04-12-召喚士と召喚モンスター

 馬鹿にされると腹が立つ。

 足蹴にされると頭にくる。

 無視は楽だが、陰口が聞こえればしゃくに障った。


 俺が漠然と最強を目指す理由は、あいつらを見返してやりたかったからなのか。



 ……違う。



 独りでも、孤立していても、孤独でも孤高でも、高みにのぼり詰められると証明したかった。……のかもしれない。

 まるで孤独こそが強さだと──己を無理矢理納得させるかのように。


 しかしいまの俺は、孤独が強さとなり得ることを知りつつ、それだけではないと首を横に振る柔軟さを持っている。


 それなのに、まない。

 力を欲する、胸の奥からせり上がってくる熱いほとばしりが。


 むしろ想いは強くなっている。強くなりたいという気持ちが熱く大きく膨れあがって、身体が放熱するかのように、喉を通り、声帯を振動させ、言葉となってまろびでる。


「っしゃあ!」

「くそっ……まだまだっ……!」

「すこし慣れてきた……! またD判定……!」

「おあああっ!? 背後、木、背後、木ってどんな嫌がらせだよっ!」


 誰だよこれ。全部俺だよ。

 移動中はホビットたちの歌をあれほどうるさいと思っていたのに、いざ採取が始まると俺がいちばんやかましくなっている。


 強くなろうとする想いが、雄叫びとなり、咆哮と化し、己に似合わぬ激情を俺から追い出してゆく。


「ぐあっ……。はあっ、はあっ……! 休憩っ……!」


 想いに身体がついていかず、背から緑の上に倒れこむ。木々の葉から透けて見える太陽が眩しかった。


「藤間くんっ!?」

「はわわわわ……。もうっ、いつも無理しすぎなんですよぅ……」

「透。いつもいってる。身の丈にあった力でやらないとだめだって」


 三人が駆け寄ってくる。アッシマーと灯里までなら耐えられたが、銀髪美女が胸部を揺らしながら駆けてくる姿を逆さまに見てしまっては、これから囲まれるであろうことを考えると、疲れた身体に鞭打って半身を起こすほかなかった。


「がうっ!」

「きゃんっ!」

「…………!」


 近くにいたコボたろうだけでなく、レアムリアムや露出過多でバインバインのハルピュイアまで慌てて近寄ってきたため、慌てて目を逸らした。


「だ、大丈夫だっつの。大袈裟にしなくていい。だいたい、毎回、こうなるから」


 なんならいつも同じメンバーと再会したり、心のなかで叫ぶかもしれない。


 ──と、そんなとき、コボたろうから白い光が溢れ、肩を落としている。

 召喚時間のリミットだ。もうそんな時間なのか。


「がうー……」


「そんな寂しそうな顔するなよ。できるだけすぐに再召喚するから」

「がうがうっ♪」


 言いながら頭を撫でてやると、コボたろうは顔をほころばせて白い光とともに消えていった。

 即座にコボたろうのステータスを確認する。


──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP7 状態:休憩中

召喚可能時間:133分

──────────

LV2/5 ☆転生数0 EXP2/6

HP16/16(+8) SP7/11 MP2/2

──────────


 コボたろうの召喚中は『召喚疲労』により俺の回復力も悪くなる。ちょうど俺も休憩中だし、コボたろうが全快してから再召喚しよう。


 正直、コボたろうを召喚していないときのほうが採取は上手くできる。

 というのも、いま言った『召喚疲労』でMPがすこしずつ減っていくから、身体が採取に使用するSPだけでなく、MPも回復させようと一生懸命頑張るからだ。

 ならばマンドレイクを集めに来たのだから、いまだけでも召喚は控えたほうがいいんじゃないかと思う諸兄も多いことだろう。


 しかし俺は召喚士だ。

 召喚士として成長するため、難行苦行なんぎょうくぎょうを自らに課す。


 結局のところ、修行とは己を虐めることにほかならない。

 マラソンランナーだって、ボディビルダーだって、効率の良いやりかたや回復方法を試しているだろうけど、自身の筋肉を虐めて強くなっているのだ。


 ならば俺は、つらいときにこそ自らに召喚を課す。それが俺の修行だ。

 ……すこしでもマンドレイクを多く集めたいであろうリディアには、若干の負い目を感じるが。



「リアムレアム、ハルピュイア。警戒にもどって」


「くーん……」

「…………」


 ふたりはリディアの命令に従い、またしても何度も振り返りながら去ってゆく。リアムレアムもそうだが、翼を生やした女性の、悲しげな表情と、力なく揺れる金髪のセミロングがなんとも切ない。


