04-11-サシャ雑木林

 サシャ雑木林という名前のダンジョン──その階段を下りると、摩訶不思議な光景が広がっていた。


「あれ? いま階段下りたよな? なんで?」


 薄暗い階段を下りきると、当然地下へ行くよな。なのに、そこには不揃いのいろいろな樹木が並ぶ、その名の通り雑木林があったんだよ。

 緑だけならわかる。しかしそこには空もあって雲もあって、ご丁寧に太陽までが俺たちを燦々さんさんと照らしている。


「はわわ……どんな仕組みなんですかぁ……」

「すごい……人工太陽?」


 俺たちが驚いていると、ダンベンジリのオッサンが興味深げに声を掛けてきた。


「坊主たちの世界のダンジョンには太陽がないのか?」

「そんなことはないダンベンジリ! ガハハハハ! ダンジョンに太陽がなかったら屋外ダンジョンはずっと夜じゃねえか!」

「そうは言っても、ワシは聞いたぞ? 勇者のいる『異世界』にはダンジョンがないそうだ」

「そんな世界あるわけねえだろサンダンバラ! ガハハハハ!」


「「「「「ガハハハハ!」」」」」


 いやガハハハハって言われても、ふつーにダンジョンなんてないんですけどね。つーかサンダンバラってすげえパワーネームだよな。この名前だけは多分忘れない。


 どうやらダンジョンには屋内ダンジョンと屋外ダンジョンがあるらしく、林や森といった屋外ダンジョンではダンジョンの外と同じように時間で太陽の浮き沈みがあるそうだ。

 どういう原理なのか訊くと「そういうもんだ」と返された。そういうものらしい。


 ぶっちゃけここにいると自分がダンジョンの中にいるか外にいるのかわからなくなってくる。それくらい普通の雑木林だ。


 ダンジョン内で行軍を開始して5分。

 澄んだ水が湧く泉を発見するとリディアが、


「ここを採取の拠点にする。ここを中心に500メートルは絶対にあんぜん。60分後には帰還するからここにあつまって」


 そう言いながらまたもや杖を構え、白い光が何体ものモンスターを運んできた。

 飛行型のモンスターが多い。グリフォン? 大きなコウモリ? さっきいたサンダーバードもいる。 

 そのなかでも気になったのが、ダルマティカというのだったか、ギリシャ神話の女神の彫刻がよく身につけているローブを羽織った、鳥の翼を持つ女性。


 ハルピュイアという種類のモンスターらしいんだが、露出の多い服から見える豊満な肢体を俺に見せつけるようにして、ウインクまで流してから翼を羽ばたかせて周囲の偵察へと向かっていった。



「ねとられ」


 リディアの言葉にぎょっとする。そうして見た顔は、どこかむくれていた。


「みんな透を気にしてる。いつもはわたしの命令をきくだけなのに、みんな透のことが気になってしかたない。…………わたしの召喚モンスターなのに」


「考えすぎじゃねえのか」


「じゃあそれはなに」


 リディアの言うそれとは、俺の隣に鎮座し、身体に頬をこすりつけてくるリアムレアムのことである。


「離れたくないんだってよ。いいんじゃねえか、こいつがいてくれたら俺たちも安心だし」

「きゃんきゃん!」


「ぐぬぬ」

「ぐ、ぐるぅ……!」


 身体全体で喜びを表現するリアムレアムに対し、リディアとコボたろうは悔しそうな声をあげた。


「リアムレアム、めいれい。いますぐ周りを偵察してきて」


「くーん」

「えー」


「リアムレアムはともかくなんで藤間くんまでいやそうな声を出してるんですか!? 空気読んでくださいよ!」


 アッシマーの咆哮が木々を揺らした。リアムレアムは悲しそうに「くぅーん……」と鳴いて、俺のほうを四度(よたび)も振り返りながら、とぼとぼと林の奥へと消えていった。


 俺はリディアにジト目を向ける。


「つーか、なにが『召喚モンスターに自我はない』んだよ。めちゃくちゃあるじゃねえか。見たろいまのリアムレアムの寂しそうな顔」


「あんなかお、はじめてみた。透はほんとうにふしぎ」


「俺が不思議なんじゃないと思うんだけどな」


 リディアの困惑したような視線は、リアムレアムがいままで居座っていた俺の右隣を占拠したコボたろうに釘付けである。


「それより、もう始めようぜ。俺はマンドレイクをとればいいんだよな? アッシマーと灯里はどうする?」


「可能ならマンドレイクのお手伝いがしたいですっ」

「私はコボたろうといっしょにエペ草を採取してるね」



 ダンベンジリのオッサンたちホビット八人はとっくに嬉々として採取に励んでいる。

 俺も頑張らねえとな。


──────

《採取結果》

──────

16回

採取LV3→×1.3

20ポイント

──────

判定→E

マンドレイクを獲得

──────


「むっず!」


 針葉樹の根にある採取スポットをタッチすると、今までとは採取の仕組みがやや違った。エペ草やライフハーブの場合は眼前に縦横1メートルほどの正方形の採取スペースが現れ、その中に出現した光をタッチしていくんだが、


