02-藤間透が最低で何が悪い

02-01-そんな安っぽい罠は俺に通用しねえんだよ

 あー……。

 学校爆発してねぇかな。


 朝、布団のなか。

 どうしようもない自分の独り言で目が覚めた。


 頭に手をやると、寝ぼけた頭でも寝癖がひどいことがわかる。これ、跳ねすぎでしょ。

 枕元にある携帯端末──ギアを手に取って、名残惜しみながら布団を抜け出した。


 スティックパン (さつまいも)をはぐはぐしながら制服に着替え、ぱっさぱさになった口内を一度ゆすいでから歯ブラシを突っこむ。


「んあー……」


 ……歯磨き粉つけ忘れた。


──


「お、おはよう……」

「…………おう」


 通学路。学校まであと五分といういつもの場所で、灯里伶奈あかりれなと遭遇した。

 俺の素っ気ない返事にも灯里は顔を明るくして、やはり俺の足音についてくる。


 出くわすのがいやなら、時間をずらせばいいのに──そういうふうに考える諸兄もおられるのではないだろうか。


 しかし駄目。なぜなら俺は朝が致命的に弱い。そんな状態だから灯里のことなんて脳内に無いし、そもそも脳内に灯里がいたとして、俺が時間をずらさなければいけないというのもしゃくだ。……こんなだから陰キャなんだよなぁ……。


「藤間くん、いいことあった……?」


「……は? ないけど。なんで」


「なんとなくそんな気がしたから」


 なんだよなんとなくって。それって適当すぎない?


 いぶかる俺に、灯里は数歩足を早めて横並びになる。こいつなにやってんの?

 俺の胡乱うろんげな視線をものともせず、灯里は「えへへ……」とはにかんでみせた。

 角を右に曲がる。左にいた灯里は俺よりほんの少しだけ大回りして、俺の左に再び並んだ。


 面倒くせぇ……。


 足を早めて灯里の前に移動する。


「ぁ……」


 灯里は察して俺の右に並んだ。


「私……歩道側、譲ってもらうの、はじめて……。うれしい、な。えへへ……」


 灯里の弱々しい声は、ほんの少しの熱を帯びて春空へ溶けてゆく。

 恥じらいながら両手で持ったカバンも、楚々とした黒髪も、ほんのりと朱に染まった顔も、いじらしい言葉も、男を惑わすには十分な要素を内包している。


 だが言ったろ? 相手は選べって。

 俺はもう、そんな期待はしない。


「……」

「……」


 言葉なんてない。

 かけてやる言葉もなければ、かけてもらう言葉もいらない。


 通学路。

 ただ同じ目的地だから、ただ同じ道を歩むだけ。


 そこにはなんの感情もない。


「……なあ」

「は、はいっ!」


 ないのに、面倒くさがりの性格が口を開かせる。


「こんなこと頼めた義理はねえんだが……ん……やっぱいいわ」


 本当に頼めた義理なんてねぇ。

 いくら面倒で、灯里のほうがまだマシだろうと思っていても、こいつらから見れば俺は虫螻むしけら


 キモくてゴミ拾いをする虫螻だもんな。


「えっ、なに? 私にできることならなんでもするから教えて?」


 ん? 今なんでもするって言ったよね? ……そんなネットスラングを返しかけて、通じるのはアッシマーくらいしかいないだろうと勝手に思い、口をつぐんだ。


「……」


 横並びで歩きながら、楚々と俺を見る灯里。なんで俺は喋っちまったのか。やっぱり口は災いの元だな、とため息をついて、


祁答院けどういん。クラスに着いたら、あいつを呼んでくれねえか」


「祁答院くん? 祁答院くんを藤間くんの席に呼べばいいんだよね? うん、わかった」


 自分で呼べば事足りるのに、どうして灯里にわざわざ頼むのか。

 祁答院の周りに居るイケメンBとCが鬱陶しいこともあるが、やはりこの沈黙が耐え難かったのかもしれない。


 だってしょうがないだろ、陰キャなんだから。

 陰キャってのは、気をつかいすぎるきらいがあるんだよ。


「もしかして、それだけ?」


「あ? ……お、おう」


「えぇー……」


 なんだか勝手に残念がられた。

 まるでボス戦に備えてせっかくレベルも装備も属性も合わせたのに、ボタン連打で瞬殺だったときのような声。だめだ、この例えがすでに陰キャだわ。


「伶奈ー! おはよ……ってあちゃー」


 背中から灯里にかけられる声。ゲロクソビッチだ。

 なんだよそのあちゃーって。俺がいたらそんなにいやかよ。


「おはよう亜沙美あさみちゃん」


「ご、ごめん伶奈、邪魔するつもりじゃ」


「亜沙美ちゃんちょっと……! しー……!」


 灯里は二歩ぶんほど止まって、亜沙美ちゃんというらしいゲロクソビッチに並びを揃える。


 つーかちょっといい? しー……! とか言ってるけどさ。

 声は口から前に出るの。耳は後ろの声を拾うの。だからお前らがこそこそしてる話、モロ俺に聞こえてるからね? 聴かなくても聞こえてるからね?