 アッシマーと灯里も採取作業へ戻ったことを確認し、リディアにふと気になったことを訊いてみる。


「なあ、あの翼つきの召喚モンスター…………ハルピュイアっていったか。どうして名前を付けないんだ?」


 ハルピュイアとは、モンスターの種族名だ。翼を有する女性──ハーピーだ。

 いまリディアは『ハルピュイア』と呼んだ。それはコボたろうを『マイナーコボルト』と呼ぶのとなんら変わりなく、俺からすれば違和感しかない。


「名前をつけると強くなるけど消費MPがふえる。ハルピュイアはリアムレアムたちが倒したモンスターの木箱をあけてわたしのところにもってくる役目。最初から戦闘能力にはあまり期待していない。だから名前をつける理由がみあたらない」


 無感情にそう言うリディアに驚いた。

 べつに冷たいとか無慈悲とかそんなんじゃない。リディアが優しいことなんてとっくに知ってる。


 俺が驚いたのは『人間と召喚モンスターの関係はそんなもん』とでも言うようなリディアの様子。そしてきっと、この世界では当然のようにそうなっているんだろう。


「それじゃあ……まるで、奴隷どれいみたいじゃねえか」


 俺が思わずぽつりと呟いた言葉に、リディアは首を傾げる。……しかしその可愛らしい仕草に反し、放たれた言葉は俺の背筋を震わせるものだった。



「どれい。ちがう。召喚モンスターはご飯を与えなくていい。衣食住の心配をしなくていい。だからどれいとはちがう」



 ……きっと、リディアが悪いんじゃないんだ。

 かといって、誰かが悪いわけじゃないんだ。


 俺は、そういうことが訊きたいんじゃないんだ──


 もうひとこと言えば、もう一歩悲しみの沼に足を踏み入れるかもしれない。それが怖くて、口を閉ざした。


 あたかも当然のように召喚モンスターを『モノ』扱いしているのであろうこの世界のことが、俺はすこしきらいになった。


──


 採取を開始してから、約束の一時間が経過した。


 再度コボたろうを召喚し、灯里とコボたろうが頑張って集めたエペ草は革袋ふたつぶんになった。アッシマーのもつパンパンの革袋と1/3ほどの革袋にもライフハーブが詰められている。


 俺が集めたマンドレイクの数は44本。目標は達成した。


 サシャ雑木林ダンジョンの階段を上がってフィールドに出ると、ダンベンジリのオッサンたちは相変わらず陽気に放歌高吟ほうかこうぎんだ。


「んあー…………」


「ふんふーん♪ ……ん? ガハハハハ、坊主! ちと張り切りすぎたな!」

「うっせ……」


 頑張った。

 過労死しないギリギリくらいまで頑張った。これって凄いことじゃね?


「藤間くんはギリギリセーフだと勘違いしてますけど、これってアウトですからね?」


「いやいやせめてセウトくらいにしてくれよ」


「セーフとアウトの境目だったら、やっぱりアウトだと思うな……」


 アッシマーと灯里のため息。

 いや、俺的には全然セーフなんだよ。生きてりゃセーフなんだよ。

 なにがアウトかっていうと、むしろいまの状況なわけで。


 ダンジョンを出る際、召喚したモンスターを召喚解除しようとしたリディアを、リアムレアムとハルピュイアの哀願するような瞳が遮った。


『なに』

『くぅーん……』


 リアムレアムは、ふらふらな俺の傍に来て、うずくまったのだ。


『……もしかして、背中に乗れ、って言ってくれてんのか』

『きゃんっ!』


 ……と、そんなわけで、いま俺はリアムレアムの背にまたがっている。

 それだけならべつにいいんだが、問題は、コボたろうが俺の前に、そしてハルピュイアが俺の後ろに、俺と同じようにリアムレアムの上に乗り、俺とともに背の上で揺れているのだ。


 さて、ここでカンのいい諸兄ならばお気づきだろう。

 問題はリアムレアムにはない。彼女は俺たち三人を乗せたまま悠々と歩いている。


 コボたろうにもない。俺の前に跨り、時折俺を振り返って心配してくれている。

 となると……。


「…………♪」


 問題は俺の後ろにあった。

 俺の後ろにいるハルピュイアが、俺に身体を押し付けるようにしてしがみついているのだ。

 腕の代わりのように伸びた翼は俺の両肩を掴んでいてさらさらと温かく、まあもうぶっちゃけると背中に当たるおっぱいがやばい。

 きっと、下着なんてつけてない。ノーブラだ。しかもダルマティカ一枚で防御力なんて皆無だが、そのぶん攻撃力は抜群だ。ついでに言うと俺にも こうか は ばつぐんだ!


「…………♪」

「はーっ……はーっ……」


 さっきから俺はこんな感じだ。

 ホビットたちの凱歌がいかを楽しみながら俺に身体を押し付けるハルピュイアに反し、俺はホモモ草がエクスカリバーしないかどうか、心配で仕方がなかった。

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