41.猫と今後の方針について話しました
週が変わって月曜日。
とうとう、その日が来た。
美緒里が、僕の学校に転校してくる日が。
その日は、学校中がざわざわしていた。
なにしろ、あの『春田美緒里』が転校してくるのだ。
でもクラスの雰囲気は違って、ざわざわというより、どこかピリピリしていた。
理由は美緒里の弟の建人がいるというのもそうだし、なにより美緒里とのことで騒がれてる僕がいる。
ここまで触れてなかったのだけど、いま僕はネットで凄いことになっている、というか酷いことになっていた。
ZZダンジョンで救助された時、僕は意識不明のまま美緒里の胸に触れていて、その様子が何故か配信されてしまっていたのだ。配信は次の瞬間から転載され、切り抜かれ。僕が担架で運ばれながらそれでも美緒里の胸から手を離さない様子が、ショート動画になって全世界に拡散されることとなってしまった。
加えて、オヅマの件だ。
オヅマの配信から切り抜かれた『こいつと春田美緒里は(口をパクパク)していま~す』『これから(口をパクパク)っすか!? (口をパクパク)っすか!? (口をパクパク)っすか!?』という下劣な叫びと、白目を剥いた僕が美緒里の胸に触れた手をもにょもにょ蠢かす姿を合成した動画が金曜日の夜から拡散されて、土曜日の朝には、更にそこへヒップホップやアニソンをBGMに加えた動画が全世界で5000本以上投稿されていた。
(うん。忘れよう)
その事実を知って、僕はそう決意した。
というわけで、そういった経緯があった上での、クラスのこの空気だったのだが。
しかし当然というか、美緒里はそんな空気なんて関係なく、いつもの美緒里のまま、教室に現れたのだった。
「春田美緒里です。クラスA探索者で……そうね。現時点で皆さんにお話できる程度の内容は、だいたいWikiに書いてあるので、興味がある人はそっちを見てください。それから来月、石原草人って人の配信に出ることになってて、そこにいる春田光くんとのことなんかは、そっちでガッツリ話す予定です。まあ見れば分かることですし隠すつもりも無いんですが、正式なリリースが出るまではご内密にってことでよろしく――じゃ、そういうことで」
言い終わるなり、ずかずかと窓際最後尾の席に進む美緒里。一限目の休み時間までには、何故か僕の席もその隣に移動させられていて、それから昼休みまではあっという間だった。
そして、昼休みになると同時に。
「光、ジュース買ってきてよ」
言ったのは、美緒里だった。
「建人たちも何か飲む?――光にジュース買いに行かせてるんでしょ?」
お前が言うんか~い&知ってたんか~いである。
「お近付きのしるしに、今日はあたしが奢ってあげる。みんな遠慮しないで――ほら、あなたは? 牛乳? じゃあそこのあなた。オレンジジュースね。あなたは? ドクターペッパー。あなたは? あなたは? あなたは? あなたは?」
というわけで、クラス全員分の飲み物を買いに行くことになった。
「じゃあ、あたしも手伝ってあげる。建人とそこのあなたも手伝って」
買いに行くメンバーは、僕と美緒里と健人と、健人のグループの明菜さん。
驚いたのは――
「メガネ三つ編みの子の牛乳と~。メガネ小太りの彼の烏龍茶と~。メガネチー牛の彼のコーヒー牛乳と~。メガネ柔道部顔の子のオレンジジュースと~」
美緒里が、頼まれたジュースを全部憶えていたことだ。美緒里のことだから『ごめ~ん。なに頼まれたか忘れちゃった~。全員コーラでいいよね~』くらいの力技もあるかと思っていたのだけど。
でももっと驚いたのは、僕もまた、全部しっかり憶えていたことだった――探索者になった影響は、こんなところにまで及んでいたらしい。
買ったジュースを運びながら、美緒里が言った。
「健人、やっぱり
「うるせえよ」
突如始まった姉弟喧嘩に、明菜さんがフォローに入る。
「た、健人はそこがいいところだから!」
「明菜さん? あなたって健人の彼女? バカな弟だけどよろしくね~」
「え、彼女って。(ちらっと健人を見て)え、ええええ~。(ちらっ)彼女って(ちらっ)そんな~~~」
美緒里が、明菜さんを掌握した瞬間だった。
