140.猫が恨みを買ってるようです(後)
さんごの工房の隅にある赤いドア。
その奥は、スキルを試し打ちするためのシューティングレンジになっている。
今日は出かける予定があるのだけど、その前にこの一週間――『クラスD昇格者向け講習』の前後で手に入れたスキルを試そうと思って、ここに来たのだ。
「まずは、上級ダンジョンの低層普通クラス」
スマホを操作して、試し打ち用の
きゅるるるるる……
音と共に現れたのは、以前戦った『大顔系』に首から下が生えたような人型だ。身長は僕の倍くらい。20メートル先に立つそいつに向かって、僕はスキルを放った。
まずはこれ――以前から持ってるけど、明らかに威力が上がってるこのスキル。
「
ずばっ――空間に穴を穿つように迸った雷が、人形を叩く。人形が四散する。スマホを操作して、次の人形を出す。
今度は、低層ボスクラスだ。
「
雷に打たれ、やはり人形は四散する。
次は、中層普通クラス。
「
ばらばら具合は地味だけど、これも四散。次に出したのも中層普通クラスだけど、今度は試すスキルが違った。
いよいよ、新スキル――。
「
威力より連射性重視のスキルだから、ばらばらにするのに3発必要だったけど、かかった時間は『
「中層ボスクラスではどうかな――」
更に高い強度のターゲットで試してみると『
そこから更に強度を上げると――
「さすがに、深層ボスクラスは無理か」
深層ボスクラスだと『
では――最後のこのスキルを試そう。
「龍装」
声とともに現れ、僕の身を包んだのは、きらきらと光る翡翠色の鱗。さんごがいた異世界で、龍族の勇者が着けていたという鎧だ。
最初に使ったのはOOダンジョンで、その時は戦いが終わると同時に消えてしまったけど『クラスD昇格者向け講習』を経て、いまは僕のスキルとして定着している。
「これを使って――そのままじゃ魔力不足だ」
いつの間にか傍らにいたさんごが、僕の腰に装置を追加する。印象として一番近いのはワイヤレスイヤホンのケース。それくらいの大きさの箱だった。
「小型の魔力コンデンサーだ。フルチャージ状態なら、
「ありがとう――じゃあ、いくよ」
頷いて、僕はターゲットに視線を戻した。
「
あくまで僕は鎧を着ている側で、だから見ることなんてできないわけだけど、それでも分かった――鎧の面、その口の辺りに光が集まり、輝いているのが。
ずぼり、と。
畑から大根を引き抜くように。
放たれた太い光条が、雷をまとい、
そして数秒――
眩さに視界を灼かれ、真っ白になった景色が色を取り戻すと。
「消え……たね」
「ああ。消えた」
ターゲットは燃え滓すら残さず消え失せていた。
あまりの威力に「深層ボス以外には使用禁止だね」ということになったのは、更にその数十秒後のことだった。
●
工房から小屋に戻ると、美織里が目をさましたところだった。
「ごめん……ちょっと無理」
そう言って美織里は、僕から隠すように顔を逸らせる。立ち上がろうとした途端――
「あれ?……あれ? あれ?」
へにゃへにゃと、しゃがみ込んでしまった。
「腰に……力が入らなくて」
理由は聞くまでもなくて、僕の顔も赤くなる。
「『
「うん。まだオフのまま。身体中が痺れて……暖かくて。光が、あたしの中にいるみたいで。なんだか……もったいなくて」
「…………」
『照れ臭い』と『恥ずかしい』の違いは分からないけど、とにかくその両方が混ざったような気持ちで、僕は考えた。
スキルがオフのままでは、さすがの美織里も普通の女の子に過ぎない。何かあったら危ない。探索者としても普通の女の子としても彼女には敵が多いのだから。だったら……
(だったら、一番安全な場所に運ぼう)
というわけで――
「ちょっとごめんね」
「ひゃっ!」
美織里をお姫様抱っこして、再び地下の工房へ。
奥へと進み、2つ並んだドアのうち、今度は青いドアを開ける。
「「「「「ふみゃおーん」」」」」
さんご隊が出迎えるそこは、ソファーや大型テレビや多数の照明が備えられた豪奢な空間だった。
さんごチャンネルの『ラジュジュアリー系』と呼ばれる動画を撮影されるための、ラグジュアリーな、名前もそのまんまな『ラグジュアリールーム』だ。
美織里をソファーに寝かせて、僕は朝食を運ぶ。ホットサンドにサラダというメニューだったんだけど……
「お姫様抱っこされたら~。もっと力が入らなくなっちゃったんだけど~。何もできないんだけど~。無理なんだけど~」
というわけで、僕が食べさせてあげることになった。
「はい。あ~んして」
「んふふ……あ~ん」
ホットサンドにはサルサソースが入っていて、それで僕の指が汚れて……
「ん……んちゅ……ん……ん……おいしい」
その汚れを舐め取る美織里がどんなだったか、感想を述べるのはやめておこう。
それから予定通り、僕は身支度して出かけた。
駅前の、探索者協会へと。
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