34.猫はいないがダンジョンに潜る(11)~大団円&大草原。そして口噛み酒の謎~

「言ったでしょ? あたしが何とかするって」


 その声を聞いた途端、ぼやけてた視界が焦点を取り戻した。

 美緒里が、そこにいた。


『顔』の真上の宙に、サーフボードみたいな銀色の板に乗って浮かんでいる。配信で見たことがある。あれは、飛行用の魔導具だ。魔力消費が激しくて、クラスAの探索者でも乗りこなせないと聞いたことがある。


 美緒里の足元に小さなかたまり――「にゃあ」


 さんごだった。


 両手の人差し指を立てて、美緒里が言った。


「光。あんたのそれ、魔力酔い。魔力に含まれた雑味で脳が過負荷になってる――吸い上げた魔力を、バカ正直に身体に通す必要は無いのよ。魔力に触れるのは、これ・・くらいで充分」


 美緒里に、魔力が集まる。

 集まった魔力が、美緒里の人差し指にかすって向きを変える。


 そして、注ぎ込まれていく――美緒里の胸の前の、丸い結界に。

 稲妻のように、光をほとばしらせながら。


『ツ……ケタ……ミ……ツケタ……ケタ……ケタ……』


 止まらない声を聞きながら、僕は気付いた。

 いつの間にか、立ち上がってた自分に。


 それから、もうひとつ。


 視界の右端と左端に、さっきまでは無かったものがあった。

 右手と、左手。

 2本の、人差し指だ。


 美緒里がそうしているように。

 いや、美緒里を真似て。

 僕も、両手の人差し指を立てていた。


 そして、美緒里のように魔力を集め。

 美緒里のように、魔力を胸の前の結界に。


 でも美緒里ほどうまくは出来なくて、魔力の光のほとばしりは、いまにも結界を食い破って飛び出してしまいそうだ。


 そんな僕を見て、ちょっと驚いたような、なんとも言えない表情になって美緒里が言った。


「光。あんたって、本当にもう……本当に…………そうよ。それでいい。後は、どこにどう放つかをイメージして――『雷神槌打サンダー・インパクト』!!」


 ばちっ、と。


 美緒里のほとばしらせた光が、矢となって。

 再生しつつあった触手を、1つ残らず砕け散らかした。

 

「「「「…………」」」」


 絶句してる気配が、4つ。

 僕の背中を、みんなが息を呑んで見てる、そういう気配。


 赤松さん、ガルシアさん、山際さん、それから神田林さん――みんなに向けて、僕は言った。


「これで、とどめです」


 残るは、『顔』の本体だけだ。


『ケタ……ケタ……ツ……ケタ……ミ……ツケタ……』


 僕は、放った。

 

雷神……槌打サンダー・インパクト


 結界を壊しそうな激しさで、暴れる魔力を。


『ケタ……ケタ……ミ……ケタ……ケタ…………』


『顔』に向けて、まっすぐ前に押し出すように。


『タ……ミ……ケタ……ケタ……ミ……ミ…………』


 ゆっくりと、進んでいく。

 いまにも弾け跳びそうな、光の玉が。

 

『ミ……ミ……タ……ミ……ケタ……ケタ…………』


『顔』に、当たった。


『タ……タ……ケタ……タ………』


『顔』が、消えていく。


『ケ…………ケ………………………………………………………………………………………………………………』


 声も、消えた。


「春田!」

「ビカァル!」

「春田君!」

「春田さん!」


 再び、世界がかしいでいく。

 でもそんな世界を、まっすぐと。

 彼女が、駆け寄ってくる。

 僕は思った。


(ああ……僕は、あの子が好きなんだ)


 美緒里が。


「光! 大丈夫!? おっぱい触る!?」


 僕を抱きとめて、地面に横たわらせる。


 美緒里が。


 そして意識を失う寸前、最後に僕が見たのは、さんごの姿だった。


 さんごが、『顔』のいた場所に向かって歩いていく。

 そこには、鈍色で軽自動車くらいの大きさの、何かがあった。

 それは、何かに似ていた。


(あれだ……さんごの……さんごの……汎行機コッペパン…………)


 さんごの汎行機コッペパンに似てるんだと気付いて、同時に僕は意識を失ったのだった――手の平に、大きくて柔らかくて弾力のある、何かを感じながら。


 僕はまだ、知らなかった。


 この時の僕の様子が、美緒里のサーフボードのカメラによって何故か配信されてたことを。それがショート動画として拡散されることを。そして後日、また別のトラブルをきっかけに、更に拡散されてしまうことを。


 ●


432:名無しの探索者

意識不明な状態でおっぱい触ってるのワロタ


433:名無しの探索者

白目を剥きながら揉みしだいてるまであって大草原不可避


435:みおりん考察厨

公式声明が待たれますなあ……口噛み酒の件も含めて。


 ●


 それから僕は、ドクターヘリで運ばれて入院することになった。

 探索者協会が契約している、大きな病院だ。


 一週間の入院中に、明石さんが言ってた講習を受けた。


 講習が行われたのは会議室みたいな部屋で、ファストファインダースの6人もいた。

 部屋に入るなり、リーダーの尾治郎さんに声をかけられた。


「春田君だよな。今回は世話になった――ありがとう」

「いえ、そんな……本当に、復活してるんですね」

「おう。土を食ってな」


『顔』の攻撃で失われた尾治郎さんの手足が、復元して元に戻っていた。

 尾治郎さんは、強さだけでなく強力な再生能力でも有名だ。


「まあこんなに速く再生したのは『切り裂き姫』のおかげなんだけどな」


 照れたような、困ったような顔で尾治郎さんが言うと、誰かが呟いた。


「『口噛み酒』のな」


 病室に帰ると、ベッドでは美緒里とさんごが寝転がっている。

 病室にさんごが入れるのは、この病院が探索者協会の御用達で融通がきいたからだ。


「おつかれ~」

「ここは静かで清潔で快適だねえ」


 美緒里に、聞いてみた。


「ねえ美緒里。口噛み酒って……何?」


 すると美緒里が、びくりと固まる。


「……え”?」


 僕は思った。


 ああ、なんかやらかしたんだな、と。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


長かった今回の探索も、これで終わりです。

掲示板回とエピローグと章間のエピソードの後、第3章に突入します。


第3章では、初手から光と美緒里がいちゃいちゃします。


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