりあえずなわけよ
光:とりあえずの、補助線として?
美織里:そういうこと
光:さんごはなんて言ってる?
美織里:OK。さんご
不思議だけど、そんなメッセージだけでも、美織里がさんごに顔を向けて促し、さんごが頷きながら前に出る気配が感じられた。
さんごが言った。
さんご:よく分からない、としか言えないかな。君達も気付いてるかもしれないけど、君達がいうところの『異世界のダンジョン』では、『繁殖』自体が起こらない。
美織里:そうなの?
さんご:以前、説明したはずだけど(193.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(12)参照)……ああ、ひとつ抜けてたか。
さんご:ダンジョンコアがポップするモンスターは、彼らだけでは繁殖できないんだ。繁殖にはダンジョン外から来たモンスターとの交接が必要になる
さんご:そういう制限を設けることで、近親婚や異種間の交雑による――
美織里:遺伝性疾患や進化の収斂を防いでるわけね
さんご:そういうことだね。だから、ダンジョン外にモンスターのいないこの世界では、ダンジョンコアの設定以上にモンスターが増えることはないはずなんだ
ということは――
光:ダンジョンコアがおかしいってこと?
さんご:おかしいというよりは、そういう機能をもって作られたコアなんだろう。そんなの、僕は聞いたことがないけどね
美織里:彩ちゃんパパに聞いたら分かるかな?
さんご:そうだね。もっとも――まあ、いいか。
光:つまり『繁殖』自体がイレギュラーということで……じゃあ、本来の時期より早めなのは?
美織里:それも分からないけど、心当たりはあるよね――ほら、昼間の会議で言ったでしょ?
ああ、あれか。
美織里:とりあえず、光はそのまま探索を続けて。しばらくデータを貯めたい。意図的に避けてる場所ってあるよね? それを位置情報で追跡するだけで、かなり役に立つと思う――それで分かったことがあったら、また連絡するから
光:分かった
答えて僕は、緩めてたスピードをまた上げる。
(24……24.5……4,3……5……4……)
そしてすぐ、方向を変えた。
美織里と会話して、息を整えるうちに気付いたのだ――やるべきことが、出来なくなっていたと。
具体的に言うと、違和感に従った探索だ。
中層までは、昼間の下見のデータから感じた違和感をもとにコースを決め、ダンジョンの様子を探っていた。
でも深層で魔力の『塊』を見つけ、それがダンジョンコアのそばに何百個もあるのが分かってからは、落ち着きを失い『魔力検知』に引っかかる『塊』に気を取られていた。
それを、元に戻す。
美織里達が受け取るデータも、きっとその方が良くなるに違いない。
まずは『鎖』のモードを『視覚情報の補強』に戻し、下見のデータを思い出す。
そして、再びあの場所を目指した。
あの場所――ダンジョンコアの近くを。
さっき訪れた時、『鎖』のモードは『魔力検知』だった。それで『塊』が無数に並ぶあの光景に出くわしたわけだけど――では、普通に訪れたなら?
『魔力検知』なしで普通に訪れた時も、同じような違和感を感じるだろうか?――そう、思ったのだ。
引き返して、ダンジョンコア付近の、あの場所に近付く。
近付くと――やはり。
そこには、隠しようもない違和感があったのだった。
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