56.猫がパイセンを評価します
「えっ!! 山口先生が亡くなった!?」
その知らせを聞いた瞬間、頭をよぎったのは弓ヶ浜さんを助手席に乗せて楽しげに車を運転する山口先生の横顔。そして2人を乗せてホテルに入ってく車の、テールランプ。
愕然としてると、クラスのあまり話したことのない女子に訊かれた。
「ぴかりん、きのう山口先生とダンジョンに行ったんだよね?」
「う、うん……元気そう、だったんだけど。ちなみに、その話ってどこから?」
「先生が話してた。山口先生のお母さんから電話があって、山口先生、夜中に血を吐いて死んじゃったんだって」
「ええ…………」
山口先生のお母さんの情報をチョイスするセンスはともかくとして、昨日はあんなに元気で、前のめりで、1人でモンスターに突っ込もうとして怒られてた山口先生が、僕がさんごや美緒里とごはんを食べて、寝て、起きて、学校に来る間にこの世界からいなくなってしまっていたという事実に動揺していると。
「春田、ちょっと来てくれ」
担任の丸山先生が、僕を呼びに来た。
連れてかれたのは、校長室だ。
「先生たちもね、親御さんからの連絡で初めて知ったんだけど……山口先生は病気だったらしいんだ。病名は教えてもらえたかったんだけど、とにかく凄い病気で、この学校で働き始めた時点で、既にお医者さんから言われた余命は過ぎてたらしい。親御さんもね、自宅でゆっくり過ごすのを勧めていたんだそうだが、山口先生は『僕が死ぬまでにやりたい100のこと』という電子書籍をネットで販売していたそうでね。そこには、山口先生が人生を終えるまでに果たしたい目標が書かれていて……その目標のひとつに『教師として学校で働く』というのがあったそうなんだ。それを見せられたら、親御さんも止めることなんて出来なかったと……そうおっしゃってね。そうだ。それでどうして春田君に来てもらったのかというとね。山口先生の親御さんが、春田君にお礼を伝えてほしいと……春田君が、山口先生の夢を叶えてくれたと」
え? 僕は何も……
「山口先生にはね『探索者になりたい』という目標もあったそうなんだ。探索者の資格を取った直後に病が見つかって、ダンジョンを探索するのは諦めてたそうなんだが……春田君のおかげで春田美緒里さんがこの学校に転校し、ダンジョン探索部が作られ、その顧問に指名された……春田君のおかげでダンジョンに潜る機会が出来たと。亡くなったときにも、春田君ありがとう春田君ありがとうと、血を吐き吐瀉物で窒息しそうになりながら、もつれる舌で繰り返してたそうなんだ」
いや、だからその情報のチョイス……
「それと山口先生には想いを寄せている女性がいて……探索者だったそうで……その女性が春田君の探索する様子を見て、あまりの才能の差に打ちのめされていたそうなんだが……それを慰めるうちに距離が縮まり……春田君ありがとう春田君ありがとう春田君のおかげで童て――」
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! いらないですから! それ以上の情報はいりませんから!」
「――とにかく、君に感謝して山口先生はこの世を旅立ったらしい。それと、ダンジョン探索部の顧問なんだけどね」
「はい。山口先生の他にも、スキル持ちの先生がいらっしゃったんですか?」
「いや、いまいる先生の中にはいない。でも、来月から働くことになっている非常勤の先生が探索者だそうでね。顧問の話を持ち出したら、ちょっと考えさせて欲しいと。それでよくよく話を聞いてみたら、どうも君――春田君と知り合いだそうなんだよ」
「知り合い……誰でしょう?」
「うん。名前は――」
それからしばらく話をした結果、僕は、その非常勤の先生に会いに行くことになった。
●
というわけで、また新たにやることが出来てしまった。
ますます過密になる僕のスケジュール。
現時点で決まってるのは――
まず今度の週末は、土曜日に教習所でバイクの訓練。
それから日曜日は、GGダンジョンで探索。
「GGダンジョンは、神田林さんも一緒に行くんだよなあ……んん?」
パソコンで、美緒里作成の『1ヶ月でクラスD昇格つよつよスケジュール』を開いてみる。
6月第1週
クラスD昇格試験(戦技)←完了
6月第2週
前半:新探索者向けダンジョン講習会1(やり直し)←完了
後半:ベテラン探索者同行での探索←完了
6月第3週
前半:新探索者向けダンジョン講習会2←完了
後半:ベテラン探索者同行での探索←今度の日曜(神田林さんも同行)
6月第4週
前半:新探索者向けダンジョン講習会3
後半:ベテラン探索者同行での探索
7月第1週:
後半:ベテラン探索者同行での探索
前半:新探索者向けダンジョン講習会4
後半:ベテラン探索者同行での探索
7月第2週:
前半:クラスD昇格者向け講習
後半:クラスD昇格試験(探索)
今度の探索に神田林さんが同行するのは、美緒里が誘ったからだ。そこまではいい。問題は、その後の『新探索者向けダンジョン講習会3』だ。美緒里は、これにも神田林さんを付き合わせるつもりなんだろうか?
