175.猫の講義で新兵器(後)

 明けて水曜日――


「弁当を作ってよ。貝の小柱のかき揚げがいいな。それと海苔といんげんの天ぷらも入れて天丼にしてよ。甘辛い東京エスニックな感じで」


 さんごは、今日も美織里達のトレーニングに付き合って市営グラウンドだ。


 もっともトレーニングするのは美織里とパイセンだけで、彩ちゃんは学校の仕事。


 そしてその仕事を、僕も手伝うことになっていた。


 彩ちゃんが言った。


「じゃあ皆さん、お願いした書類を机の上に出してくださ~い。スキル検診の結果と、探索者登録の申し込み書、それから保護者の同意書……忘れた人はいますか~? いませんよね~」


 教室にいるのは、探索部の部員――その中で、まだ探索者証バッヂを持ってない生徒達だ。


 探索部17名のうち、未取得者は8名。


 今日は、彼らの探索者申請を行うために集まってるのだった。


「では春田君、書類を集めてください」


 机を回って、書類を集めていく。漏れがないのを確認して、名簿をチェック。幸い、書類に欠けのある生徒はいなかった――生徒は。


「は~い。保護者の同意書を忘れてしまいました~」


 手を上げたのは……


「蒲郡先生は要りませんよ~」


「あら~。そうなの~?」


 顧問の蒲郡先生だ。50代の女性なのだけど、最近スキルが生えたそうで、探索部の顧問に就任。生徒達と一緒に申請を行うことになった。


「じゃあ、春田君はそっちの4人をチェックしてください。私がこっちの4人をチェックしますから、終わったら交換しましょう」

「はい」


 集めた書類を、彩ちゃんと2人でダブルチェックする。


「え~と、山本君。申請書に親御さんの認め印はんこがありませんよ~。親御さんは、いま家にいますか~?」


「いま~す」


「じゃあ、家に帰って押してもらってきてくださ~い」


「は~い」


 朝から集まったのは、こういったミスを今日のうちにカバーするためで、全員の書類が完璧になったら、そのまま探索者協会に行って申請を行う予定になっている。


「はい、これで揃いましたね~」


 認め印はんこの押し忘れと記入漏れが1件ずつあっただけで、集まって1時間も経たず、協会に出発することになった。


 協会まではバスで行く予定……だったのだけど。


「あら~。ちょっと待ってねえ」


 校門を出たところで蒲郡先生が駆け出し、道の反対側に停まっていた車の運転手さんと話し始めた。


 そして、戻ってくると――


「あのね。あそこの車の彼、私が担任してた子なんだけど、仕事帰りで駅の方を通るんですって。それでね、お願いしたら乗せてってくれるってえ、言ってくれてるのよお」


 車はハイエースで、確かに、ちょっと詰めれば全員乗せられそうだった。


「(ぼそっ)どうかしました?」

「いや、その……」


 ハイエースの運転席にいる男性と、僕は顔見知りだった。相手も僕に気付いたらしく、顔を伏せる。


 男性は、祖父ちゃんの知り合いの反社の人の部下で、アワビや伊勢エビを密漁するときに、顔を合わせていた。


 でも、ここ最近はそんな機会もなくなっている。僕が探索者として名前が売れたことで、それを邪魔しないように、気を遣った反社の人が、接触しないようにしてくれているのだ。


 蒲郡先生に頼まれたとはいえ――どんな形であったとしても、僕と接触したのが分かったら、男性は怒られてしまうだろう。


 ここは――うん!


「じゃ、僕は走って行きますね! 協会の建物の前で待ってますから!」


 走り出すと僕は「割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト!」加速して、結果、ハイエースに乗ったみんなより、10分近く早く探索者協会に到着したのだった。


 ●


 みんなと合流すると――


「あら~。凄いわねえ。それってあれなの? それもスキルなの?」


 車より早く協会に着いてた僕に、蒲郡先生は興味津々だった。


「はい……スキルで、ちょっと工夫して」


「凄いわねえ~。私にも出来るかしらあ?」


「スキルを、2つ組み合わせているので……」


「そうなの? 私も頑張ったらスキルが増えるかしらあ」


「はい……増えるかもしれません」


「うふふ……じゃあ、がんばっちゃおっかな」


 同情したようなみんなの視線を受けながら、協会の建物に。事務所のあるフロアに上がると、受付で意外な人に出迎えられた。


「ああ……久しぶり、ですね」

「はい……ご無沙汰してます。弓ヶ浜さん」


 受付に現れたのは、僕が『新探索者向けダンジョン講習会』を受講したときの講師――弓ヶ浜きらりさんだったのだ。


 彼女はクラスC探索者だったのだけど、協会の受付にいるということは……


「職員になったんですか?」

「ええ。非常勤ですけど……正規雇用で」

「良かったですね」

「うん……ありがとう。ありがとう」


 涙ぐむ弓ヶ浜さん。無理もない。恋人が出来たと思ったら死んでしまったりして、大変な想いをしてきたのだから。


「ぐすん……ところで今日は――ああ、予約のあった申請ですね。こちらに部屋を用意してありますので中でお待ちください。申請の担当を呼んできますね」


 久しぶりに会った弓ヶ浜さんが元気そうで、僕は、ほっとした気持ちになったのだった。

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