174.猫と新たなもやもやと(前)
作法のレッスンをなんとか終え、僕は部屋を出た。
「(ちらっ、ちらっ)……」
並んで歩くマゼルさんが横目で見てくるのを、意識せざるを得ない。
練習的なもので心は入ってなかったとはいえ、裸を見たり見られたり触ったり触られたりしたのだ。
意識するなという方が無理だろう。
(ああ、でもこれ、美織里達にバレたら不味いよなあ……)
思いながら最初の部屋に戻ると、ガ=ナールと部下らしき若い人達が相撲を取っていた。
「ほら、残った残った~。残った残った~」
行事を務めているのは、彩ちゃんのお父さんである。
「ふんぬぬぬぬ……どわぁっ! どうだ! 私の上手出し投げは!」
ガ=ナールが若い人を投げ飛ばして勝ったところで、お父さんに話しかけた。
「なんというか……終わりました」
「そうか。ヤっちゃった?」
「ヤってませんよ! なんていうか……『見せつける』ところまでで」
「そうか。じゃあマゼル。ぴかりんはどうだった? うまくやれそう?」
「……はい(ぽっ)」
頬を赤らめて答えるマゼルさんは可愛かったのだけど『うまくやれそう?』というお父さんの問いかけに、僕は、引っかかるものを感じていた。
結婚式本番で『うまくやれそう?』という意味だと考えるのが普通なのだろうけど、その奥に別の意味が含まれていそうな気がしてしまうのだった。
「よ~し、次は俺だ~」
お父さんが相撲を取る側になって、行事はガ=ナールに交代。
自然と、僕とマゼルさんが2人で残されることになった。マゼルさんは、さっきまでのエッチな服から、露出の少ないドレスに着替えていて、普通に優雅で美しい女性になっていた。
でも……テーブルに用意されたお茶を飲んでると、ついちらちらと、既に布地に隠された彼女の胸や腰回りに目がいってしまう。
「うふふ……」
そんな僕の視線が、気付かれてないわけがないはずだ。やめなきゃと意識して。微笑むマゼルさんと目があうたび、視線を逸らして。でもそうしてもまた自然と、彼女の胸や腰に目がいってしまう。
「私の説明は、いかがでしたか?」
「はい、あの……分かりやすかったです……あ、そういうことか……」
どうしてこんな気持ち――ふわふわして、落ち着かない気持ちになってるのか、理由が分かった気がした。
キスを、していないのだ。
美織里ともパイセンとも彩ちゃんとも、最初は、まずキスからだった。エッチなことをするのは、キスして心を確かめあってからだったのだ。
でもマゼルさんとは、キスもせず、そもそも好きという気持ちすらなしに裸を見せ合い、触れあってしまった。
だから――気持ちの落ち着きどころが見付からないのだ。
気持ちもなしに触れあってしまって、心より先に行為だけがあって、それで、心をどうしたらいいのか分からなくなってしまっている。
(たとえば……僕とマゼルさんが)
僕とマゼルさんが、結婚したりすることになったら。
(うまくやれる――のかな?)
そんなことを考えてたら、またマゼルさんと目があって、今度は、マゼルさんが目を逸らした。
それから10分ほどそんな感じでいたら、衣装合わせを終えた美織里達がやってきた。
「うえ~い、凄いよ~? 結婚式の衣装! あ、そうか。光も知ってるんだ」
「え?」
「……光くんも、作法を教えてもらったんですよね」
「え?」
「『これから俺はお前を征服するのだ』~って。言ったんですよね~? 見せつけたんですよね~? 光君?」
「え? え? え? え?……どうして――どうしてそれを!?」
狼狽する僕に対する答えは――
「「「だって、教えてもらったもん。あたしも!」私も!」私達も!」
というもので、美織里もパイセンも彩ちゃんも胸を張り腰を反らせる『これから俺はお前を征服するのだ』のポーズをしてみせるのだった。
すると――
「美織里達も、作法のレッスンを受けたんだよ。彼女を新郎にしてね」
と、彼女――美織里達の案内役のローゼさんに抱かれて、さんごが現れた。
「もっとも、新郎を務めてたのは最初だけだったけどね」
「はい……途中からは、私が新婦になって……みなさん、とても素敵で――こんな殿方が本当にいたら……こんな殿方に娶られたら、どんなに幸せだろうかと……(ぽっ)」
そう言って頬を赤らめるローゼさんだけど……いやいやいやいや。
もう何がなんだか分からない状態で僕が狼狽えてると、美織里が言った。
「新郎の作法があったら、それにちゃんと反応する新婦の作法もあるわけよ。あたし達はそれを習ってたんだけど、途中から新郎役の作法を教えてもらったんだよね」
「え?……どうして?」
「え? 分かんない? 格闘技だってそうじゃん? 技を憶えるときは、防御のしかたも一緒に練習した方が上達早いじゃない――だから、新婦だけじゃなくて新郎の作法も学んで、攻防の両方を学んだってわけ」
「ああ、そう……そうなんだ」
もう何も聞かない方がいい……疲れた頭で、僕はそう判断した。
つまり僕がマゼルさんとどういうことをしたのか、美織里達も知ってるわけで……美織里達が、それについて思うところはないのかな……とか。
そういったことも、含めて。
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