168.猫と僕らの結婚計画(前)
「その……この服……クリーニングに出すから、汚しても……いいって、言われて……るんだけど?」
そんなパイセンの言葉に理性を焼き切られて――
「ふふ……シーツも……服も……皺だらけだね」
気付くと、2時間が経っていた。
「光くん……ふふ……好き……好き」
あえて省略してるけど、パイセンの言葉と言葉の間には、キスしたり、パイセンが僕の指をしゃぶったりする音が挟まれている。
(どうしよう……部屋、めちゃくちゃになっちゃった)
パイセンの言う通り、ベッドはシーツが皺だらけになっていて、そこで何が行われたかは明白で、そしてそれに相応しい匂いが、部屋には充満していた。
問題は、このホテルが美織里の定宿で、この部屋に美織里が月単位で宿泊していることだ。
(美織里が……なんて思うだろう。恥ずかしい……申し訳ない……彩ちゃんやパイセンとのことは美織里も公認というか、むしろ美織里からは勧められてるんだけど、でもけじめというか、美織里が毎晩寝てるベッドで、美織里以外の女の子とこんなことをして、それで何もやましく思わないのは違うというか、そういう人間性の男が美織里と付き合うのは許せないというか、つまり僕は断罪されたがってるともいえるわけだけど、でも……でも…………)
後ろからパイセンを抱っこする姿勢でそんな懊悩に囚われてると、こっちに顔を向けて、パイセンが言った。
「みおりん、今日からマンションなんだよね?」
え? マンション?
「みおりんのお父さんが貰ったマンションがあって、そこに引っ越すって……聞いてなかった?」
「全然。美織里のお父さん……叔父さんが貰ったマンションって時点で分からないんだけど」
「みおりんのお父さんが持ってる土地があって、そこを売るかわりに最上階の部屋を貰ったって言ってた……みおりんのお父さんは住むつもりがなくて、賃貸に出そうって話になってたんだけど、でも、月曜日……ほら」
パイセンの話は、こうだった。
月曜日、美織里と彩ちゃんとパイセンは、僕のファンに悪さをしていた市川陽介という男を
それで火曜日から動き出し、水曜日には家具などの手配も終え、今日の午後、完全に引っ越すことになったのだそうだ。
「じゃあ、今日は彩ちゃんとトレーニングって言ってたけど……」
「引っ越しの手伝いだと思うよ? みおりんのチャンネルが更新頻度少なすぎてヤバいって言ってたから、動画にするんじゃないかなあ……あ、そういうこと? ヤバい」
「どうしたの?」
「いま、みおりんにメッセージ飛ばしたんだけど、みおりんが引っ越すこと、光くんには言っちゃだめだったみたい」
「え、どういうこと?」
「光くんには内緒で引っ越して、それで……『こういうマンションいいかも~ちょっと見てこうよ~』なんて言って光くんをマンションに連れてって」
「連れてって……どうするの?」
「『あれ、ここ鍵開いてるよ~』って言って、みおりんの部屋に連れ込んで」
「連れ込んで……うん。その後は?」
「『ねえ、ここでしない?』『え、でもここ人が住んでるんだよね?』『大丈夫大丈夫』『でも、住んでる人が帰ってきたら……』『大丈夫大丈夫』『でも……』『ほらほら、身体は正直だよ~』って感じで躊躇いながらも肉欲に抗えず興奮する光くんを楽しみたかった……ってことだったみたい」
「う、うう……」
いかにも美織里が言いそうなセリフと、いかにも僕がしそうな反応が織り込まれた計画は、頓挫して良かったとは思うのだけど……でも。
「惜しかったって、思ってる?……そういう体験、してみたかったとか」
と、パイセンに聞かれれば。
「……うん」
と、頷くしかなかった。
するとパイセンが。
「光くーん。光くーん。可愛い~。光く~ん」
とめっちゃ甘えてきて、僕らは場所を浴室に移し、再びいちゃいちゃしたのだった――最後までは、しなかったけど。
●
夕方になって、僕とパイセンは小田切さんと合流し、彩ちゃんの家に向かった。
●
「お疲れ~。んぐんぐんぐ」
「お疲れで~す。ごっきゅごっきゅ」
彩ちゃんの家に着くと、リビングでは美織里と彩ちゃんが、引っ越しの打ち上げをしていた。
「美織里も、お酒飲んでるの?」
「異世界では、15歳で成人で~す」
美織里の手にあるのはフルーツ系カクテルの缶で、その隣では彩ちゃんがジョッキのビールをあおっている。
「ぷは~。いいじゃないですか! 結婚するんですから!」
「いや、そういう問題では……」
「はいはい! パイセンも勉強お疲れさまで~す!」
「は、はい……お疲れさま」
なし崩し的に、僕とパイセンもコップを渡され。
「はいはい~。お疲れお疲れ~」
そこへ帰宅したばかりらしく、スーツ姿のお父さんがビールを注ぐのだった。
(今日は……何しに
そう思わざるを得ない状況で、何か忘れてたような気がして振り向くと。
「きゅきゅ~♪」
「や、やめてどらみん。やめ、やめて……」
リビングの入り口で、小田切さんがどらみんに突かれまくっていた。
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