本当なら、講習会と講習会の間に、何度か探索して経験を積まなければならない。それを僕が1回で済ませてもらってるのは、美緒里のごり押――交渉の結果だ。そして神田林さんも、僕と同じペースで講習を受けている。神田林さんが言うには『あなたに合わせてそうなったのよ』ということだったのだが、それは、どこまで許されるものなのだろうか?
先に帰って、さんごにブラッシングしてた美緒里に訊いてみると――
「協会はね。とりあえず、あんたを贔屓してるって言われないように、
「美緒里、あれから神田林さんと――」
「パイセン。だめよ光。神田林さんなんて呼んじゃ。年上なんだから、パイセンって呼ばなきゃ。敬意を込めてね。パイセンって」
「うん……美緒里は、あれからパイセンと会ったの?」
「会ってないわよ。DINEでお話したの。で、あたしがそういうこと言われたんじゃない? って訊いたらパイセンが『ちょっと、愚痴が多かったかなって印象ですね』って――好きだわ。パイセン、大好き。マジでパーティー組みたいくらい――でね、しれっとやっちゃえばいいのよ。1回でいいって言ってるんだから、最後まで、しれっとそれで通しちゃえばいいのよ」
というわけで、美緒里としては神田林――パイセンも『1ヶ月でクラスD昇格つよつよスケジュール』に付き合わせるのは確定らしい。
「あの少女なら大丈夫だと思うよ。当然、僕らも力を貸すわけだし」
さんごも、パイセンのことは高く評価してるみたいだった。
ところで、非常勤の先生に会いにいく話だ。
このスケジュールの、どこに差し込むか。
といっても、実はもうアポ自体はとってあったのだった。
先週の時点で。
●
翌日の放課後、僕は、駅からバスに乗った。
膝には、さんごの入ったバスケット。
あらかじめ言われてたバス停を過ぎたところで、メッセージを送る。
更に3つ先のバス停で降りると、彼女が待っていた。
眼鏡に三つ編みのお下げ。
オレンジ色の塊を、両手で抱いている。
「くるるるるる……」
目を細め喉を鳴らしている――ドラゴンの幼体。
「こんにちは。今日も、よろしくお願いします」
「こんにちは。今日は、撮影はするんですか?」
「出来ればお願いしたいんですけど――もちろん、公開の時期は指示に従います」
「指示なんて――最悪、来月末くらいまで待ってもらえますか?」
「ええ。春田さんの都合の良いタイミングで」
場所は、公園と聞いている。
そこで、彼女のドラゴンに魔力を流して補充するのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
お互い無言になったところで、公園に着いた。
彼女が言った。
「あ、あの……撮影の前に……先にお話ししておいた方がいいですよね?」
「そうですね」
「非常勤の話は、4月には決まっていて、その時は春田さんの学校だとは知らなくて……」
「はい」
「春田さんのことすら、知らなかったんですけど……」
「はい」
「今朝、急に言われて驚いちゃったんですけど……」
「はい」
「受けてみようと思うんです……」
「はい」
「……ダンジョン探索部の、顧問のお話」
そう言って、どらみんチャンネルの彩ちゃんは、顔を上げたのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
というわけで、彩ちゃん再登場です。
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