04-09-桃色ファンタジー

 午後二時。宿に戻ると、隣の部屋にはすでにリディアが荷物を運び終えていた。様子を見に来た女将までもが部屋にいて、


「202号室は作業台もストレージボックスもステータスモノリスも置いていないぶん広いんだよ」


 そんなことを言っていたんだけど、とてもそうは見えなかった。


「ふわぁ……すごいですっ! 藤間くん藤間くん、わたしたちの部屋の作業台より立派ですっ!」

「高そうな本棚には本がぎっしり……。大きなクローゼットには服がいっぱい……。いいなぁ……」


 アッシマーと灯里が嘆息たんそくするように、202号室にはすでに俺たちの部屋──201号室よりもはるかに立派な設備が整えられていた。むしろそのぶんほんの少し俺たちの部屋よりも手狭に感じる。


「これはぜんぶ私物」


 そりゃまあそうだよな。これが宿の備品ならば俺たちの部屋との格差が酷すぎる。


「はぁぁ……ただものじゃないとは思ってたけど、ステータスモノリスとこんなに立派な作業台まで持ってくるとは恐れ入ったよ。そのストレージも自前かい? ランクは?」

「14」


「ひぇぇ……。リディアちゃんは王族か貴族なんじゃないのかい? 上級冒険者の風体をしてるけど、こんなボロ宿に泊まっていい人じゃないんじゃない?」


 ストレージボックスのレベルが14というのはそんなに凄いのだろうか。ちなみに俺たちの部屋に備え付けられているストレージボックスのレベルは2だった。レベルが上がるとアイテムボックスみたいに容量が増えるみたいなんだが、底辺冒険者の俺たちは容量の小ささで困ったことは無いし、そんな予感すらしない。


「わたしはただの冒険者。……エリーゼ、これからよろしく」


 リディアの『エリーゼ』という声に女将が反応した。女将ってそんな女性らしい名前だったのか。もっとこう、めっちゃ強くてヤバいくらい身内を溺愛してる名前かと思った。ド〇キーコングかよ。


「あいよ、こっちこそね。困ったことがあったら呼んでおくれよ。……そういえばリディアちゃんは素泊まりでいいのかい?」

「ん。ごはん、あるの」


「あるよ。その場合一日50カッパーが上乗せされるから、あんちゃんとアッシマーちゃんは食べてないけどね。ちなみに朝7時と夜19時の二食ね。味と量は保証するよ」

「ほんと。じゃああしたの朝からおねがい」


「おっ、うれしいねー。何人分つくっても手間は一緒だからありがたいよ。………………で?」


 女将が急に俺たち……むしろ俺に切れ長の目を向けた。


 まあようするに、こういうことだよな。


『あんたらはご飯どうするのさ? もちろんそろそろここで食うよね?』


 いや、俺だって毎食10カッパーの美味くもない黒パンをガリガリやってるわけだから、さすがに飽きてきたというか、つらくなってきた。

 ……でも、食えないことはないのだ。


 どういうことかというと、俺は食にこだわりがなくて、安心して食えるものが一番だという考えを持っている。


 だから現実でもある程度決まったものしか食わない。

 冒険なんてしない。だいたいいつもスティックパンだし、おにぎりは鮭か梅かシーチキンって決めてる。カップラーメンだってシーフードしか食わない。

 そんな俺からすれば、異世界のメシってなんか怖くね? ってことなんだよ。


 シチューのクリームは本当に牛乳から出来ているのか? なんかモンスターの気持ち悪い白い液体でも使ってるんじゃないの?

 この肉、本当に豚? じつはオークを解体しましたとか言わないだろうな?

 そんな感じでいぶかってしまう。異世界なんてきっと、なんでもありだ。


 俺はめちゃくちゃ美味いものを食べたり、味の新発見をしたいわけじゃない。


 安心して食いたいんだ。だから俺は黒パンでいい。


「はぁぁ……さすが石橋を叩いて渡らない藤間くんですねぇ……」


「お前そのフレーズ好きだな。っていうか、いま俺なにも喋ってないんだけど」


「顔に出てますもん、見ればわかりますよぅ……」


「どんな顔だよ……」


 ともあれ、なにが出てくるかわからないメシは怖い。どうやって断るか……。やっぱり金がないから、ってのが一番か。


「ココナから聞いてるよ。あんたら、ずいぶん金持ちだって」


「いやだから喋る前に脳内読むのやめてくださいよ」


 怖いよ。断る前に先回りして逃げ道を塞ぐのは勘弁してほしい。


「そんなことしちゃいないよ。顔にかいてあるからね」


「だからどんな顔なんだっつの……」


 げんなりしながらそう言うと、女将は「こんな顔だよ、こーんな」と眉間に皺を寄せ、目を細めて睨みつけてくる。

 勝ち気な瞳が美しい女将が、いまは全然可愛くない。この女将が可愛くなくなるってことは、俺の顔、相当可愛くないんじゃないの?


 退路を断たれた俺はアッシマーに救いの手を求める。

 一週間も一緒にいるんだ。そろそろ阿吽あうんの呼吸が身についているはずだろう。


「アッシマー、どう思う」

(アッシマー、上手く断れ)


「はいっ、わたしはここのごはんが食べたいですっ」

(はいっ、わたしはここのごはんが食べたいですっ)


「赤裸々か!!」


 上手いこと変換アダプタを使うどころか、銀みたいに電気よくぼうを通しまくってるじゃねえか! 

