04-10-美しき野性、リアムレアム

 リディアを先頭に俺、コボたろう、灯里、アッシマー、そしてダンベンジリのオッサンを含む八人のホビットという大パーティは、エシュメルデ草原を南下していた。


「あ、あう……」

「はわわ……」


 これだけの大人数になり、灯里とアッシマーが小さくなっている──その一因は俺にある。


「やぁまぁを見ぃ~れぇば採取をし~」

「うぅみぃを見ぃ~てぇも採取をし~」

「「「「「「「「ぁよいしょ!」」」」」」」」


 よいしょ! じゃねえっての……。

 高らかな歌、突き上げる拳、愉快そうな表情。彼らの本質はどこまでも陽気なのか、さっきからずっとこんな感じだ。


「なあリディア、こんだけうるさかったらモンスターに見つかったりして危険なんじゃねえのか」


「へいき。周囲に気配はない。それにわたしはいま三体のサンダーバードを召喚して、上空から警戒させている。このあたりのモンスターが彼らの目をかいくぐってわたしたちをおそうことはむしろ不可能」


 空を見上げると、たしかに三羽の黄色い鳥が翼を羽ばたかせて上空を旋回している。遠近がわからないせいで大きさはよくわからないが、なるほどあれがサンダーバードか。


「う~ちに帰って調合し~♪」

「い~ちに~ち終わ~ってあ~おる~酒~♪」

「「「「「「エール!」」」」」」

「ウイスキー!」「ウォッカ!」


「歌うのはいいけど合いの手ちゃんと合わせてくんねえかな!? ウイスキーとウォッカのオッサン、我慢してエールって言ってくんねえかな!?」


 つーかこの世界、エールもそうだけど、ウイスキーとかウォッカもあるんだな……。

 まあ異世界との交流が始まって長いらしいしな。酒のことはわからんけど。


 八人ものオッサンが俺たちを囲むようにして楽しげに歌っている。さぞかしむさ苦しくて汗臭いイメージがあるだろう。


 しかし、ホビットは違う。

 彼らは無類の綺麗好きで、さっきから爽やかないい匂いが半端ない。


「自信、なくすなぁ…………」


 JKの灯里が落ち込むくらいオッサン達からいい匂いが漂っている。彼らが口を開くたび、爽やかなうえ上品ささえ感じられる薔薇の香りが漂うのだ。なに、こいつら全員Y〇SHIKIなの? なに食ったらそうなるの?


「モンスターなんかこ~わく~ない~♪」

「そん~なワ~シら~がこ~わい~のは~♪」

「「「「「「「「カミさん!」」」」」」」」


「それどう考えても満場一致したらヤバいやつだろ」


 奥さんがいちばん怖いとか大阪のオヤジかよ。現実もアルカディアも男女平等を訴えすぎて女尊男卑じょそんだんぴが進みすぎてるんじゃないの?


 そうして放歌高吟ほうかこうぎんのなか、歩くこと10分ほど。相変わらずの大平原だが草の背が高くなってきて、なるほど以前にちらりと聞いたとおり、脇に生える樹木の種類が変わってきた。ここまでは広葉樹しか見なかったのに、この辺りから針葉樹の姿も見かけるようになってきた。


「あの白樺みたいな木の下にある採取スポットでマンドレイクがとれるのか?」

「そう。でもこの辺りはとれる量がすくない。もうすぐ目的地につく」


 騒々しい一行が進むことさらに五分。


「ついた」

「着いたって……えぇ…………」


 そこにあったのは雑木林というよりも、三本の木だった。

 正面に広葉樹。左右に白樺の針葉樹。


 そしてその雑木三本に囲まれるようにして、土でできた『地下への階段』が俺たちを飲み込もうと、深い闇を湛(たた)えている……。


 え、なに? 雑木林なんでしょ? なんでリディアは地下への階段を指さしてんだ?