健人が、ため息を吐きつつ話題を変える。
「おい光。坂口さんがプロ連来いって言ってたぞ」
坂口さんは、僕と健人が通ってる格闘技ジムのオーナーで元プロ格闘家だ。
「うーん。行きたいけど、プロ連って午前中だよね?」
プロ連とは、プロ格闘家だけを集めた練習会で、ジムが営業してない平日の午前中に行われている。当然、学校がある僕が参加するのは時間的に無理なのだが――ひょいと振り返って、美緒里が言った。
「行けばいいじゃない」
「でも、平日だし」
「大丈夫よ――来週からならね」
「???」
美緒里の言ってることの意味が分かったのは、放課後になってからだった。
●
放課後――美緒里に連れられて訪ねた校長室。
「失礼しまーす」
「これはこれは春田さん」
「これはこれは校長先生――で、例の件ですけど」
「準備出来てますよお。山口せんせーい」
「ごほっごほっ」
呼ばれて出てきたのは、日本史の山口先生だ。
若くて身体が弱いという評判で、いつも咳をしてるのは煙草の吸い過ぎらしい。
「山口先生には、ダンジョン探索部の顧問をお願いしています」
「ごほっ。これが入部予定者のリスト……おええええええ」
そして、頻繁におえっとなるのでも知られていた。
●
「ダンジョン探索部――って?」
校長室を出てから聞いてみると。
「あたしが転入するってことで作ったらしいのよ。せっかく『春田美緒里のいる高校』になるならってことでね。ダンジョンの近くにある学校だと珍しくない。ほら、高校生の探索者って無茶するじゃない。バカがバカやって死ぬのは勝手だけど、学校側はそうも行かないから。生徒が死んだら責任問題になるじゃない? そこでダンジョン部を作って、スキルを持ってる生徒を全員入部させて
ダンジョン絡みの休みが、公休になるのだそうだ。
「探索は当然だけど、探索のための訓練で休むのも公休になる――さっき言ってた、ジムのプロ連なんかもね。まだ立ち上げでゴタゴタしてるだろうけど、来週には大丈夫でしょ」
なるほど、そういうことか。
小屋に帰ると、さんごにも賛成された。
「好都合じゃないか。いま君に必要なのは時間――道場や教室で具体性に訴える訓練を積む時間なんだからね。なにしろ君の光魔法は、未だ具体的な落ち着きどころを見つけていない」
「具体的な……落ち着きどころ?」
聞き返したところで、美緒里の注釈が入った。
「普通はね、具体的な感じにまとまっていくものなのよ。光の剣だったりとか、光の弾を放ったりだとか――そういう具体的な形を、あんたの光魔法は、まだ持っていない。スキルを喰ったりしたら、普通は喰ったスキルに引っ張られた形に変化するものなんだけど、それもない」
「美緒里の言う通りだ。つまり君の光魔法は、具体性に縛られるほどの――キャパを満たすだけの具体性を、未だ有していない。これがどういうことかというと、まだまだスキルが喰える――強くなる余地があるということだ。だから具体性に訴える訓練でスキルを生やし、それが喰われたら更に高度な訓練でまた生やし……そうすることで、そしてそれが続けられる限り、君の光魔法はいくらでも強化することが出来る」
「どんどん喰われるなら、どんどん生やせばいいってことね」
それで『具体性に訴える訓練』というのがどういうものかというと――以前説明を受けた時は熱々の豆腐を食べさせられたのだけど――料理や格闘技のトレーニングもそれに該当するらしい。
「どうせなら、剣術の道場にも通えたらいいんだけどね」
「古武術研究家ってのがいるらしいわよ」
「コンタクトは取れる?」
「協会経由で試してみる。ところでお料理教室の件は?」
「調理学校の夜間コースを考えてる。年齢制限が問題だけどね」
「いいわよ。そっちも協会に頼んでねじ込む――週末、協会に行く用事があるからその時に」
と、美緒里は言ったのだが、その必要はなかった。
翌々日の水曜日、学校に探索者協会の一ノ瀬さんが現れたのだ。
一ノ瀬さんは言った。
「『新探索者向けダンジョン講習会』を、やり直してほしいんだ」
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