158.猫にもらった新アイテム(後)

 YYダンジョンは、この街の他のダンジョンより難易度が低く、探索する人もライト層が多い。


 バスを降りてゲート前の広場に入ると、トワイライトトレジャーで来てるのか、やはりライト層で賑わっていた。


 それなりに探索経験のありそうな装備や物腰の人もいるのだけど、僕がいつも接しているプロの探索者とは違って、どこか緩んだ雰囲気だ。


 広場の隅で固まってビールを飲んだり、装備を脱いだ半裸の格好で歩き回ってる人がいるのは、他の時間帯ではありえなかった。


「ね、あれ……じゃね?」

「だよね……みおりんいないよね。1人かな?」


 声をかけられそうな気配を感じて、僕は受付に直行する。持参したドローンを起動して、速攻でゲートを潜った。


(ああ……凄くほっとする。ダンジョンの中なのに)


 とはいっても外よりまだましなだけで、ゲートを潜っても人は多いままだった。きっと中層に入る辺りまではこの状態が続くのだろう。

 

 悪目立ちしない程度の早足で、僕はダンジョンの奥へと急いだ。



 やはり中層に入ると、目に見えて人が減った。

 これで、本気が出せる。


(さすがに今日は、RTAは無理だよね)


 駆け出してすぐ出くわしたのは、コボルトだった。頭が犬になってるモンスターだけど、身体が人型のせいなのか、鳴き声は犬とは全く違った。


『どぅふん! どぅふふふ!』


 昨日潜ったXXダンジョンでは『結界』で動きを止めてモンスターが近付けないようにしたのだけど――今日は、やり方を変えてみよう。


「結界」


 あくまでやり方が違うだけで、結界を使うこと自体は変わらない。


「どぅふぅ……ぶ、ぶぶぶぶ…………」


 コボルトが、血を吐いて倒れた。


「ひぁうぃっ」

「結界」


 次に現れたゴブリンも。


「ひぁっ! ひぁ……ぁ”、ぁ”…………」


 同じやり方で、やはり血を吐いて倒れた。


(うん……使えるね)


 新しい結界の使い方に手応えを感じながら、僕は中層を進んでいった。


 走る。モンスター。結界。走る。モンスター。結界。走る。モンスター。結界。走る。モンスター。結界。走る。モンスター。結界。走る。モンスター。結界……


 繰り返しが作業めいてくると、自然と考え事が始まっていた。


 たとえば、市川陽介のこと。


『ぴかりんファンが集まって語る会』という会を開いていた市川陽介という男を、美織里達が叩きのめした話は、もう聞いている。


 市川の被害者の女性達が、裁判を起こすだろうということもだ。


 それによって、僕やイデアマテリアに非難が集まるのは確実なのだろうけど、さんごのAIによれば、海外で先にニュースにしてしまえば、かなり和らげられるらしい。


 この件については、僕には何も責任がない――でもきっと、それが問題なのだ。


 犯罪に名前を使われた僕は被害者で、同時に加害者でもある。でも、あくまで間接的にだ。


 そして加害者としての僕には、被害を受けた女性達に償う方法がない。出来ることといったら、2度とこんなことが起こらないようにファンに注意を喚起することくらいだろう。


 でも、被害者はどうだろう? 被害者の女性達は、それを聞いてどう思うだろう? 傷口に塩をなすりつけるような、そんな行為になってしまわないだろうか?


 考えがまとまらないうちに深層へ降り、ダンジョンコアの前まで着いた。


「ぶも~、びぎゅも~」


 ミノタウロスと出くわしたのは、その帰りだった。


「結界……あれ?」


 結界が、効かなかった。


 今日ここまで試してたのは、結界による攻撃だ。ポイントは結界を張る場所で、昨日のXXダンジョンでは、モンスターの進行方向に結界を張って、動きを封じ込めた。


 それを今日は、モンスター自身に張った。

 正確には、モンスターの体内に結界を張って、内臓を破壊したのだ。


 コボルトもゴブリンも、他のモンスターもこれで倒せた。でもいまミノタウロスに同じ攻撃を試したら――


(滑った?)


 結界を張る座標を指定しようとした途端、滑るように、ぬるりと逸らされてしまったのだ。


(魔力が……足りなかったとか?)


 だったら、増やせばいい。

 さっきより、ずっと多くの魔力を込めて――


「結界!」


 すると。


「びぎゅも……も、も……た……あ…………」


 血を吐いて、倒れた。


「ふう……良かった。内臓じゃなくて足の腱とかだったら、もっと少ない魔力でも良かったのかな……さんごに相談してみよう」


 そのまま帰ってしまおうかとも思ったけど、昨日XXダンジョンで会った一ノ瀬さんの話を思い出した。


「『モンスターの死体を放置したら、後から来る探索者に迷惑がかかる』からね……っていっても、コボルトやゴブリンの死体は放置してきちゃったんだけど」


 かといって、ミノタウロスの巨体が埋まるほど大きな穴を掘るのは手間がかかる。雷神槌打サンダー・インパクトで燃やしてしまうのがいいんだろうけど、そういう気分でもなかった。


 というわけで――ポケットから取り出したリストバンドを着けて、僕は叫んだ。


「収納! ミノタウロスの死体!」


 リストバンドは、さんご謹製の魔導具だ。さんごの首輪ストレージリングと同じで、指定したものを収納することができる。


「補習の打ち上げは、バーベキューでいいかな」


 格闘技ジムの坂口さんから連絡が来たのは、その直後のことだった。


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