47.猫は空気になっていた

「しっかし凄いわねえ。従姉弟くんも、猫ちゃんも」


 帰りの車中、小田切さんが言った。

 

 今日の探索にはさんごも参加していたのだが、素早い飛びつきからの引っかきを駆使し、僕らと変わらないペースでモンスターを倒していた。ここまで触れなかったのは、普通の猫みたく4足歩行で言葉も喋らないせいで、戦闘時以外は空気になっていたからだ。


「そうそう。猫ちゃんっていえば……『さんごチャンネル』の編集って外注してるの?」

「そうですね。外注です」


 地球外の生物さんごが編集してるのだから、外注と言っていいだろう。


「業界で話題になってるのよ。あのクオリティの動画をあのペースで公開できるのは、そうとう優秀なクリエイターが付いてるはずだって」

「紹介しないわよ」

「分かってるわよ、美緒里……あなたたちのチャンネルには、迷惑かけちゃってるんだし、スタッフを横取りするような真似はしない」


 ZZダンジョンでの件以降『さんごチャンネル』は更新していない。みおりのチャンネルもそうだ。原因は美緒里の『付き合ってるも同然』発言で、それについての釈明&交際してます動画の公開に、美緒里の所属する『ダンジョン&ランナーズ』社からストップがかかっているのだった。


 そしてこのタイミングで通常の動画を公開したら炎上間違いなしということで更新を止めていたところ、過去の動画のコメント欄に荒らしが押し寄せてるというのが現状だ。


「悪いって思うなら、そろそろ返事を聞かせて欲しいんだけど?」

「ん~~~、それはちょっと待って」

「ダメ押しされたい? 絶対『うん』としか言えなくなるような厄いブツ見せて欲しい?」

「怖い怖い怖い……若い子と違ってね、あんまり美味しすぎる話には腰が引けちゃうのよ。ガチで美味しいって分かっててもね」

「石原草人の配信でブッこむつもりだから――来週中には返事をちょうだい」


 そんな美緒里と小田切さんの話を聞きながら、僕は、後部座席でさんごを撫でることくらいしか出来なかったのだった。


「にゃあ」



 水曜日は講習で木曜日は探索。

 今週だけで2日も学校を休んだけど、ダンジョン探索部のおかげでどちらも公休になった。

 

 しかしさすがに、続けて金曜日まで休むのはどうかと思う。


 というわけで、次は月曜日に公休をとって、格闘技ジムのプロ連に参加することにした。


 プロ連とは、プロやプロ志望の選手だけを集めた練習会で、平日の午前中に開催されている。


 ジムに入って、着替えて、練習の行われるマットスペースに行くと、『綺麗な輩』とでも呼ぶべき、いかつい人たちが輪になって談笑していた。年齢は10代から30代まで様々。女性もいる。間違いないのは、僕が場違いだということだ。だって僕、あんなに首、太くないし。肩、丸くないし。広背筋、羽みたいになってないし。


「おはようございます~」


 挨拶すると、みんなこっちを見て『誰?』って顔になる。帰りたい。隅に行って空気になって練習が始まるまでストレッチしてようと思ってたら――声をかけられた。


「ああ~、君! 知ってる! みおりんの彼氏! あと、あれだ! オヅマと揉めてた!――ぴかりん!!」


 声をかけてきたのは、いかつい人たちのなかでも特にいかつい&ごつい人だったんだけど。

 思わず僕は聞き返していた。


「ぴか……りん?」


 なんなんだその呼び方は。


「え、いまネットでみんな呼んでるじゃん。え、待って待って待って――もしかして、知らない?」

「はい。最近、ネット断ちしていて……怖くて!」

「ああ…………」


 見ると他の人たちも。


「「「「「ああ…………(察した)」」」」」


 って顔になっていた。


 でもそこからは、みなさんフレンドリーに接してくれて。


「ねえぴかりん、ちょっとミット蹴ってみて」


 ぴかりん呼びは変わらなかったけど。

 言われるまま、軽くミットを蹴ると。

 

「おお、お、おおおお。凄えな、やっぱスキル持ち凄え。これで何割くらい?」

「2割くらいですね」

「じゃあスパーでは1割で頼むね。2割だと怪我しちゃうから」


 そこへ坂口さん(ジムのオーナーで元プロ格闘家)が入ってきて――


「おお、光。早速うちとけてるじゃないの。良かった良かった。おいみんな、こいつはぴかりんなんて間抜けな呼び方されてるけど、住んでた家を東京から来た親戚に追い出されて今は山の中の小屋でひとり暮らしてる不憫な奴なんだよ。可愛がってやってくれよ。じゃあ練習始めよう!」


 と、僕の個人情報を無断で暴露して練習が始まった。


 練習はストレッチと技術研究の後、スパーリング。

 来ていた全員と、僕はスパーリングした。

 

 プロの皆さんの、僕への評価はというと――

 

「動きが速いっていうか、判断力が凄いね」

「プレッシャーが、まるで海外選手とやってるみたい」

「組み際も離れ際も、攻防、落とさないよね」

「一手一手で上回ってくる」

「打ち合いに入る前の段取りが巧みなんだよ」


 と、どうやら好評のようだった。

 中には、東京から出稽古に来てる人もいて。

 

「東京に来ることがあったら、うちの道場にも顔だしてよ」


 別の道場でのプロ連に誘ってもらったりもした。

 こんな感じで、非常に楽しいひとときを過ごしたのだが。


 ちょっと、気になったことがあった。

 練習が終わった後の雑談で、僕も知ってるある人の話題が出たのだった。


「オヅマ、ヤバいみたいよ。あいつスキル持ってるの隠してたじゃん。でも、ぴかりんやみおりんと揉めて、ほぼバレちゃったじゃない? オヅマってキックの蓮沼くんとかと企画でスパーして圧倒してたじゃん。それでオヅマは視聴回数上げたけど、蓮沼くんは素人に圧倒されたって評判下げたじゃない。で、蓮沼くんってバックが……アレでしょ? グレーな人たち? とにかくそういう筋と揉めかけてたんだけど、そこで今回、スキル持ってるのがバレたわけじゃん。ふざけんなって感じで、いまオヅマに捜索かかってるって。本気で詰める気みたいよ。オヅマのスタッフの子たちの、実家なんかにも輩が押しかけてるって」


 そんな話を聞いて。


(オヅマも大変なんだなあ)


 くらいにしか思ってなかった僕なのだが。

 しかしその数時間後、僕も僕で大変な目にあうとは、予想すらしていなかったのだった。


 プロ連に参加した人たちが、SNSにアップしたのだ。

 僕の写真を――


「いま話題のぴかりん。親戚に家を乗っ取られて山で一人暮らししてるんだって。大変だね。がんばれ~」

 

 そんな、コメントと共に。

 

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