 しかしまあ、残念だったな。こそこそしなくても、俺にはとっくにバレてるんだよ。


 ようするに、灯里伶奈を使って、俺がドギマギしてるところを写真にでも収めるつもりだったんだろ?


 もうすこし、ってところでビッチが声を掛けてしまい、それを"邪魔"してしまったってわけだ。


 灯里の反応は『しー……! 計画がバレちゃうから!』といったところだ。


 馬鹿ども。

 俺にそんな安っぽい罠は通用しねえんだよ。


──


「やあ、藤間くんおはよう。伶奈から聞いたよ。どうしたんだい?」


 教室に着いて二分。キラキラオーラを撒き散らしながら、祁答院が俺の席にやってきた。その後ろには灯里と、なぜか亜沙美ちゃんという名の金髪ビッチの姿もある。


「悪い、呼び出して。本当なら俺が行くべきなんだが、お互い無駄にストレスを溜めたくはないしな」


 祁答院は少し困った顔になった。イケメンBとCの事だとすぐに理解したのだろう。しかしすぐ苦笑に変え、


「構わないよ。……俺もなんとかしたいと思ってるんだけど、なかなかね。今日は彼らのことかい?」


「違う。……以前アルカディアで、モンスターの意思を探してるって言ってただろ?」


「うん。……ごめん、まだ見つかっていないんだ」


「いや、あれもういいから。悪いな。考えることも多いだろうに、気をつかわせちまって」


 彼らが実際気をつかったのかどうかはわからない。しかし俺は心で膝を折り、祁答院に頼んだことは事実なのだ。


「そうだったのか。良かったじゃないか藤間くん……! 手に入ったのかい?」


「ぇ……。あの、それはまだ……っスけど」


 え、ちょっとなにこれ予想外。

 祁答院悠真けどういんゆうまはまるで自分のことのように喜んでいる。……え、なんで?

 つーか思わず敬語になっちゃっただろ!? 陰キャはこういうのに弱いんだって! 苦手属性くらい覚えとけ!


「まだ?」


「あー……。その、売ってもらえることになった。だからもう大丈夫だ」


 昨日リディアと約束した。明後日までに5シルバーを集めて"あの"コボルトの意思を手に入れると。


 俺からすればきざし。

 どうしてもほしいものが、5シルバーという底値で手に入るのだから。


「藤間くん、訊いてもいい?」


 祁答院の後ろにいた灯里が控えめな声で問うてくる。


「もらうんじゃなくて、買うの? ……いくらで?」


 え、あれ? なんだよこの空気。

 なんでお前らが困ったような顔をしてるんだよ。


「5シルバー」


「高っ……。あんた、それぼったくられてんじゃないの?」


 灯里の隣にいた金髪ビッチまで口を出してきた。そのせいで変な声を出してしまう。


「あ、その、こ、これでも底値なんだよ。市場を見た感じ、5シルバーちょっとから8シルバーで売られてるからな」


「ふーん……そーなん? 5シルバーっつったら、新しい装備一式買えるくらいの金じゃん……」


 ビッチの疑いを含んだような低い声と同時にチャイムが鳴り「じゃあまたあとで」と三人が離れていく。

 助かった。これ以上のパリピとの会話は俺には無理だ。三人の誰も気がついてないみたいだけど、知ってる? この席めっちゃ注目されてるからね? クラスの耳目を集めてるからね? つーか「またあとで」ってなんなの? 話は終わっただろ?


 いったいなんなんだよ。アルカディアでの夜、俺たちは壊滅的に決裂したはずだろ? なんで毎朝ついてくるんだよ。いまの会話は祁答院を呼んだ俺が悪いが、なんか普通に喋ってていったいなんなの?


 悶々としつつ、なんとなく全員が席につくのを眺めていたら、灯里の後ろの席に座るアッシマーがじっとこちらを見ていて、目が合うと「ふにゃー」と破顔させて手を振ってきた。


 馬鹿お前そういうのやめろよと手の甲で追い払うと、灯里伶奈が「えっ? えっ?」と俺とアッシマーに視線を泳がせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る