 

「よしよし、なら決まりね。明日からリディアちゃんは宿代合わせて一日80カッパー、あんちゃんとアッシマーちゃんはふたりあわせて一日1シルバー30カッパーよろしくね。伶奈ちゃんも住むなら早めに言ってね」


 女将はほくほく顔で階下へと戻っていった。


 …………。

 エリーゼとココナの母子は似てるところなんて耳くらいしかないと思ってたけど、金への執着はそっくりだ。



「透、ちょっといい」


 冷や汗を垂らす俺に、リディアから声がかけられる。


「これからマンドレイクをとりにいく。透にもきてほしい」


 急な誘い。俺たちは顔を見合わせた。


「俺? 採れるのか?」


「エペ草でB判定がとれるならたぶんだいじょうぶ。モンスターはわたしがけちらす。…………どう」


 ちょこちょこ話を聞いた感じだと、リディアは相当強いらしいから、場所は危険でもリディアがいてくれれば、俺たちが草原とか砂浜で採取するよりもきっと安全なんだろう。


「周りでエペ草とかもとれるか? 難しいもんしかないんだったら、アッシマーとか灯里とかコボたろうの手が空いちまう」


 アッシマーや灯里は別行動でも構わないが、コボたろうは召喚の都合上、俺との距離があまりにも離れてしまうと消えてしまうらしいから、必然的に俺の近くにいるしかないのだ。


「エペ草。あるけど。……コボたろうがエペ草を採取できるの」


「できるぞ。な、コボたろう」

「がうっ!」


「ほんとうなの」


 やはりリディアは召喚モンスターが採取をするということが信じられないみたいだ。


「リディアさん、本当ですよぅ……?」

「私も負けないように頑張らなきゃ……」


 アッシマーと灯里の言葉を聞いてもなお、可愛らしく首を傾(かし)げるのだった。


──


 エシュメルデ南門を出て、南にある『サシャ雑木林』へ向かうため、いつものエペ草やライフハーブの採取スポットを通り過ぎる際──


「……よう」

「坊主! ガハハハハ! 元気か?」


 背が低く小太り。陽光煌めくスキンヘッドに、ふっさりと蓄(たくわ)えた白いあご髭。

 ホビット──ダンベンジリのオッサンが数人で採取に勤(いそ)しんでいた。


「その、ありがとな。この『☆ワンポイント』ってブレスレット、すげぇ使わせてもらってる」


「いいってことよ! ガハハハハ! ……それにしても坊主…………お前、異世界勇者らしくなったなぁ……」


 言葉だけならば少し褒められているのかと勘違いしそうなものだが、ダンベンジリのオッサンは俺の後ろにいる女性三人を見て息を呑んでいるのだ。

 ようするに『異世界勇者らしい』というのは──


「夜がはかどるなぁ坊主! ガハハハハ!」

「お前ら脳内桃色すぎるだろ」


 どうやら異世界勇者もののお約束のひとつ、ハーレムのことらしかった。

 ココナもアッシマーもオッサンもなんなの? マジでなんなのこの異世界。桃色のファンタジーなの? 胸がきゅるるん♪ ってしちゃうの?


 はぁとため息をついて否定しながら、そういえばと思い出す。


「なあリディア、人数が増えても問題ないか?」

「べつにない。透にまかせる」


「灯里もアッシマーも構いやしないだろ」


「うんっ」

「お任せしますっ」


 コンセンサスを得たところでダンベンジリのオッサンを振り返り、


「前に言ってたろ。マンドレイクを採りに行きたいから護衛してくれって。いまからサシャ雑木林ってところに行くんだが、オッサンもどうだ」


 俺がそう言うとオッサンは「それはありがたい……!」と驚いた顔を見せ、意気揚々(いきようよう)と立ち上がって背を向け、拳を突き上げる。


「皆のもの、坊主が南へ連れて行ってくれるぞ!」


 え、なに、まさかオッサン以外にも行きたいやついるの? ……そんな俺の不安をなんら意に介すことなく、周りで採取をしていたホビットたちが一斉に立ち上がり、



「「「「「「「おおおおおおっ!」」」」」」」



 げえええええええええええお前ら何人いるんだよ! 一気に仲間呼んでんじゃねえよマドハ○ドかよ!


「あ、いや、そんなに多いって聞いてねえ…………。…………すまんリディア、なんかすげえ増えちまった」

「かまわない。なんにんいようとモンスターはすべてわたしがたおすから」


 なんとも頼もしい言葉である。

 まるでパ○スを見るような目でリディアを見るが、それだとリディアが死んじゃうじゃねえか。


「坊主よろしくの! ワシはドンバンヒジ!」

「ワシはデンベンアシ!」

「ガハハハハ! ワシはダンブンヒザ!」


 しかもやばすぎる、俺たぶん、こいつらの名前、一生覚えられない。

 せめて喋り方や外見に特徴があればわかりやすいんだが、みんな似たような感じ。八人ものホビットのなかで唯一覚えられるのが、オンリーハゲのダンベンジリのオッサンだけだわ。


 百戦錬磨の諸兄も、名前を覚えなくていいよ!

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