「くっ……あれ、どこいった? ……くっそ後ろかよっ……!」


 マンドレイクは周囲。俺を中心に半径1mほどの円の中に現れる白い光をタッチしなきゃいけない。だから正面だけでなく、横も後ろも気にしなきゃいけない。そのうえ──


「うおあああ、どこだよどこだよ……。横にも後ろにもねえよ…………」


「藤間くん、正面の木!」

「があああっ!」


 採取スポットが木の根元ということで、正面に屹立きつりつする針葉樹の幹にすら白い光が現れることもある。灯里の声に反応し、ついた両膝の片方を上げ、半立ちで腕を伸ばしてやや乱暴にタッチする。


──────

《採取結果》

──────

20回

採取LV3→×1.3

 ↓

26ポイント

──────

判定→E

マンドレイクを獲得

──────


「はっ……、はっ……! マジかよ……!」


 翻弄され続ける60秒だった。体力の消耗が激しい。

 採取の範囲もそうだし難しさもそうだが、スキルが無いのがつらい。

 砂浜でも草原でもないから【草原採取】【砂浜採取】【砂採取】のスキルが何ひとつ機能しないのだ。


 ちなみに俺の苦戦を見たアッシマーは早々にマンドレイクを諦め、ライフハーブの採取に取り掛かっている。


 近くの木を見れば、リディアがマイペースにのろのろと採取をしていた。あれじゃ絶対X判定だろ。いつもどうやってマンドレイクを入手してるんだ?


──────

《採取結果》リディア

──────

 6回

 採取LV4 (+2)→×1.6

 林採取LV1 (+2)→×1.3

 植物採取LV2 (+2)→×1.4

 マンドレイク採取LV1 (+2)→×1.3

 ↓

 22ポイント

──────

 判定→E

 マンドレイクを獲得

──────


「ふー」

「ずっっっっりぃ!」


 なんだよその豊富なスキル! あとなんで全スキルが+2されてるんだよ! スキル補正全部合わせたら3.78倍なんだけど! しかもこのリディアの「ひと仕事終えました」みたいな顔! 結果は俺と同じだけど一分で六回しかタッチしてないからね⁉


「採取はにがて。透やみんなはすごい」


 リディアは、相変わらずあざとく「うんしょ、うんしょ」とライフハーブを採取しているアッシマーへ目をやり、


「がうっ!」

「負けないっ……!」


 競うようにエペ草をとっているコボたろうと灯里を見つめた。


「ほんとうにコボたろうが採取してる」


「まだ疑ってたのかよ」


「だって、信じられなかったから」


 べつに俺やコボたろうが疑われていたわけじゃなくて、召喚モンスターが採取をするということがそれほど有り得ないってことらしい。コボたろうを目にしたホビットたちも口をあんぐりと開けている。


 それを横目に、再び木の根っこに視線を戻す。

 人間の下半身のような形をした茶色の植物マンドレイク。


 薬湯の売値は一本24カッパーだが、薬湯とマンドレイクを調合して『マイナーヒーリングポーション』にすれば単価は45カッパーまではねあがる。


 ここにいるのは休憩も含めて一時間の予定だ。次はいつ来られるかわからない。SPを気にしながら、これを最低30本……いや、40本は集めて帰りたい。


 今日明日だけのことを考えるなら、近場で薬湯の素材を集めていたほうが稼げるかもしれない。


 でもここで採取の経験を積むことで、俺がリディアみたいに【林採取】【植物採取】【マンドレイク採取】といったスキルを習得し、マンドレイクを二本、三本と一気に採取できるようになれば、俺たちは稼ぎの壁を一枚越えられる。


「ここが踏ん張りどころだっ……!」


──────

《採取結果》

──────

22回

採取LV3→×1.3

 ↓

28ポイント

──────

判定→E

マンドレイクを獲得

──────


 採取は反射神経や瞬発力、技量が試される。

 だが俺は、ずっと採取をしてきたから知っている。


 採取が覚えゲーの要素も含まれていることを。


「透、すごい」


──────

《採取結果》

──────

 24回

 採取LV3→×1.3

 ↓

 31ポイント

──────

 判定→D

 マンドレイク×2を獲得

──────


「っしゃあ……っ!」


 パターンを覚えながら、すこしずつ前進する。



 一見、全然関係ないことのように見えるが、これは必要なことなんだ。


 胸に漠然ばくぜんと抱く希望……。


 底辺が成り上がり無双する。

 そのために。


 ……。


 …………?


 そこで生まれた、今更な疑問。



 俺はなぜ、異世界アルカディアで無双などと、こんなにも大きなまぼろしを追い続けているのだろうかと。

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