23.猫はいないがダンジョンに潜る(2)~ダンジョンは、歩くだけでも大変です~

 ダンジョンに着いてすぐ、30分の休憩となった。


 講師役の職員さんに装備のチェックをしてもらいながら、昼食をとる。

 昼食として配られたのは、探索者協会で推奨されてるエナジードリンクだ。


 講師役の職員さんは2人いて、衣笠さんと中西さんという、どちらも40歳くらいの男性だった。


「基本的にダンジョン内では固形物を食べないでくださ~い。以前に食べかすが原因でカビ系のモンスターがまん延した事例もありまして~。それと怪我した場合のことを考えてですね~。内臓破裂なんかした場合に、胃に食べ物が残ってると死んだりしま~す。ですので、ダンジョン内では基本的にゼリーやドリンクなんかで栄養補給して、出たゴミは持ち帰るようにしてくださ~い」


「「「は~い」」」

「はいっ!」

「はい」


 飲み終わったエナジードリンクの容器は、その場で回収する。

 容器はビニール製で、畳むとスマホの半分くらいの厚さになった。

 きっと、持ち帰るのを前提にしているからだろう。


 それから受付に行って、ダンジョン探索の申請をする。


「では順番に、探索の申請をしてくださ~い。探索開始時刻には12時30分、終了予定時刻には14時30分と書いてくださ~い。目的の欄には『初心者講習』と書いてくださ~い」


 氏名、探索者ID、探索の目的、開始時刻と終了時刻を端末に入力。この時点ではまだ、住所や緊急時の連絡先が空欄で残ってるけど、最後に探索者バッヂをかざすと全部埋まる。そして最後に『上記の内容で間違っていません』にチェックを入れて『申請』ボタンを押したら終わりだ。


 申請を終えると――がこん。受付の横のロッカーが開いて、そこには配信用ドローンが入っている。


「レンタル用のドローンで~す。帰りに返却するのを忘れないようにしてくださ~い。最悪、逮捕されま~す。ドローンの準備が出来たら~。座学の時間にインストールしたアプリを起動してくださ~い」


 スマホでアプリを起動すると、浮上したドローンが頭の斜め上に移動する。

 アプリの画面には、周辺のマップが表示されていた。

 それに重なって僕を示す青い点と、仲間を示す6つの緑の点。


「それではダンジョンにエントリーしま~す。最初に中西、それから皆さんがダンジョンに入って、最後にワタクシ衣笠がエントリーしま~す」


 ダンジョンのゲートに手を触れて、1人1人エントリーしていく。

 僕の順番は大学生グループの次で神田林さんの前。先日の洞穴でエントリーした時より抵抗が無いというか、違和感なく入ることが出来たのは、やはり正式のゲートだからだろうか。


 ダンジョンの中は、茶褐色の砂を固めて作ったような通路になっていた。


「それでは出発しま~す。スマホのマップを見るのは立ち止まった時だけにしてくださ~い。歩きスマホは危険で~す。ダンジョンの中ではもっと危険で~す。立ち止まるタイミングは、私が指示しま~す。立ち止まったらスマホを見て、マップを見て、映ってる情報を暗記してくださ~い。立ち止まっては憶え、立ち止まっては憶えで~す。立ち止まるタイミングで探索者としての腕の善し悪しが分かりま~す。今日は、私の指示するタイミングを学んで帰ってくださ~い」


 前を行く大学生グループから「マジか」「憶えるとか無理じゃね?」「なんか思ってたのと違う~」といった声が聞こえてくる。一方、後ろの神田林さんは「ブツ……20メートル先に脇道……ブツ……脇道パス……ブツ……ブツ…………」とひたすら呟き続けている。


「座学でも言いましたけど~、いまスマホに映ってるマップはドローンが作ってくれていま~す。探索者協会のデータベースにあるマップとカメラの映像を照合しながらリアルタイムで作っていま~す。カメラからの情報をAIが精査して、モンスターの出現なんかも皆さんが目で見る前に察知して教えてくれま~す。振動で教えてくれますから、スマホを見てなくても大丈夫で~す。だから皆さんは、スマホを見る時はマップを暗記することだけに集中してくださ~い」


 話しながら歩くのは体力を使うだろうに、講師の衣笠さんはまったく息を切らさない。

 生徒の僕らは、大学生グループが既にばて始めていて、神田林さんも息が荒くなっていた。

 初めてのダンジョンの緊張が、余計に体力を消耗させているのだろう。


 ダンジョンに入って30分くらい経った頃。


 道が大きく広がった場所で、休憩することになった。

 大学生グループが、倒れるようにしゃがみ込む。


「なんだこれ、キツすぎんだろ!」

「ただ歩いてるだけなのにどうして疲れるんだ~?」

「無理~。モンスターとか出ても戦えないよ~」


 神田林さんは、立ったままで前を睨みつけていた。

 腰に手を当てて息を整えている。


「すー……1,2,3,4……はー……1,2,3,4,5,6,7,8…………」


 そんなみんなを見てたら。


「チッ」


 舌打ちが聞こえて、見ると講師の中西さんだった。


「すー……1,2,3,4……はー……1,2,3,4,5,6,7,8…………(クイクイ)」


「え?」


 息を整える神田林さんが、僕に手招きしていた。

 近付くと、もっと近付けと顎で指示。


 更に近付くと、耳打ちで訊かれた。


「あなた、疲れてないの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る