24.猫はいないがダンジョンに潜る(3)~ドローン、墜落したってよ~

「あなた、疲れてないの?」


 神田林さんに訊かれて、僕は答えた。


「うん。あんまり――最近、鍛えてたからかなあ」


 スキルが生えてから、毎日走ったり、筋トレしたり、格闘技のジムに行って2時間ぶっ続けでスパーリングしたりしていたのだ。それと光魔法のサブスキルの『肉体再生』が合わさって、僕の体力は以前と比べ物にならないほど向上していた。


「み、みおりん……春田美緒里さんにトレーニングしてもらったの?」

「うん。美緒里にもね、ちょっと教えて貰った」


『肉体再生』をレベルアップさせるためということで、美緒里が僕をつねったり、お尻を叩いたり、首筋を強く吸って痣を付けたりしていたのだけど、詳しくは言わない方がいいだろう。


 こころなしか非難がましく見える目を僕に向けながら、神田林さんが言った。


「疲れてないからよ」

「え?」

「あなたが疲れてないから、講師がイラッときてる」

「…………」

「この講習は、ダンジョン探索がいかに大変か初心者に思い知らせるためにやってるの。緊張して頭を使いながらだと、歩くだけでも凄く疲れる――それを思い知らせるためにやってるのに、あなたは全然疲れてない」

「それって……考えてないって思われてるってこと?」

「そうよ。何も考えずにただ歩いてるだけ。だから疲れない――この講習を舐めてると思われてるのよ」

「そんなぁ……」


 マップを暗記する必要性は美緒里にも教えられていて、だからさんごを相手に小屋にあった麻雀パイを使って練習したりしていたのに!『器用』とか『指先透視』とか『瞬間記憶』とかのサブスキルを生やしたりしていたのに!『大四喜字一色十枚爆弾』とか出来るようになったのに!


「とにかく、講師の印象は最悪だと思う。あなたの場合『どらみんチャンネル』の件もあって悪目立ちしてたりするから――でもいいんじゃない? 今日1日、冷たい視線に耐えればいいだけなんだから。ところで、あなたの探索に同行するのって――」


「はーい、休憩終わり。装備をチェックしてくださ~い」


 休憩が終わり、探索が再開される。

 もっともダンジョンを出るまでは、休憩時間もそれ以外も全部探索なんだけど。


「「「「…………」」」」


 休憩時間の後は、みんな無口になった。

 モンスターと戦ってみたいとか、そういう欲が消えて、ただ今日を乗り切ることだけを考え始めたからなんだと思う。


 僕もそうだった。


 講師の2人に対して『真面目に講習を受けてる』アピールをしようにも、アピールの仕方が分からない。

 神田林さんに言われた通り、冷たい視線に耐えて、淡々と今日を終わらせるしかない。


 でも、そう考えれば考えるほど。


 休憩前には感じすらしなかった『冷たい視線』ってやつが気になって仕方なくなってしまうのだった。


 ●


 でも、後になって思えば。

 そんなことで心悩ませてたこの時は、まだマシだったと言うしかない。


 ●


 異変のきっかけは、衣笠さんのこの一言からだった。


「は~い。みなさん止まってくださ~い。こっちに集まって~」


 みんなで、衣笠さんを囲む。

 壁に穴が空いて、突然のように脇道が現れてる場所だった。


「ここに脇道がありますね~。マップでは30メートルくらいで行き止まりになってますけど、その後変化があって、更に奥まで進めるようになってるかもしれませ~ん。でもいきなり入ってくのも無用心ですし、以前と変わらず行き止まりのままだったら無駄に体力を消耗することになりま~す。そんな時は、ドローンをこういう風に使いま~す」


 衣笠さんがスマホを操作すると、ドローンだけが脇道に入っていった。


「こうやってドローンに調べさせるんですね~。カメラの情報と過去のデータを比べて変化が無いか確認してま~す。同時にモンスターがいないかも調べてますね~。過去のデータしかない部分はマップで黄色く表示されてますけど~、ドローンがチェックした後は緑色に変わっていま…………あれ?」


 衣笠さんが、言葉を途切らせた。


「あれ? あれ~。変だなあ。あれ~~~あれあれ?」


 みんなが注視する、衣笠さんのスマホ。

 その画面で、異変が起こっていた。

 大学生の、誰かが呟く。


「行き止まりじゃ、なかったんだっけ?」


 マップで黄色く表示されてるのが、過去のデータから描かれてる部分。

 緑が、ドローンにより安全が確認された部分だ。

 しかし、脇道の黄色い部分がすべて緑に変わっても。

 更に緑の部分が増えていた、というか伸びていた。


 つまり。


「あれ? 昨日取ったデータなのに、もう道が伸びてるって……あれれれれ?」


 行き止まりの先に、更なる道が現れたということだった。


「ちょ、ちょっと待って待って怖い怖い怖い……」


 衣笠さんが、もう1つスマホを取り出してアプリを開く。

 そこに映ってるのは、ドローンのカメラが撮影している、リアルタイムの映像だった。


 再び、今度は別の大学生が。


「道じゃん。あるじゃん」


 ドローンが進む。

 その先に道がある。

 ライトの光を強くしながら、ドローンが更に進む。


 やがて。


「ああ、行き止まりだ。ちょっとデータがおかしかったのかもしれないですね~」


 衣笠さんが、安堵した息を漏らす。

 映像は土壁――道の行き止まりを映し、マップの脇道もそこで止まっていた。


 しかし。


 ばきん。


 そんな音が聞こえた気がした。

 ドローンの映像が回転し、乱れる。

 突然現れた何かに、ドローンが弾き飛ばされたのだ。

 でも思考が、そんな答えを出すより早く。


 カメラは、映し出していた。


 闇に光る赤い目を。

 ぬたぬたと光る白い牙を。

 ちろちろと揺らめく焦げ茶色の舌を。


 ばきん。


 再び、そんな音が聞こえてきそうな映像の後。

 それ・・を映していた画面は黒一色となり、見つめる僕らの顔を反射していた。


 そして――神田林さんが呟く。


「…………赤」


 マップでは、さっきまで緑だった脇道が、赤に変わっていた。

 更には脇道だけでなく、僕らがいる一帯も。


 赤が何を示すかは、考えるまでもなかった。


 中西さんが言った――ここまで一言も話すことなく、僕に舌打ちするくらいだった中西さんが、今日、初めての言葉を発した。


「これ、ヤバいで」


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お読みいただきありがとうございます。


ダンジョン探索は今週日曜日に投稿する分で終わる予定です。

その後はエピローグと章間のエピソードを挟んで第3章に入ります。

アニメでいうと1、2章が1期。3、4章が2期って感じに思ってます。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

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