10.猫が伊勢海老を食べました

 事故って……どういうこと?


 悪い顔でにやにやするさんごと美緒里を前に、僕は固まるしかない。


 そんな僕に、美緒里が訊いた。


「ところで、あたしは調査で日本に帰って来たわけだけど――何の調査だと思う?」


 美緒里はレザースーツのジッパーを大きく開けていて、美緒里が顔の向きを変えるだけで胸の形が変わるのがちらちら見えて、正直、僕は困る――困りながらも、答えた。


「分からないけど、この地方のダンジョン絡み?」

「うん。これを見て」


 美緒里が、探索者用のスマホを見せる。

 この町だけでなく、近隣の市町村まで含んだ地図が表示されていた。


「ここにYYダンジョンがあって、ここにはZZダンジョン。で、ここにあるのがこの町のダンジョン――XXダンジョンね。3つのダンジョンを繋ぐと二等辺三角形になる。で、ここに『魔素ジオメトリ』っていうフィルターをかけるとこうなる」


 すると地図が変化して、3つのダンジョンの位置関係が、二等辺三角形から正三角形に変わった。


「3つのダンジョンで魔力の釣り合いが取れてる状態ってことなんだけど、実際に現地で計測してみるとXXダンジョンだけ魔素が薄い――魔力が小さいのよ。考えられる可能性は1つ。ダンジョンコアの供給する魔力が、どこかから漏れてる。マップでは、計測方法の違いで釣り合いが取れてるけどね」


「問題は、どこから漏れてるかだね」


「そうよ、さんご。魔力がどこから漏れてるか――その調査が探索者協会に依頼されて、私が立候補したってわけ。で、その進捗なんだけど……光、あんたそれ・・が何か分かってる?」


 美緒里が訊いたそれ・・とは、ビニール袋だ。

 僕は答えた。


「山菜だけど?」


 僕が、いつも山で狩ってる山菜だ。

 今日は、かき揚げにして食べるつもりだった――のだが。


「違うわ。それってモンスターよ」

「ええ!?」

「しかもまだ生きてる」


 それって……もしかしてじゃ、ないよね?

 いまの話の流れだと、ほぼ確実に。


「その山菜モンスターが生えてる辺りから、魔力が漏れてるのよ。魔力を浴びてモンスターになった山菜を、あんたは毎日食べてたってわけ」


 ってことだよね……


「でも安心して。食物から接種する分には魔力は害にならない。魔力に浸した食材は、むしろ新種の完全食として注目されてるくらいよ。それに普段から魔力に身体を慣らしておけば獲得スキルのレア度も上がるって研究もあるしね」


 とりあえず、山菜を食べてたことについては安心していいのか。

 しかし美緒里の調査の話を聞いて、新たに気になることが出来てた。


「美緒里は、魔力が漏れてる場所を特定してどうするの?」

「探索者協会に報告して、要請があればその後の封鎖にも同行するわね」

「ちょっと……見てほしいんだけど」


 冷蔵庫に入ってた食材を、僕は取り出す。

 冷凍された、伊勢海老やカニだ。


「これも、もしかして……」

「……モンスターね。さすがに死んでるけど」

「近くの海で穫れたんだけど、そこも魔力が漏れてるのかな」

「確実に、漏れてるわね」

「そうなんだ……」


 伊勢海老もカニも、近所の海で密漁してる人たちに混ぜてもらって獲ったものだ。密猟者は昔じいちゃんに世話になったという反社の人たちで、近隣の飲食店に持ち込んで売ってるらしい。漁業組合からは黙認されてるそうなのだが……


「多分、漁業組合そっちに探索者の伝手があってアドバイスされたんでしょうね。モンスターが出たってなったら他の魚の漁にも規制がかかるでしょうし。それにしても光、あんたって結構いいもの食べてるのね」

「美緒里も食べる?」

「食べる! ボイルした伊勢海老にオーロラソース付けて食べたい! さんごも食べたいでしょ? 猫って海産物が好きだし!」

「いや、猫に甲殻類はダメなんじゃ……」

「食べるよ! 僕はなんでも食べるよ!」


 そういえば昨夜も、さんごと海老を食べたんだった。『山菜と玉ねぎとシーフードミックスのオイスターソース炒め』を。


 というわけで今日の夕食は『茹でた伊勢海老とカニをオーロラソースでディップ、山菜のソテーを添えて』になった。


 ところで、何の話をしてたんだっけ…………


「美緒里、ところで『事故』って……」

「もんぐもんぐ。伊勢海老を手掴みで丸ごと1本って最高~」

「『事故』って……」

「もきゅもきゅ。山菜のソテーも野趣に満ちて美味だね」

「『事故』……」

「もんぐもんぐ。海の方は、報告しないでそのままにしたいわね。もんぐもんぐ。さんご、あんたダンジョンの魔素を濃くする装置とか持ってないの? カニも最高~」

「もきゅもきゅ。圧縮型のブースターならすぐに調達できる。ダンジョンに仕掛ければ、測定を誤魔化せるはずだ。もきゅもきゅ。このカニは、だし巻き卵に混ぜても美味しそうだね」

「山の方は、ここ・・でしょ?」

「うん。僕の観測結果とも一致している」

「じゃあ、探索者協会に報告しとくから。明日には封鎖されるでしょ。漏れがふさがれるまで1ヶ月はかかるだろうから、その前に警備に穴が空きそうな時間を調べておく。そしたら……もんぐもんぐ」

「動画撮影の体で忍び込んで……もきゅもきゅ」


「「光に『事故』にあってもらう。もんぐもんぐ」もきゅもきゅ」


 そんな2人の会話を聞きながら。

 大丈夫なんだろうけど、大丈夫なんだろうかと思う僕だった。


 もぐもぐ。

 

====================

お読みいただきありがとうございます。


明日は3回更新します。

いよいよダンジョンでの戦闘です。


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