「サシャ雑木林って、ダンジョンだったんだ……」


 灯里が階段の奥にある深淵しんえんを見つめながら、木製の杖──『☆マジックボルト・アーチャー』を握りなおす。


「そう、ダンジョン。でもへいき。よわいモンスターしかいないから」


「いや多分俺たち、リディアから見て弱いモンスターでもあっという間にやられるぞ」


「いったはず。モンスターはわたしがけちらすと」


 リディアが白く細く美しい手を掲げると、上空を舞っていた三羽のサンダーバードが黄金の翼を羽ばたかせて一斉に降りてきた。


「「「ひっ……!」」」


 ホビットから悲鳴があがる。


 距離が遠くてわからなかったが、降り立った三羽はどれも体高3mはあろう巨体。実家のインコとは違う鋭い目。金色こんじきに煌めく長いくちばし。黄色の体毛の上を電流がほとばしっていて、まるで電撃の鎧のようなオーラをまとっている。


「おつかれさま。かえりみちもよろしく」


 リディアのそのひとことだけで、サンダーバードたちは白い光に包まれて消えてゆく。


 そして、


「きて。リアムレアム」


 いつの間に持っていたのか、派手な装飾のたくさんついた銀杖ぎんじょうを灯里のように水平に構えたリディアは、突き出した女性の象徴の前に魔法陣を出現させる。


 集まる白い光。収束する純白の煌めき。


 ──すげえ。

 俺がコボたろうを召喚するのとはスケールが違う。


 皆が眩しさに目を逸らすなか、俺はむしろ釘づけだった。


 美しすぎるリディア。

 そして、美しすぎる輝き。


 俺の胸を高鳴らせるものは、リディアの力に重ね合わせた俺の可能性だった。


 これが少年漫画なら、俺はリディアを『師』と呼び、傍にはべろうとするだろう。


 しかし残念、俺はただの陰キャ。


 だから、そんなことはしない。


 そのかわり、目に焼き付ける。


 俺より格上の召喚を。

 俺が追いつくべき召喚を。



 ……そして、俺が追い抜くべき召喚を。



 召喚士が陰キャで何が悪い。



 こんな近くで高位の召喚を見られる機会なんて、そうそうないだろっ……!


 燦然さんぜんたる煌めきをほんのわずかも見逃すことなく見つめていたその先には──


「うお…………っ……!」


 それを形容する言葉なんていくらでも思いつく。

 しかし俺はまず、美しい──。そう思った。


 リディアと同じ白銀の毛並みはふっさりとしていて、美しすぎるアイスブルーの瞳──。こちらはリディアとは違い、ぬぼーっとしておらず鈍くさくもない。獰猛そうな体躯には似つかわしくない清廉な眼差しをこちらへ向けている。


 ────狼だ。体長2メートルほどの大きな銀狼ぎんろうだ。


「ダイアウルフのリアムレアム。等級ランク女帝エンプレス


 汚れを知らないような目をしていながら、ふっさりした銀髪に覆われた体躯はしなやかで、銀に煌めく爪と牙はどうしようもなく獰猛だ。

 俺はこんなにも美しい野性を、いまだかつて見たことがない。


「リアムレアム。命令。ここにいる全員をまもっ…………て、…………透」


 気づけば俺の足が前に出ていた。

 ホビットもコボたろうもアッシマーも灯里も、銀狼リアムレアムの登場に腰を抜かしているなか、俺は『彼女』に近づいてゆく。


 召喚された瞬間から、目があっていた。

 俺たち『ふたり』はきっと、互いのほかになにも見えていなかった。


「透、あぶない……っ……」

「なに言ってんだ。危ないわけないだろ。……こんなにかわいいのに」


 俺がそう返したとき、リディアの制止の声はすでに驚きへと変わっていた。


 俺はリアムレアムの頭を撫でながら、膝をついて目線の高さを合わせる。


「リアムレアムっていうのか。お前に相応しい──強そうで美しくて、どこかかわいいところがある名前だな」

「くぅーん……」


 驚愕の表情を浮かべるリディア。唖然とする灯里とアッシマー、そしてホビットたち。


 そんななか、俺はリアムレアムに頬をぺろぺろと舐められていた。 


「うっお、お前マジでかわいいな。うり、うりうり」

「くぅーん! くぅーん!」


 ぺろぺろぺろぺろ……。


 顔じゅうを舐め回されながらふと振り返ると、コボたろうが悔しそうにリアムレアムをひと睨みして、


《コボたろうが【槍LV1】【攻撃LV1】をセット》


 周りにはモンスターなど居ないというのに、攻撃的なスキルに変更した。

 俺は立ち上がり、槍を構えたコボたろうを慌てて止めた。 

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