167.猫と彼女の偏差値と(後)

 駅前で美織里に電話すると、5分もせずにやってきた――パイセンと一緒に。


「おっはよー」

「……おはようございます」


 昨夜は美織里の滞在するホテルに泊まったのだそうで、パイセンは、いったん家に帰った後、再びホテルに戻って撮影を行うのだそうだ。


「撮影って、MTTの?」

「いえ、そうではなくて、その……」

「パイセンの単独チャンネルよ!」

「え!? あ、う~ん……そういえば」


 そういえば、美織里や彩ちゃんと違って、パイセンの単独チャンネルはなかった。考えてみると不自然で、新たにパイセンのチャンネルを立ち上げることになるのは当然と思えるのだけど……


「……微妙な反応」

「いや、あの、そんなことなくて……どんなチャンネルになるの?」


 パイセンのチャンネルがどんなものになるか、まったくイメージが浮かばなかったのだ。


 例えば美織里のチャンネルは、美織里が時おり暴言を挟みながらだらだら雑談する配信が主で、彩ちゃんチャンネルは、ドラミンとの絡みが主。ではパイセンのチャンネルはというと、パイセンがカメラの前で可愛くもじもじする絵面くらいしかイメージ出来なかったのだ。


 答えは、美織里からだった。


「受験よ受験! パイセンの受験チャンネル!」


「受験って……大学受験?」


 するとパイセンが、いま僕がイメージしたのと全く同じ、可愛くもじもじした様子で、口ごもりながら言った。


「あの……私は、来年度から光くんの学校に転校する……予定なんだけど。その……光くんの学校、制服が可愛くて、私も受験したかったんだけど……結果として私は白扇高校に入学することになったわけなんだけど……どうしてかと……いうと」


「いうと?」


「学力不足ね!」


「やめて……みおりん。本当のことを言うのは、やめて……やめて」


「うちの学校って偏差値高いのよ。白扇高校よりずっと。だからこのままだと転校した後に落ちこぼれちゃうでしょ?っていうか、転入試験に受かるかも微妙だし! というわけで、パイセンが勉強して学力アップするのを追ってくのが、当面のメインコンテンツね!」


「なるほど……」


 そういうチャンネルなのは分かったけど、でも意外だったのはパイセンの成績が良くないということだ。パイセンって凄く真面目で頭が良さそうなのに、本当に意外だ。


「……サブカル糞女あるある……頭よさげに振る舞ってるくせに……学力は低め……低め……」


「あるある!」


「やめなよ美織里! 可愛そうだよ!」


「可愛そう……私、可愛そう……」


「いやパイセン、そういう意味じゃなくて!」


 それから人目のないところでハグしたりしてパイセンをなだめて、僕と美織里は、遅刻ギリギリのタイミングで補習に向かったのだった。



「パイセンはさー。勉強以外のところで記憶能力使っちゃってるから、暗記科目が全然ダメなんだよねー。地頭の良さで誤魔化してるけど、それでいけるのってせいぜい偏差値60くらいまでだからさ。うちの学校にはちょっと届かないんだよねー。でもこれからトレーニングすれば写真記憶のスキルくらい生えるだろうし、ま、なんとかなるんじゃね?」



 補習は金曜日がテストだから、木曜日の今日が実質的な最終日ということになる。でも赤点をとるような補習対象者がたった4日で合格ラインまで学力アップできるかは、教える先生の側でも不安らしい。


 というわけで――


「はーい、じゃあこれから、明日のテストで使う問題用紙と回答を配りまーす。これと同じ問題が明日のテストに出まーす。これ以外の問題は出ませーん。明日までに全部憶えておいてくださーい」


 ということになっている。


 ここまでしてもらって合格できないようだったら、留年しても文句は言えない。


「憶えた?」

「憶えた」

「じゃ~あ~」


 今日も、いつもの部屋でご褒美だろうか?

 どきどきして、美織里の言葉を待つと。


「ご褒美は、明日ね――あたしの分は」


 スマホにメッセージが届いたのは、その直後のことだった。


 それから、今日は彩ちゃんとトレーニングするという美織里と別れ、僕は駅前に向かった。



 駅前から向かったのは、美織里が滞在している、いつものホテルだ。そしてこれもいつもと同じ部屋に入ると――


「……お疲れ様」


 部屋で待ってたのは、パイセンだった。


 パイセンからの『見せたいものがある』というメッセージに呼ばれ、僕はここに来たのだ。


 パイセンが僕に見せたかったものとは――一目瞭然で、聞くまでもなかった。


「……似合う?」

「すっごく似合ってる……可愛い!」

「本当に?」


 パイセンが着てるのは、僕の学校の制服だった。


「撮影で……さっきまで家庭教師の先生が来てたんだけど……合格後の自分をイメージしながらの方が勉強が捗るって言われて……言われて……」


 他の学校に比べてギャルっぽいと評されるうちの学校の制服の、襟元を恥ずかしげに抑えながらパイセンは。


「あの……本当に…………似合ってる? 変じゃない? 陰キャが『どうで……でしょうか……』なんて自信なさげを装いつつも内心は『実はあたしイケてるんじゃね』って自信満々な、被写体より写真から透けて見えるそんな心根の方が見苦しい自撮りみたいになってない!?」


「いや、そんなことは……ないと思うよ? うん! 可愛い!」


 信じられるだろうか――こんなに可愛い人と、来週、僕は結婚するのだ。


「その……この服……クリーニングに出すから、汚しても……いいって、言われて……るんだけど?」


 着衣のままの行為は、とても興奮したとだけいっておこう。

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