猫と彼女と異世界で

158.猫にもらった新アイテム(前)

 やってしまった……ヤってしまった。


 僕は、パイセンと一線を超えてしまった。


 美織里とパイセンと彩ちゃんは、彩ちゃんと僕が一線を超えるまでは他の2人も一線を超えた行為はしないという約束をしていて――僕も、それを知ってたというのに……


『ちょうだい。ひぁっ。気持ちだけじゃなくて、んくっ、物理でも、あっ、光くんを、あっ、ちょうだい! 物理でも、物理でも滅茶苦茶にしてぇえええ!!』


 甘い叫び声でせがまれて……止まらず――止められず!


 もちろん彼女に求められたからというのは言い訳にしかならない。だって僕も一線を超えたときのための準備をして――コンビニでそういう時のための製品を買って――そういう準備をしてパイセンの家を訪ねたわけだし。


 行為を終えた後、抱き合って「光くん……」呼ばれるたび「なに? 寿莉愛(2人きりの時はこう呼ぶようにいわれた)」頭を撫でるといったことを繰り返してたら、気付くと1時間以上たっていた。


「みおりんと……彩ちゃんに言わなきゃ」


 言ってベッドを抜け出ると、パイセンは服を着け始めた。布地が身体を隠すたび、甘い雰囲気が消えてくようで、着替えが終わった頃には、いつもの無口で気難しげなパイセンに戻っていた。


 それを見ながら、僕も服を着て――カーペットに正座して電話をかけるパイセンの声に、耳を集中させた。


「……はい。あの、みおりん……あのね、私……光くんと……うん。最後まで……ごめんなさい。約束、破っちゃって。うん……うん…………うん。はい。また明日」


 両手で持ったスマホを顔から遠ざけ、天を仰ぐようにして息を吐き、また、電話をかける。


「彩ちゃん、はい、その……ごめんなさい。最後まで、しちゃった……うん。え? うん……うん。また明日。はい……はい」


 そして、また長い息を吐く。

 しばらく待って、僕は聞いた。


「美織里と彩ちゃん……なんて言ってた?」


「みおりんは……『ま、いいんじゃない?』って。彩ちゃんは……」


「彩ちゃんは?」


「『私も、覚悟を決めなきゃですね』……って」


 とりあえず、2人とも怒ってはいないみたいだった。


 ところで――ベッドに並んで座ると。


「…………(ぷぃっ)」


 何かを思い出したように赤くなった顔を背けるパイセンは可愛くて、でもそれだけでなく……


(うわあ……エッチだなあ)


 服を着てるのに、とてもエッチに感じられるのだった。服の上からでも分かる胸の大きさとかだけなく、皺の一つ一つまでエッチな意図があってそうされてるように感じられてしまうのだ。


(事後だから……した直後だからだよね?)


 ずっとこうだったら、困ってしまう。比べるのはいけないことだけど、美織里に感じるのとは、全く異なるエッチさに、僕は戸惑わずにいられなかった。


「(じーーーっ)」


 気付くとパイセンが僕を見上げていて、柔らかそうな唇の間から覗く白い歯を、僕はキスを求めてるのだと解釈して――唇を重ねた。


「ん、んふ、ん、ちゅ、んふ、ん、んん……」


 顔と顔が離れると、とろんとした目で僕を見るパイセンの口の端が汚れていて、指で拭ってあげると、その指をパイセンが咥えてきた。


「ん、んちゅ、ちゅ、んちゅ……んふふふ……」


 上目遣いで、パイセンが笑う。

 まるで、僕の反応を楽しんでるみたいに……


 それから、もちろん服は脱がずにいちゃいちゃしてたら、夕方になった。


「後でメッセージ送るね」

「うん」


 パイセンの家を出て歩き出すと、すぐにパイセンが追いかけてきて、言った。


 僕の耳元で、こそっと。


「好き」


 そして踵を返して家に駆け戻るパイセン。


 視界からその残像が消えるまで、僕は、歩き出すことすらできず立ちすくんでいた。



 なんだか頭が沸騰したようで、真っ直ぐ家に帰る気になれなかった。


(探索……行こうかな)


 軽くダンジョンに潜って、気分を落ち着けることにしよう。もう夕方だから『トワイライトトレジャー』になるけど、軽い探索が目的だからちょうどいい。


 18時以降から始める探索を『トワイライトトレジャー』と名付けたのは探索者協会だ。


 仕事を終えた会社員が上層で2時間くらい楽しむ探索で『学生時代に探索をやってたけど就職してからはダンジョンから足が遠ざかってる』層を掘り起こすのが目的といわれている。


「ここからだと、YYダンジョンかな」


 YYダンジョンなら、パイセン宅の近くここからバスで15分くらいだ。


 通りかかった公園のトイレで装備を身に着け、バスに乗る。他のお客さんに見られるのは、気にしない。ダンジョンの近くにもトイレや更衣室はあるけど、そっちは混んでるからね。


「びかり~ん。びかり~ん。うだぁ~」


 前の席の幼児が振り返って、いきなりクレヨンを口に突っ込んでこようとしたりしたけど、気にしない気にしない。


「(ひそひそ)おいおまえ聞いてこいよ。パイセンや彩ちゃんともヤってるのかって聞いてこいよ。絶対ヤってるよ。あいつ死ねばいいのにな」


 気にしない気にしない……


「間もなくYYダンジョンに到着しま~す。バスが止まるまで席を立たないでくださ~い。はい、立たないで~。探索者ジャケットのお客さ~ん。バスはまだ止まってませんよ~。立たないでくださ~い。立たないでくださ~い」


 YYダンジョンに着くと同時に、僕は逃げるようにバスを駆け下りた。


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お読みいただきありがとうございます。


新章開始です。

彩ちゃんのターンになる予定です。


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